第136話




 『この世全ての憎悪アンラ・マンユ』―――――元々は一体のどこにでもいた魔物は人間を捕食する時、人間の持つ〝負〟の感情に興味を持った。


 憤怒、悲哀、恐怖、不安、嫉妬、孤独。


 人間をゆっくり弄ぶとその感情が爆発し魔物の好奇心が満たされるのを感じていた。

 いつしかその魔物は人々から畏怖の対象となり、純粋無垢に〝憎悪〟を求めるようになる。

 そして、気が付けばその魔物―――――アンラ・マンユは名を持ちこのグランセフィーロを蹂躙する存在となった。










 「『この世全ての憎悪あのクソッタレ』に遭遇してこの俺が〝死〟を感じたのはあれが最初で最後だった。まぁ今は『正義の都』で悠々と巣くっている害虫のような存在だがな」


 博士はどこか遠い目をして外を見つめる。

 このグランセフィーロという世界にはそんな魔物がまだいたのかと十夜は驚きを隠せない。


 「まぁお前達なら――――とは思っているが、ハッキリ言うとシュヴァルツヴァルトと同格だと思うな。シュヴァルツヴァルトは長い間あの魔術師に封印されていた。身体が鈍っていたところをお前達が斃せただけで、調


 油断大敵、それを心に留めておけと博士は話を区切った。

 次に大河が手を上げる。


 「さっき〝亜人狩り〟って言ってたけど、それってどんな奴らがいるの?」

 「俺も詳しくは知らん。だが、このグランセフィーロの大陸各地に点在する冒険者ギルド『黄金の夜明け』…………そのが絡んでる。正規のギルドではなく裏のギルドだったか。多分お前達が遭遇したのもその一員だろうな」


 博士の言葉に万里がカカッと笑う。


 「どの世界にもロクデナシがおるもんですなぁ! して? シオン殿も言っておったが亜人達は酷い扱いを受けているらしいですな? 何故そのような事に?」


 万里の目は真剣そのものだった。

 自分の知人が酷い扱いを受けている理由を知りたい、そう無言の圧力があった。


 「………………リコリス、亜人の情報データを寄越してくれ」

 「了解アプセプト、マスター。このグランセフィーロに存在する亜人の種族は確認済みで三十二種。未確認や絶滅してしまった種族を含めますと更にその倍は予測されます」


 短く「ありがとう」と呟くと博士はポツリと独り言のように呟く。


 「…………この『ティファレイド』に住む亜人達は人間から迫害を受け逃げてきた者達が殆どだ。何故彼らが迫害を受けたか分かるか? それは。『恩恵ギフト』を持たない彼らはその身体能力や持って生まれた能力でこの世界を生き抜いてきた」


 例えば、十夜達が知っている亜人は『森の精ドライアド』のシオン。

 確かに『恩恵』を持っていなかったシオンはシュヴァルツヴァルトに操られていたとは言え十夜は苦戦を強いられていたのも事実だ。

 それこそ、『恩恵』を駆使して戦ってきた『王国騎士団』と同じぐらいに。


 「俺やお前達の世界でも、何かに秀でた人間は周りから叩かれる。その現象をより過激にしたのがこの世界の現状だ。まぁそんな亜人達の心の傷トラウマは相当だぞ。それを説得し、人間達と共存出来るように持っていけ」


 博士の視線はアリシアへと向く。

 ついさっき出会ったばかりのアリシアがどういう思いでこの場所に逃げ込んだのか?

 先ほどの会話の内容から目的地はここだと言っていたようだが、その真相は定かではない。


 「もう一つ、いいですか?」


 蓮花が声をかける。

 博士は無言のまま蓮花を見るとそのまま続ける。


 「その亜人狩りと言う連中に出くわしたのですが、彼らは亜人の方々を〝奴隷〟と言っていました。迫害だけならわざわざ誘拐しに来る必要が?」


 『ザイン湿地帯』での事を思い出す。

 その時、一人が確かに言っていた。


 ―――奴隷を調達しに来た、と。


 それが盗賊ではなく、裏のギルドだったとすれば。

 亜人どれい達を〝調達〟しに来る理由とは一体何なのか?


 「唐突だが、サイの角は漢方になるという話は知っているか?」


 突然博士はそんなことを言い出した。


 「解らなければ…………そうだな、八百比丘尼やおびくにの人魚はどうだ? 昔話とかである話だ」


 何の事か分からない十夜達だったが、年長組である万里と杏樹が何かに気付き声を漏らす。


 「ふむ、成程」

 「そう言う事ッスか」


 表情は暗い。

 あまり良い話ではないのだろうか?

 そんな疑問を余所に杏樹が指を立てる。


 「サイの角は昔から漢方に使えるって話ッス。そのせいで野生のサイを麻酔で眠らせて角を乱獲する狩猟が後を経たないって話ッスよ。まぁ今でも普通に犯罪ッスね」

 「八百比丘尼のはなしは人魚の肉を食らい不老不死になった尼の噺ですな。永遠に歳を取らぬその身を嘆いた尼の苦しい地獄の日々の噺なのですが」


 二人の説明に頭に疑問が残る十夜に対してアリスが呆れたような表情を浮かべる。


 「―――――まさか、?」

 「その通りだ。全く馬鹿げた話だが奴らはその話を信じている。例えば妖精族の羽は万病に効いたり海人族は鱗が高値で売買されている。無論どこかの富豪がコレクションとして集めていたりと理由は様々だが大体が似たような話だ」


 他にも長寿の代表である森人エルフ族の耳はそのまま長寿の薬になるだとか、蜘蛛人アラクネ族の吐き出す糸は決して朽ち果てない着衣に使われたりだとか色々聞かされた。

 どれも胸糞の悪くなる話ばかりだった。


 「最近では奴らの狙いは〝ドワーフ〟に集中している。これ以上俺のシマを荒らされるのは我慢ならんからな。そう言った意味での依頼を兼ねている」


 ふと、十夜は魔術師のルイが言っていた事を思い出す。

 ドワーフ、この『ティファレイド』にも確かいた。


 「なぁ、何でドワーフなんだ? ルイのじーさんも言ってたけどそんなに稀少な種族ってイメージがないけど」


 例えば、

 ゲームや小説に出てくるドワーフは手先が器用で武器や防具を造るイメージが強い。

 しかしこの世界には鍛冶屋や武器を製造する事に事欠かないはずだ。


 「…………お前達のドワーフのイメージがどうかは知らんが、少なくとも


 博士はクイッと顎で指示を待つリコリスを指す。


 「設計したのは俺だが。あぁ、もっと正確に言えばこの『ティファレイド』にある立体映像機や『ザイン湿地帯』でここを守護していたバーサーカーも全て俺の設計を元にここのドワーフ達が造り上げたモノだ」


 十夜達は絶句した。

 異世界で珍しいモノを幾つも見てきたがここまで驚愕に価するモノは初めてだ。

 そんな彼らを余所に博士はまるで自分の事のように―――いや、自分の子供の成長を自慢するかのように饒舌になっていく。


 「ここまで俺の希望通りに応えてくれる奴らも珍しい。断言する、アイツらは天才だよ」


 機械などの科学の代わりに魔法のような奇跡が発達した世界で、科学を混ぜ込めばどうなるかこの男ハカセは分かっているのだろうか?


 そんな心配をしていた十夜達だったが、ふと我に帰った博士は熱が冷めたように静かに呟いた。


 「―――――まぁ、俺なりの〝恩返し〟のつもりだったんだがな…………俺がここにいた証明を遺すつもりと、余りにも不憫だった亜人達を助けるつもりがこんなことになるとは思わなかった」


 それは約三百年前に見知らぬ世界へ迷い込んだ男の独白だった。

 想像を絶する永い時間を彼はどう思っていたのか?


 「特に、コウランの人間への憎悪は別格だ。アイツを何とか説得せねば何も先へは進まない」


 ふと、十夜は一人のドワーフの青年の顔を思い浮かべる。

 確かに尋常ではないほどの憎悪に満ちた目をしたドワーフの青年。


 「………………あの兄ちゃんに何かあったのか?」

 「アイツは群を抜いてセンスがある〝秀才〟だ。だが、もう一人――――――コウランの妹は更に上を行っていたよ」


 妹?

 はて、そんな人物が果たしてこの『ティファレイド』に居ただろうか。

 十夜の言いたい事が伝わったのか博士が静かに告げた。





 「コウランの妹は。最後に『バーサーカー』を造った後にアイツの目の前で人間に殺された」





 静かな風が吹く。

 部屋には痛々しいほどの沈黙が満ちるだけだった。

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