第135話




 『ティファレイド』にある長老宅にて、地獄のような空気が蔓延していた。


 「いやーっ、一時はどうなるかと思った。俺死ぬかと思った!」

 「――――――――――――――」

 「いや本当にですな! 拙僧も度肝を抜かれました! 異世界に来てまでまさか魑魅魍魎の類いと遭遇するとは!」

 「――――――――――――――」

 「ははっ、お、おおおお俺っちも! 今回は全然役に立てなかったから次は頑張るぞーって………………」

 「――――――――――――――」

 「~~♪」

 「――――――――――――――」

 「……………………大河、裸踊りで場の空気を和ませろ」


 突然の無茶振りに「何で!?」と叫ぶ大河。

 あれから―――――――突然現れた〝元〟『迷い人』である博士と言う男に連れられて『ティファレイド』の都に戻ってきた十夜達は長老宅で束の間の休息をしていた。

 その場には十夜を始め大河や、アリスと合流した後に蓮花と万里とも会うことが出来た。


 もちろん、そこにはアリシアと杏樹の姿もある。

 十夜は杏樹から蓮花にと聞いていたが、改めて万里から話を聞くと中々の戦いだったようで二人とも本気でなかったとは言え結構な命の取り合いを繰り広げていたらしい。

 そのせいなのか、空気は最悪で変な殺気が室内に充満している状態だった。


 「(くそぅ! 場を和ませようと必死になってるのがバカらしくなってきた! 多分ロシアのツンドラ地帯の方が絶対に温かいぞ!)」


 実際には行ったことはないのだが、今なら断言が出来た。

 そんなくだらない事を考えているとガチャリと扉が開く音がした。

 その場にいた全員が視線を向けると、入ってきたのは白衣姿の男―――――博士と名乗る男がメイドに先導されながら入ってきたのだ。


 「あ? 何だこの空気は。ここはロシアのツンドラ地帯じゃないぞ」


 奇しくも、十夜と同じ事を思っていた博士は呆れたように迷いなく自分の席へと座り込む。

 メイドは博士の傍らで無表情で立っているだけだった。

 何やら大河が「ノーッ! モノホンのメイド来たァァァッ!!」と叫んでいたが全員がスルーしている。

 よく見るとメイドは手紙のようなモノを持っており、それが魔術師であるルイからの書状だと言うことに気付いた。


 「あ、それ――――――」

 「今気付いたんですか? 落としていたのを拾って先ほど博士に渡しておいたんです」


 蓮花がようやく口を開いた。

 いつもより声が固いのは謎の緊張感があるからなのだろう。

 そんな事を考えていると、


 「リコリス、

 「了解ですアプセプト、マスター」


 そのやり取りで謎のメイドさんは手にしていた書状を一瞬で灰にした。

 どうやって?

 それは不思議な事にからだ。

 突然の出来事に十夜達は口をパクパクとさせていた。


 「ふん、あの魔術ペテン師め―――――わざわざ手紙で済ませようと手を抜きやがって」


 博士の言葉に反応したのはアリスだった。


 「それ、あのおじーさんが貴方にって渡したモノだけど?」


 口調は淡々としているが確実に怒っているようだ。

 そんなアリスの事など気にも止めていない博士は鼻で笑うと、


 「書状の内容は全て頭に入っている。お前達とは頭の出来が違うからな――――そもそも俺は科学者。魔術オカルトは俺が最も敬遠する存在、だから単純シンプルに嫌いだ」


 火に油を注ぐ言動にアリスの腕に刻まれた魔術刻印が静かに発動する。

 あ、ダメだこりゃと内心諦める十夜。

 視線を動かすと万里も大河も両手を上げ降参のポーズを取っていた。

 確か『魔術師の宮殿』を出る前にルイが言葉を濁していたのを思い出し納得をする。

 魔術師オカルト科学者サイエンティスト、相容れるわけがない。


 「ふん、だが―――――――」


 ぽそりと呟いた博士は戦闘態勢のアリスを無視しながら窓の外を見つめる。

 その姿はどこか儚く感じ、ふとした瞬間に消えてしまいそうだった。


 「手紙を寄越すほどには元気なようだな」


 その言葉は皮肉だったのだろう。

 皮肉の中に僅かに感じ取れる感情は寂しさ、なのだろうか?

 頭に血が上っていたアリスも腕を引っ込める。

 博士は魔術を嫌いとは言ったが否定はしていない。

 こんな世界グランセフィーロに来ているのだから否定も何もないのだが、あの魔術師の事は認めている。

 そんな感じがしたのだ。


 「さて、手紙ではお前達の事は書いてあったがもう一度聞かせろ――――――この世界に来てからの事をな」


 博士は『迷い人』達を見る。

 誰が話し始めるか迷っていたが、代表して十夜が話すことにした。

 この世界に来てから蓮花や万里と出会った事。

 『ディアケテル王国』での事や『ウルビナースの村』に『リゲブラ』での事など。

 途中に出会ったアリスや大河の事を一通り聞き終えた博士は深く椅子にもたれ掛かる。

 何かを考えながらふと、傍に控えていたメイドのリコリスに話しかけた。


 「リコリス、俺がこの世界に来てからどれくらいの年月が経った?」

 「はいマスター。マスターがこの『グランセフィーロ』に来てから今日まで三百四年十ヶ月と二十三日十七時間十八分二十四秒です」


 正確すぎる時間もだがどうも気になる事がある。

 十夜達は無言で無表情なメイドを見ていると何が言いたいのか気付いた博士が然も当たり前のように呟いた。


 「ん? あぁ、そのリコリスは。見ての通り俺は―――――」


 博士が立ち上がると自分の机に置いてあったペンを取ろうとした。

 だが、博士の手にペンが握られる事はなくすり抜けていく。


 「。雑務などは全てこのリコリスに任せている」


 納得がいった。

 老人の姿から今の姿になる瞬間を目の当たりにした十夜だから理解は出来る。

 そして、この森で遭遇した怪異と呼ばれる存在。

 アリスが呆れた声を出した。


 「なるほど。だから森のあちこちに映写機みたいな装置があったんだ―――――あの怪異達もハカセも映すために」


 森に設置されていた黒い箱のような物体の正体に納得した蓮花は頷く。


 「アリスさんの視線で咄嗟に『空匣』で映写機を遮断し映像を妨害したのは正解だった、と言うわけですか。しかし気になります――――実態のない映像のみで人が呪いにかかってしまう事があるんですか?」

 「また非現実的オカルトを―――――あれは呪いじゃない。人間には恐怖心が高まると身体が硬直するだろ? あれを極限にまで高めたモノだ。専門用語で言うなら『闘争逃走』や『血液凝固』と言って――――――――」


 博士が饒舌になる。

 説明できるのが余程嬉しいのか話は終わらない。

 しかし十夜はふと疑問が残る。

 姦姦蛇螺や邪視は存在感が確かにあった。

 実際、彼らが戦闘していた際には森や湿地帯の水分が蒸発していたような気が。


 「お前らの頭はめでたいな。周囲を破壊しまくっていたのは誰だ?」

 「……………………………………」

 「……………………………………」


 十夜とアリスは視線を逸らす。

 思い当たる節がありすぎた。

 二人の様子を見て博士は深いため息をつく。

 立体映像ホログラムにため息をつかれるのも中々に経験したことはないが、気を取り直し十夜は博士へと向き直る。


 「アンタ、三百年以上ここにいるんだよな!? だったら元の世界に帰れる方法ってのはあるのか!?」


 一番重要な情報。

 元の世界に戻る方法を知るために旅をしてきたのだ。

 しかし博士は何も言わずただ沈黙を貫いていた。


 「そうだな――――――これに関しては正直に言うと。あぁ、腹立たしいがこの天才が三百年かけて答えを導き出せない」


 落胆を隠せなかった。

 分かりきっていた事だが、やはり現実を目の当たりにするとショックが大きい。

 となると、


 「ふむ、そうなるとやはり拙僧らは『まるくとーす帝国』とやらに行かなくてはなりませんな」


 万里が独り言を漏らした。

 こうなれば当初の予定通り『マルクトゥス帝国』へ向かうしかないのかもしれない。

 そう思っていたとき、今まで沈黙をしていた杏樹が手を上げる。


 「聞いてて思ったッスけど、帰るにしても〝情報〟は大事なんじゃないッスかね? 生き残るには情報って重要なんッスよ。情報不足は死に直結するッス」

 「―――――――この人に賛同するわけではありませんが、一理あるかもしれません」


 意外とこれに賛同したのは蓮花だった。

 確かによくよく考えてみれば自分達はこの世界の事について何も知らない。

 このまま無策で突っ込むのは無謀なような気がしてきたのだ。

 その場にいた全員が首を捻っていると、同じく何かを考えていた博士が口を開く。


 「……………………お前達、俺と取引しないか?」

 「取引?」


 唐突な提案に十夜が聞き返すと、博士はうろうろとしだした。

 博士が動く度にウィィンウウィィィン! と機械独特の音を立てながらメイドのリコリスがぐるぐると首を動かしているのでその光景はどこかシュールだった。


 「俺の頼みを聞いてくれれば俺が今日までに集めた〝情報〟を与える。もしかしたら俺の情報の中に元の世界に戻る手懸かりが見つかるかもしれんぞ、どうだ?」


 突然の申し出に戸惑う十夜達。

 確かに知りたい事は色々あるが、問題は博士の〝頼み〟だ。

 正直この博士の性格から考えるとロクな頼み事ではない気がする。

 しかし背に腹はかえられない。

 仕方なく十夜が話の続きを促す。


 「俺からの頼みは三つだ。一つ、最近この辺りで〝亜人狩り〟をしている連中がいる―――――そいつらを撃退してほしい」

 「〝亜人狩り〟って…………また物騒な響きだなぁ」


 大河が思わず声を出す。

 亜人に興味津々な大河にとって何か思うところがあるのだろう。

 刀を持つ手に自然と力が入った。


 「二つ目、亜人達の説得―――――そこのお姫様はんだろうが、亜人と人間の和平を結ぶつもりならそれをしてもらいたい」


 突然話を振られたアリシアはビクリと肩が上がった。


 「な、―――――――」


 どうしてそれを? と言わんばかりの驚きに博士は大した反応もせず淡々と語った。


 「こんな場所に王族が、しかも護衛がその女一人ならそうとしか思えんだろう。そして三つ目だが………………」


 話の矛先は十夜へと向いた。

 博士に倣い蓮花達の視線は十夜へ自然と向く。


 「退


 博士の言葉は心なしか重めに感じた。

 魔物を退治するのは一度や二度ではない。

 現にここに来るまでに魔物は何体も斃しているのだ。

 しかし、どこか嫌な予感があった。


 「あの魔術師ぼ手紙に書いてあったが…………『魔術師の宮殿』で上級古代種ハイエルダークラスの『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』を討ったらしいな」


 忘れもしない。

 規格外の魔物、『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』―――――森全体が魔物だという余りにもぶっ飛んだ存在。

 そして、嫌な予感が現実味を帯びてくる。

 何故、今その話をするのか?


 「この『ティファレイド』の都から南へ向かった場所、あの『聖光教会』の犬達が向かおうとしていた場所にが陣取っている。簡単に言えばお前達に〝ソイツ〟を討ってもらいたい」


 博士は視線を南へ、そこは十夜達が姦姦蛇螺と対峙した森へと向けられていた。


 「その場所の名は古代遺跡エンシェントパレスの『正義の都ラメドキャピタル』―――――そしてその場所を占領している魔物はシュヴァルツヴァルトと肩を並べる『始祖の霊長王』の一角で…………そいつの名は」










 ばちばちばちと流電が周囲を奔る。

 異世界には似つかわしくない黒いコードや液晶の画面が所狭しと乱雑に置かれていた。

 気が付けばその場所―――――『正義の都ラメドキャピタル』の廃屋に『聖光教会』の使者ルベイル他数名と、亜人達を誘拐しに来た三人組が重なって斃れていた。

 その中で一番鍛えていたはずのルベイルは懇願していた。



 ―――――殺してくれ、と。



 他の者は一瞬で命を失った。

 目の前にいる〝魔物バケモノ〟が人形を弄ぶかのように蹂躙し無残な姿へと変えたから。

 ルベイルは耐えていた。

 いや、彼だけは

 地獄の時間が続く。

 だから彼は目の前にいる魔物に懇願する。



 ―――――お願いだから殺してくれ、と。



 魔物は高らかに嗤うとルベイルの髪を鷲掴みにし持っていた刃物でごりごりとゆっくり皮を剝いでいく。

 まるで匠の技のように、傷を付けずゆっくりと。

 また無限と思える時間がルベイルを襲う。

 この『ティファレイド』の都に数百年前に住み着き、亜人達だけでなくそんな彼らを狙ってきた人間を捕縛し十分に〝恐怖〟を与え捕食する。

 その魔物は自らを名乗らない。

 ただ、周囲の人間はその魔物をこう呼んだ。


 『上級古代種ハイエルダークラス

 『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース


 そしてその魔物の個体名を、





 『この世全ての憎悪アンラ・マンユ』―――――――と、そう呼ばれるに至った。

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