第138話




 幕間 『静寂に佇む狂戦士バーサーカーは憂いを帯びる』



 十夜達がバタバタと長老ハカセ宅で騒ぎを起こしている最中さなか、『ティファレイド』から少し離れた森の中で一人の青年が鉄を打っていた。

 カーンカーンカーン、そう虚しく響き渡る音がどこか寂しさと同時に怒りが伝わるような感じがした。


 「クソっ―――――クソッ」


 ドワーフのコウランの悔しさの籠った声が森に響く。

 本来、ドワーフは心穏やかな種族と言われていたが、このコウランは違った。

 元々血気盛んなところはあったが、それでもある程度の線を引きながら『ティファレイド』で育っていたはずだった。

 しかし、現実は残酷でありどうしようもなく無情である。

 目の前で救えなかった命の事を思うと、〝今後〟よりも〝復讐〟が勝ってしまっているのだ。

 彼が思うのは血の繋がった唯一の家族いもうとの存在。

 そして、視線を横へと向けるとそこには一体の機械仕掛けの狂戦士バーサーカーが静かに佇んでいた。


 コウランの妹が遺した最後の作品にして最高の守り人。

 『ティファレイド』を守護する門番。


 その機体にそっと触れる。

 もういなくなったはずの彼女の温もりを感じるような気がしたが、所詮は鉄の塊。

 触れた箇所はただ無情にも冷たく、コウランを現実へと引き戻すだけだった。


 「―――――――――――――ちくしょう」


 コウランが呟く。

 コウランは〝秀才〟だった。

 彼の造る武器はこの世界にとって脅威であり、どの国々でも喉から手が出るほど欲される〝兵器〟であり〝滅びを与えるモノ〟でもあった。

 過ぎた力は身を滅ぼす。

 それはどの世界でも共通される事で、コウランもその一人だった。

 対して彼の妹は〝天才〟だった。

 武器や兵器などはもちろんだが、彼女の造り上げるモノは〝守るモノ〟とされていた。


 ―――お前は中々筋がいいな。その考えは俺にも出来ないぞ。


 これは長老ハカセの言葉であり、彼が唯一この『ティファレイド』で誉め言葉を残した瞬間でもあった。

 嫉妬しなかった、と言えば噓になる。

 コウランも必死に長老の技術を覚え、時には見て盗み、それこそ職人技といっても過言ではない実力があった。

 しかし、〝天才〟と〝秀才〟の差はどんどん広がっていく。

 極めつけは彼の妹が遺した最後の作品『バーサーカー』だった。

 無人で動き、疲れを知らない機械仕掛けの兵器。

 動力源が大地や大気中に流れる〝魔力〟とこの森でしか取れない『魔油オイル』の二つを合わさなければ動かす事も出来ないので他国―――――人間の手に渡ったとしても満足に動かす事も出来ない仕様になっていた。


 「なぁ―――――お前が生きてたら、俺は違ったのか?」


 もしもの話は好きではなかった。

 現実主義者リアリストのコウランは効率よく武器を創り上げる。

 そして来たる時に自分の兵力ぶきを使う。

 それが、妹や同胞の弔いになると―――――そう思いコウランはひたすら武器を造り続けていた。

 その鉄鎚かなづちを打つ音は悲しみや憎しみ、怒りの籠った音を響かせる。





 「――――――――――」





 ふと、そんな修羅と化したコウランを遠目で見つめる視線があった。

 バーサーカーの陰からそっと様子を伺う少女はその後ろ姿を心配そうな目で見ていた。


 「―――――」


 声を掛けようにも、何と掛けていいか分からない。

 と言うよりも

 だから彼女―――――マキゥエは何も言わずコウランの背中を見る事しか出来なかった。

 マキゥエは少し離れた場所にある屋敷へと視線を向ける。

 今日、出会った不思議な少年を思い出す。

 恐らく彼には人間も亜人も彼には関係ない人間だとマキゥエは思った。

 同時に、復讐鬼と化したコウランを止める事が出来るとすれば彼しかいない―――――そんな期待をしてしまうのだ。


 「………………馬鹿らしい」


 その一言で終わらせる。

 人間は恐ろしい。

 今でも彼らを目の前にすると恐怖で

 そっと手を伸ばす。

 月明りにその細い指先が触れた瞬間、彼女の指先はゆらりと陽炎のように揺らめく。


 「―――――ッ!?」


 慌てて手を引き陰へとその身を隠した。

 今の自分は無力だ。

 だから、

 だからこそマキゥエはこう願った。



 ―――――誰か、助けて。



 と。

 しかしその願いが聞き届けられる事はない。

 神に祈ろうとしたが、そもそもその〝神〟が自分達を不出来な存在として扱っているのだ。

 マキゥエの願いの先が一人の少年へと向く。

 もしかすると、彼なら―――――――。










 間もなく夜が明ける。

 『迷い人』と呼ばれる無法者アウトロー達と、そして亜人が手を組みこの呪われた輪廻を壊してくれる―――――そうマキゥエは祈るばかりだった。

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