第139話




 三章 『作戦決行』



 翌朝、博士の屋敷にあるロビーには『迷い人』たる神無月十夜、永城万里、刀堂大河、鳴上蓮花、来栖川アリス、蛇穴杏樹、アリシアの七人とメイドロボのリコリス、そして彼女に映し出された立体映像ホログラムの博士が集結していた。


 「さて、今から作戦を決行するんだが―――――おい、そこの小僧は何故そんな瀕死状態なんだ? バイタルが著しく低下しているぞ?」


 博士の視線は十夜へと向いた。

 床に突っ伏しながら、クナイが数本と所々に焼け焦げたような跡がついていた。


 「さぁ? どこかで悪さでもして天罰が下ったんじゃないんですか?」

 「多分そうかもねー。まぁそれはそれで自業自得だとボクは思うなー」


 蓮花とアリスの冷たい反応にアリシアはおろおろとし、杏樹はフヒヒと笑うだけだった。

 もちろん蚊帳の外状態の万里と大河は何の事か全く分かっていない。


 「くそぅ! 何で俺ばっかりこんな目に!?」

 「神無月くんが悪いからです」

 「とーやが悪い」


 チックショーッ! と叫ぶ十夜を無視し蓮花は改めて博士へと向き直る。

 彼らがこなさなければならないミッションは三つ。

 他の亜人達の説得、そしてその亜人を狙う裏ギルドの排除。

 そして、『ティファレイド』の森の奥深くにある古代遺跡エンシェントパレス正義の都ラメドキャピタル』に巣食う『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』の一体、『この世全ての憎悪アンラ・マンユ』の討伐。

 何やら横文字が多い気がしますなぁと万里が呟く。


 実際、彼らがするべき事は三つだが内容が全て濃いのだ。

 特に三つ目に上げたアンラ・マンユの討伐―――――これが一番の難関だと博士は言った。


 「そう言えば、昨日バタバタし過ぎて聞きそびれたんだけど今は誰も手出しが出来ない領域へと住み着いたって言ってたけど…………それは?」


 大河が手を挙げ説明を求めた。

 博士の表情は明るくない。

 というより、


 「そうだな―――――これに関しては実際に行ってもらわなければ俺の口からは何とも言えん。ただ言える事は、とだけ言っておく」


 この世界にいるようで別の世界―――――それはあのアッシュという魔人が来たという『虚無界クリフォト』を蓮花は思い浮かべるが違うと判断した。

 恐らく、この二つは別物なのだろうと思ったのだ。


 「ってか博士もついてくんの?」


 いつの間にか復活した十夜が驚く。

 十夜の言葉には引きこもりインドアの権化である博士が果たして戦闘員として役に立つのかと言うニュアンスが含まれていた。


 「ふん、俺なんぞ戦闘面においては猫の手以下の存在だと自負している。その役割せんとうに関してはリコリスの方が余程役に立つ」


 その場にいた全員がリコリスへと集まる。

 全員の視線を受けても特に何のリアクションが無いリコリスの視線は映像の博士を映し出す事に集中している。


 「なら―――――組み合わせも決まってきたな」


 十夜が決めたパーティーメンバーはこうだ。


 亜人達の説得はアリシアをメインに杏樹がサポートとして付く事になった。

 裏ギルドの対応は万里と大河が。

 行動範囲が広い蓮花は念の為、アリシアと杏樹のフォローをしつつ万里と大河のサポートに徹する。

 そして、一番の最難関である『正義の都』攻略を十夜とアリス、そしてリコリス(オマケで博士)が向う事になった。


 「ふむ、順当な配分ですな―――――しかし、蓮花殿は良いので? 幾ら『空匣』があるとは言え相当な負担と思いますが?」

 「ご心配なく、一応この辺りの空間座標は確認済みなのでいつでも跳べますよ。ですが神無月くんとアリスさんの方がまだ未踏の地…………その辺りはすぐに行く事が出来ませんが」


 蓮花は僅かながら言葉を濁す。

 『始祖の霊長王シュヴァルツヴァルト』と一度だけ対峙した事がある蓮花だからこそ、何かあった時すぐに向かう事が出来ないのが歯がゆいようだった。


 「ん~、多分ボク達の方は大丈夫だと思うよ。まだ相手の出方は分からないから何とも言えないけど―――――それより、?」


 アリスの視線は杏樹へと向いている。

 あれだけの死闘を繰り広げた相手のフォローをしなければならないのだ。

 上手く連携が取れるとはアリスには思えなかった。

 だが、


 「その事ですか―――――――


 と、どこか含みのある言い方をされた。

 不思議に思うアリスだったが、本人の表情は開き直っているわけでも無理をしているわけでもない。

 しばらくアリスは考え込んでいたが蓮花の表情を見てこれ以上は無粋だと悟った。


 「ん、頑張って」

 「はい―――――アリスさんも頼みますね」


 任せて、とそれだけの言葉を交わす。

 そんな様子を遠目で十夜は見ていた。


 「仲が良いのは良きかな良きかな」

 「……………………十夜氏はもう少し乙女心を理解した方が良いよ」


 大河のツッコミは聞かなかった事にした十夜は、ふと不安そうな表情をしているアリシアが目に入った。

 顔色は悪く、昨夜までの様子とは一変している。


 「アリシア、どうしたんだ?」

 「トーヤさん」


 近付くまで十夜に気付いていなかったアリシアは顔を上げる。

 そこで昨夜の温泉での出来事がフラッシュバックし、真っ青な顔色が急に赤くなっていった。


 「はぅ」

 「え!? 何かしました!?」

 「フヒヒっ、お兄さんそれ本気で言ってるなら一度死んだ方がいいッスよ。物理的に」


 懐に仕舞っていた銃をチラつかせながら軽く脅す杏樹。

 大事なミッション前にそんな死に方だけは本気で勘弁してほしい。


 「ま、無理もないッスね。アリシアは大役を担ってるッス―――――それほどプレッシャーを感じても仕方ないッスよ」


 そうなのか? と訊ねる十夜にアリシアは無言で頷く。


 「私―――――公の場にすら出た事がないんです。上手く喋る事も出来ませんし上手く伝える事が出来るのかも不安で―――――これでっ、もしも失敗したらと思うとっ…………私のせいで、皆さんがあ痛ッ」


 最後まで喋らせる事無く十夜はアリシアにデコピンを一発ぶち込む。

 威力が強かったのか額を押さえながら蹲るアリシアに十夜はため息をつきながら呆れていた。


 「んなモン、グダグダ言っても仕方ねぇだろ? 人は誰だって成功する時は成功するし、失敗しちまう時は失敗するもんなんだよ。一番肝心なのは、。今のアリシアは勝負する前にもう負けてる」


 十夜は蹲りながら視線を上げるアリシアと同じ目線になるように屈む。

 そして、不敵に笑った。


 「お前は王女なんだろ? 王位が一位とか二位とか関係ねーよ。アリシアはアリシアだ。お前が亜人達とどうしたいかをそのまま本音で伝えりゃいいよ」


 そう言って十夜は立ち上がり、グッと背を伸ばす。

 それが彼なりの照れ隠しだったのはアリシアが知る由も無かったが、それでも身体の震えは治まりつつあった。


 「フヒヒ、いつの年頃も男の子ってのは変わりないッスね―――――どうッスか? 気分は落ち着いたッスか?」

 「えぇ、アンもありがとう」


 いえいえと言いながら杏樹は自分と同じ『迷い人』を見る。

 誰もが不安もあるだろうこの状況に、誰もが悲観する事なく、絶対に生き残るという〝覚悟〟を持っていた。


 「(あぁ―――――――これがこの人達の〝強さ〟なんッスね)」


 どこか達観した考えを持つ自分とは違う彼らを見て杏樹は目を細める。

 それはまるで眩しいモノを直視する事が出来ないような仕草。

 だから、





 「(でも、そんな考えをしているようじゃ戦場ですぐに死ぬッスよ)」





 どこか、今の状況を俯瞰している自分あんじゅがいた。

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