第134話
神無月十夜にとってこれは一種の〝賭け〟だった。
この
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
抗わなければ待っているのは〝死〟のみだ。
「ぐ、あ、――――――あああああああああああああああッッッ!?」
右腕が引き千切れそうな激痛が襲う。
「(分かっちゃいたが――――まだ暴れやがる!?)」
だがどうにか抑えきれなければ、他にも現状を打破出来る方法は幾つかはある。
だが、その方法を使えば確実に弱っている大河達を蝕む呪いに巻き込んでしまう。
それだけは駄目だ。
引き千切れそうな激痛を抑え込み十夜が吼える。
「いいから―――――いいから言うことを聞きやがれこの馬鹿野郎ッッッ!!」
しん、と十夜の声が聞こえたのか彼の右腕は大人しくなった。
手を握っては開いてを繰り返し、自分の意志に沿って動く事を確認した十夜は改めて目の前にいる姦姦蛇螺へと向けられる。
「これなら―――――テメェがどんなけ速くても、関係ねぇッッッ!!」
拳を握り締めると、その先に漆黒の球体が出来上がる。
この
先の悪魔が使っていた能力を考えれば自ずと答えは見えてくる。
「だ、ッ―――――らぁッッッ!!」
重力の塊が姦姦蛇螺へと向かう。
生い茂る森の木々を薙ぎ倒し球体は標的へと向かい、そして難なくすぐに躱された。
「んなッ!? 何か思ってたのと違うんですけどっ!?」
寧ろ遮蔽物が無くなった事によって姦姦蛇螺の姿が見え始めてきた。
「十夜氏のおバカーッッッ!!」
「ごめーん!!」
状況は最悪になっていく。
大河の罵声も当然だった。
「(クソッ! 何か良い方法はねぇのかよ!?)」
思わず心の内で悪態をつくが状況は変わらない。
十夜の焦りを感じ取ったのか、姦姦蛇螺はニヤニヤと笑みを浮かべているのが余計に焦りを生んだ。
『崩絶戦鬼腕』の
「やっぱ人の〝怨恨〟と〝悪魔〟ってのは違うのか? いやでも―――――」
考えていても答えは出ない。
それよりも現状をどうするか、それを考えていると〝ある事〟に気付いた。
森の木々が倒され、視界がクリアになった事で見える範囲が広がったのだ。
本来なら姦姦蛇螺の全身が見えることによる呪いが発動するはずだが、それよりも気になる事があった。
十夜の視界に点在する地縛霊のような霊体が黒い影を纏い立っていた。
それだけなら十夜にとって
ふと十夜の右腕――――『崩絶戦鬼腕』が反応を示す。
ゆっくりと腕をあげ、黒い霊体へと掌を翳すと、
ズンッ! とその場所がへこみ地面が抉れたのだ。
まるでその場所だけ重力場が狂ったように地面が沈んでいく。
「…………………………」
試しにもう一度、今度は違う別の霊体へ掌を翳す。
すると同じ様な現象が起きた。
「――――――――――はっ」
漏れたのはため息か?
それとも笑みなのか?
十夜は改めて姦姦蛇螺へと視線を向ける。
「なるほど、分かった!!」
十夜が叫ぶと両手を広げ意識を集中させる。
掌が向けられた先にいた霊体達が浮遊し一ヶ所へと集まっていく。
集まった先にいるのは余裕の笑みを浮かべている姦姦蛇螺。
そして、
ズズンンンンッ!
一気に重力が増加していく。
驚く姦姦蛇螺だったが、その周辺の重力は増していくばかりで身動きが取れない。
「(やっぱり思った通りだ!)」
『崩絶戦鬼腕』の正体を掴めた十夜は一気に決着をつけようと呪いを集中させる。
浮遊していた霊体は姦姦蛇螺へと集まり、憑りつくように絡まっていく。
そして、森にいた浮遊霊総勢十六体が姦姦蛇螺へと纏わり憑いた。
「沈め」
十夜のその一言をきっかけに、姦姦蛇螺を含めた周囲の地面が一気に陥没していく。
ビキビキビキィィィィッッッ! と鈍い音を立て周囲が薙ぎ倒されていった。
―――――っっっ!
声にならない声を上げながら姦姦蛇螺は藻掻く、しかし周囲の重力場の増加により逃げる事も動く事も出来ない。
「やっぱり、か」
『崩絶戦鬼腕』の〝呪い〟の正体―――――それは霊体の怨嗟の重みを相手に圧し付ける事で周囲を圧死させる。
人一人の重さは他からすれば微細だったとしてもそれが五人十人と増えていくとどうなるか?
その結果は火を見るより明らかだった。
全てを崩壊させ圧殺させる呪い―――――それが『崩絶戦鬼腕』の力。
「つ、ぶ、―――――れろォォォォォォォォッッッ!!」
十夜がありったけの勢いで叫ぶ。
姦姦蛇螺は潰されまいと必死に藻掻く。
その時、ジジジッと姦姦蛇螺の姿が一瞬ブレた。
「?」
一瞬、気にはなったが今はそれどころではない。
気を抜けばやられる、その一心で十夜は集中する。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
ズズズゥゥゥゥン!!
地盤沈下を起こし姦姦蛇螺は地面の底へと堕ちていく。
一気に勝負を決めた十夜の腕は元に戻ると疲労感がどっと押し寄せて来た。
「つ、疲れた………………」
汗が一気に噴き出す。
足もだが腕も怠くしばらくは使い物になりそうにない。
視線を動かし呪いを受けていた三人を見る。
視界がぼやけるが、無事な事を確認すると―――――。
ジ、ジジジジジジジジジジジジジッッッッッ!!
何か断絶的に音が鳴り響く。
嫌な予感がする。
そう思った十夜はゆっくりと後ろに空いた大きな穴を見た。
ずるぅり―――――。
りんっ―――――――。
ずるぅずるぅり―――――。
りんっりんっ―――――――。
最早聞き慣れた音が耳に付く。
深いため息を漏らしながら十夜はもう一度ゆっくりと構えた。
一本、二本、三本と青白い腕が穴から這い上がって来る。
大きく空いた穴から青白い女の顔―――――姦姦蛇螺が再びその姿を現した。
「………………上等だ」
十夜はもう一度『崩絶戦鬼腕』を顕現させる。
「こうなりゃ、とことんやってやるッッッ!!」
十夜と姦姦蛇螺が再び激突する。
一方、アリスは邪視と戦闘を行っていた。
魔術の発動に伴い、虹色の魔力光が周囲を照らす。
だが、どの魔術も邪視に決定打を与える事は無かった。
「―――――ホント腹立つなぁ」
魔術の効果を受けていないと言う事、攻撃が通っていないと言う事、そしてなにより回数を重ねる毎に邪視の復活が早いと言う事がなによりもアリスを苛立たせる。
だが、それと同時に奇妙な〝違和感〟のようなものを覚えた。
攻撃を仕掛ける度に邪視の姿がブレるのだ。
初めは特に気にしていなかったのだが、その様子はまるでチューナーの合っていないテレビの画像を見ているような感じがした。
「(………………もしかして)」
ふと、アリスの脳裏に〝ある事〟が過った。
確証はない。
それにもしアリスの考えが外れていれば、万里や蓮花も共に全滅してしまう。
だが、分の悪い賭けだったとしてもアリスには確信に近い〝何か〟があった。
「考えてる暇は―――――――ないか」
アリスは呟くと魔術刻印を起動し発動させる。
「〝桜舞い散る真夜中に〟! 〝月明かり照らす吹雪模様〟!」
魔力により練り込まれた花弁が巻き起こる。
キラキラと降り注ぐそれは季節外れの雪を連想させた。
「〝桜吹雪が舞い降り〟―――――――〝
淡い桃色の発光が周囲を包み込み、一気に爆発する。
爆炎の勢いは邪視もだが、万里や蓮花も巻き込んでいく。
だが、そんな事はお構い無しにアリスは攻撃を止める事はない。
「(ぼーさんとレンちゃんは大丈夫。それよりもッ)」
周囲に視線を向ける。
アリスの推測が正しければ――――――。
「ッ!? 見つけ――――――たッッッ!」
両手を広げその場所を見定める。
そして、爆撃の最中ありったけの声で叫ぶ。
「レンちゃんッッッ!!」
たったそれだけ。
その一言で気付いたのか、あるいは直感が働いたのかは分からない。
だが一瞬だけ爆炎の隙間から蓮花の射抜くような鋭い眼光が覗いた。
素早く印を結び『
恐らくそこだろうと蓮花の『空匣』はある場所へと想像し創造する。
その先には何やら黒く四角い箱のような物が所々に置かれていた。
ジジジジジッッッ! と邪視の姿に
黒い物体を『空匣』に閉じ込めると同時に起きた謎の現象にアリスは「やっぱり」と呟く。
その物体を破壊しようと手を翳し、ふと周囲に大きな影が浮かび上がった。
アリスは思わず上を見上げると―――――。
大きな鱗が落ちてくるのが目に入った。
一瞬、何だろうと頭を捻ったがすぐに答えが出た。
「おっ、ら、あああああああァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!」
雄叫びと共に落ちてくるのは久しぶりな感じのする少年の顔だった。
右腕が凄い事になっているが、見間違えるはずのない少年、神無月十夜が何処で拾ってきたのか大きな蛇のような魔物をアリスのすぐ近く――――正確には邪視がいた場所へと叩き付けたのだ。
ズズゥゥゥゥゥンと地響きを鳴らしながら土煙が周囲に舞う。
こんな無茶苦茶な事をする人をアリスは他に知らない。
「ゲホッゲホッ! や、やっぱ扱いづれーなコイツ! ってアレ? 来栖川に鳴上? それに万里まで…………何してんだ?」
状況が飲み込めない十夜はポカンとしていたが慌てて『崩絶戦鬼腕』の右腕を構える。
「ってか目ぇ瞑れ! コイツの全身を見たら見たら呪われちまうぞ!」
十夜の叫びにアリスは「また?」と思わず呟いた。
邪視などと言う規格外の怪異がいたのだ。
似たような
「とーや! 一気にカタをつける!」
「分かった!!」
十夜はそれ以上何も聞かず姦姦蛇螺と、それの下敷きになった邪視へと悪魔の腕になった右腕を翳す。
周囲の浮遊霊達が二体の怪異へと集まり個から群へと成していく。
姦姦蛇螺、及び邪視は地面へと沈んでいきその体躯が再びブレる。
その光景に確信を持ったアリスは天へと手を翳す。
「〝雨よ降れ〟! 〝その場所は〟! 〝前、後ろ、右、左〟!!」
『ザイン湿地帯』を覆うほどの魔法陣が空へと広がる。
輝きを増す魔法陣が虹色に光った。
「〝私の場所だけ〟――――――――――――〝避けて降れ〟!!」
光の粒子が散弾銃のように降り注ぐ。
激しい衝撃と爆撃音の嵐にその場にいた全員が伏せていく。
――――――――――――――――――。
耳鳴りが激しい。
キィィィィン、と耳をつく音が鳴りやんだ時には周囲は焼け野原になっていた。
周囲にいたであろう魔物の気配もない。
「や、―――――ったのか?」
十夜が呟く。
聴こえていたのか分からないがアリスも「多分…………」とだけ呟いた。
だが、
ぬっとその巨体を起こした姦姦蛇螺は真っ直ぐにアリスへと向かって行く。
「来栖川!?」
十夜が叫び駆け寄ろうとする。
しかし、
「大丈夫。だって――――――――――」
アリスは瞳を閉じるとその場を動こうとはしない。
そんな彼女にお構いなしに姦姦蛇螺はアリスへと襲い掛かる。
「これ、立体映像なんだもん」
アリスの言葉を決定付けるかのように姦姦蛇螺はアリスをすり抜けていく。
その光景を見た十夜は思わず動きを止めた。
立体映像?
今のが?
一体何がどうなっているのか理解が追い付いていない十夜にアリスは簡潔に述べる。
「今までボク達が戦ってきたこの二体は全部ただの
確かに、何度かその姿は見ていた。
見ていたがそれだけで気付けるものなのだろうか?
「まぁ気付いたのは偶然だったよ。でもおかしいって思ったのは向こうからの攻撃が一切なかった。どの動きにも自分の姿をこちらに見せてこようとするだけだったから、もしかしたら攻撃して来ないんじゃなくて出来なかったのかなって」
その説明を聞き十夜も姦姦蛇螺との戦闘を思い出す。
確かにこちらが何度も攻撃を仕掛けても反撃は一度も無かった。
自分を見れば呪いが成就する、という点では攻撃に入ると思っていたので大して気に留めていなかったが、改めて考えてみるとおかしな点ばかりだ。
「でもさっき俺触れてたぞ?」
姦姦蛇螺を持ち上げ叩きつけた事を思い出す。
確かに姦姦蛇螺には質量も実体もあったのだ。
しかしそんな疑問をアリスはため息交じりで返した。
「だって、とーやのその右腕って普通じゃないでしょ? だったら実体のないものを掴む事だって出来たりするんじゃないのかな?」
なるほど、と理解した十夜。
よく考えてみると、この『崩絶戦鬼腕』は元は
実体を持たないモノ―――――それが立体映像だったとしても、多少の魔力や霊力などが含まれていれば触れる事が出来るという事だ。
「さて、ここでボク達だけで話してても埒が明かないし、ってかとーやだけなの?
「あ、忘れてた…………」
あの戦闘中に巻き込まれた訳ではなかったので大丈夫だとは思うのだが、それでもアリシアと杏樹を任せたままというのは不安が残る。
とりあえず全員と合流しよう、そう思った時だった。
「――――――――――タイプK、
そんな声が聞こえたかと思うとそこにいたはずの姦姦蛇螺と邪視の姿がテレビの電源が切れたように忽然と姿を消した。
十夜とアリスはすぐさま戦闘態勢を取る。
一体どこから聞こえた声なのか、周囲を探ると土煙に紛れて人影がこちらへと向かって来るのが見えた。
「全く―――――折角俺が苦労して作った立体映像を完膚なきまでに壊しやがって、最近の若いモンは手加減ってモンを知らんな」
白髪の長髪に同じ色の長い髭を蓄えた初老の男がゆっくりと二人に近寄って来る。
その表情はどこか傲慢でふてぶてしいイメージがあったが、目の奥では笑っているようにも見える。
「アンタ―――――誰だ?」
十夜が構えを解かずに訊ねる。
目の前にいる初老の男からは何故か気配がなかった。
そんな二人を見て愉快だったのか男はかっかっかと笑う。
「なぁに、そんなに警戒するな『迷い人』よ。俺が誰かって? 俺はここ『ティファレイド』で―――――そうだな、〝長老〟と呼ばれてるよ」
十夜は知っている。
確かに姿形は『ティファレイド』で遇った長老と呼ばれていた男だが、それにしても彼が知っている男とはどこか違っていた。
どこが、と聞かれれば上手く答えれないが〝何か〟違うのだ。
そんな疑問を抱いていたのが分かったのか長老はしゃがれた声で笑う。
「かっかっか、そう言えば『ティファレイド』で小僧には会ったな。まぁ俺が誰かと聞かれれば―――――」
パチンッと指を鳴らす。
それだけで長老と名乗った男の姿がジジッとノイズが奔ったように姿が徐々に変わっていく。
どこかヨレヨレのローブはパキッとした白衣へ。
しわしわの肌はどこかハリのある肌へ。
白髪の長髪と長い髭は無くなり瑞々しい黒髪へと変わっていく。
「では、改めて自己紹介といこうか」
整った顔立ちにインテリ風の眼鏡を掛けた青年が眼鏡の縁を上げキリッとした目を向けてくる。
「俺はこの『ティファレイド』で長老を務めている〝元〟『迷い人』―――――れっきとした人間で、向こうじゃ科学者なんてモノをやっていたから周りからは
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