第132話

 話は少し前まで遡る。

 傭兵家業をしながら生計を立てていた蛇穴杏樹はある日突然、異世界『グランセフィーロ』へと迷い込んだ。


 「ここは―――――何処ッスか?」


 そんな呟きを漏らした彼女だったが、そこが自分のいた場所――――少なくとも地球ではない事は一目瞭然なのは分かった。


 アテもなくさ迷い続け、時には盗賊や見たことがない生物まもの等にも遭遇したが持ち前のサバイバル能力と戦う術でなんとか乗り切っていた。

 だが、それも五日ほどが限界で途方に暮れていた時だった。


 「あの…………大丈夫、ですか?」


 金色に輝く髪を靡かせ翡翠色のつぶらな瞳をこちらへと向けてくる少女、アリシアとの初めての出会いファーストコンタクトがそれだった。





 「まぁここにいるアリシアがアタシを助けてくれたんでその恩で傭兵をしてたッスよ。迷っていたのがこの『ティファレイド』付近の荒野だったんで死にかけたんッスよねぇ」


 杏樹は悲観した様子はなく、本心で死にかけた事は気にしていないようだった。

 十夜達が言うのもなんだが、どこか頭のネジがぶっ飛んでいるのは似たような者が集まっているようだ。


 「は、話は分かったけど、それと今回のアリシアたんを救うって話とどう繋がるの?」


 大河が続きを促す。

 肝心の部分がまだ分かっていないのだ。


 「多分アリシアが直接言ったと思うッスけど、このコは今命を狙われてるッス。しかも――――――お礼は弾むんで一緒に護衛業を手伝って貰えないッスか?」


 だが、十夜は簡単に首を縦に振らない。

 色々と疑問が多すぎるのだ。


 「ってか待て。俺はまだアンタを信用してないし、アンタも俺らを信用してねーだろ? なのに話が急すぎやしねーか?」


 そう、今まさに自分達を売ろうとしていた者を簡単には信用など出来ない。

 その事を伝えると杏樹はふひひっと笑う。


 「まぁあの場合は牢から便に出るには丁度いい理由だったと思いまして。多分ッスけど兄さん達はあの程度の牢獄なんて簡単に抜け出せたでしょ? それに一緒に連れ出したのはあの程度の連中なんて簡単に斃せたでしょうし」


 簡単に言ってくれる。

 さすがに奇襲と言う意味では成功したが、あのハインベルクよりも強ければ苦戦はしたはずだ。

 いや、そもそも―――――

 その疑問は杏樹の言葉ですぐに解決する。


 「ちょーっとお連れの人達にちょっかいを出しまして…………あのくノ一の女の子とは結構いい勝負したッスよ」


 うわ、と小さな声を上げる。

 万里ではなく、よりによって蓮花に手を出した挙げ句に杏樹の様子ではかなりの戦闘だったと予測が出来る。

 と言うか無事に彼女達と合流した際にまたひと悶着ありそうなのは気付かないフリをしておこう。

 そう十夜は密かに誓う。


 「ねぇ十夜氏」


 突然に口を開く大河は汗を流す。


 「この人達は何で俺っち達を探してたの? 何か罪人がどうとかって…………」

 「おや? 知らないんッスか?」


 杏樹はポケットの中から一枚の紙を取り出し二人に見せる。

 そこに描かれていたのは十夜達五人の似顔絵と僅かな文章。

 内容は言わずもがなであった。


 「うわ、俺ら指名手配にされてるぞ」

 「やっぱり気付いてなかったんッスね。一体何をしてこうなったんッスか?」


 話せば長くなるので簡潔に説明する事にした。

 『リゲブラ』や『テットヘット』での事、『聖光教会』とのいざこざ。

 そして、新たな敵勢力『ファウスト教団』との戦闘とを話した。


 「そんな―――――まさか『聖光教会』が…………いえ、でも」


 アリシアが声を途切れさせる。

 恐らく先程のやり取りの事もあったからなのだろう、どこか府に落ちたモノがあった。


 「謎の仮面集団ッスか…………なーんかどっかで聞いた事あるような、無いような」

 「まぁそいつらに関しては追々でいいだろう。ってかアリシアを護衛って言ってたけど具体案は?」


 杏樹の思考を途切れさせ十夜が今後の事を決めにかかる。

 このまま森の前で話し合っていても埒が明かない。

 その事で杏樹は思い出したかのように話し始めた。


 「まずはここから出る事が最優先ッスね。多分ッスけど『ティファレイド』の亜人さん達はアタシらを警戒してるッス。出来れば長老と話をつけるのが手っ取り早いんッスけど」


 そこでふと、ルイから預かっていた封書の事を思い出した。

 懐をまさぐり、十夜が取り出そうとするが―――。


 「………………あ、あれっ?」


 いや、そんなまさか――――そう思い制服のポケットを全て探すが塵一つ入っていない。


 「十夜氏…………まさか!?」


 大河の嫌な予感が当たっていたのか首をギギギッと動かす十夜の表情は真っ青だった。


 「悪い――――


 アホーッ! と大河の絶叫が響く。

 同時に十夜は全力のDOGEZAをした。


 「ほんッッッッッとにスマン!!」


 だが無いものは仕方がない。

 どこで落としたのか?

 必死に思い出そうとしていた時、


 ―――ず、ずずっ、ずずずっ、


 と何か引き摺る音が森の奥から聞こえてきた。

 思わず四人は視線を向ける。

 そこには、


 「………………女の子?」


 木の陰から少女がこちらを見ている事にアリシアが気付いた。

 だが、何か様子がおかしい。


 「大河」

 「うん」


 ゆっくりと十夜が構え、大河が刀の柄に手をかけた。

 少女が一人こちらの様子を伺っている、それは分かる。

 しかし

 大きな木とはいえ身体がすっぽりと隠れるような太さではない。

 何より、


 


 斜めでも縦でもない。

 真っ直ぐに真横。

 杏樹も気付いたのか懐に仕舞っていた拳銃を取り出し構える。

 しかし、アリシアはそんな違和感に気付かないようでゆっくりと少女へと近付いていく。


 「大丈夫ですよ――――私達は味方」

 「アリシア! 離れろ!!」


 十夜の叫び声に「えっ?」とアリシアの間の抜けた声が漏れ出た。

 それと同時に、


 ―――ずるっ、ずるぅっ、りんっ、りりんっ、ずるっ、ずるぅっ、りんっりんっりんっりんっずるずるずるずるずるずるずるぅぅぅぅぅぅぅッッッッッ!


 何かが這うような音と一緒に鈴のような音も森に響く。

 ゆっくりと、木の陰から青白い手が伸びてくる。

 少女のモノなのだろうが、その手が二本、


 「と、十夜氏―――――俺っち、何か〝これ〟知ってるかも」


 構えは解かず冷や汗を流しながら大河は呟く。


 「へぇ、是非ともご教授願いたいもんだねぇ…………と言いたいが、多分俺も知ってる―――いや、


 一歩、また一歩と退いていく。

 少女―――――正確には女性の上半身が木の陰からゆっくりと顕れる。

 アリシアも流石に〝これ〟は人間ではないと気付き慌てて杏樹の後ろへ回った。

 アリシアが少女だったと思っていたのは幾つか原因があった。

 まず森の中は薄暗く、少し離れると人影はぼんやりとしか映らない。

 そして、少女だと思っていたのは顔を出していた位置にある。

 

 顔の位置がアリシアで腰の辺り、この中で身長がまだ高い方な大河や杏樹ぐらいだとそれよりも下だった。

 それを考えれば自然と少女だと思い込んでしまうのも無理はなかった。

 だが、今はどうだろう。


 少女だと思っていた身体は大人びており青白い裸体が露になる。

 腕は不自然に付け根から片側が三本づつ伸びており、とても人とは思えない。

 なにより――――――先程まで地面に近い場所にあった顔は徐々に高くなっていき数メートルにまで上昇していく。

 その間にもずるずると何かを引き摺るような音や、りんっりんっと鈴の音が森全体に響いている。


 獲物を前にしてニタァと笑みを浮かべる口の端は大きく吊り上がっていく。

 時折覗かせる舌がチロチロと蛇のように動いていた。


 「なんっ、何なんッスか――――これ」


 杏樹がアリシアを庇いながら銃口を向ける。

 この世界に来てから魔物を退治した事はあったが、ここまで不気味な存在は向こうでもない。

 そんな杏樹の問いに大河が震える声で柄を握る手に力が籠る。


 「た、確か―――――これって」





 一方―――――別の場所にて、十夜達とはぐれた万里、蓮花、アリスの三人は奇襲を受けていた。


 「しつこいですぞ!!」

 「ぐあッ!」


 万里の気を纏った拳が唸りをあげ周囲を巻き込んでいく。

 あからさまな敵意に少しうんざりしながらも錫杖を振り回し相手を殴り斃していった。


 「ったく、次から次へと―――――〝川を渡るには〟! 〝キミ達が足場になってよね〟! 〝騙したら〟!」


 アリスの謳の魔術が森全体に響き渡る。

 泥濘のそこから複数の顎が大口を開き奇襲者を待ち構える。


 「〝そのまま皮を引き千切る〟ッッッ!!」


 幾つもの顎が一斉に閉じ奇襲者を飲み込んでいく。

 辛うじて逃げれた者も片足を失い藻掻く者や謳のように皮を引き千切られる者もいた。


 「レンちゃん!!」

 「分かっています!!」


 蓮花も〝雷〟の魔石を埋め込んだ『紫電鎖鎌』を振り回し捕縛し苦無でトドメを刺していく。

 どれほどの時間が経ったのか、最初は二十人近くいた敵も今は三人にまで数が減っていった。


 「全く、拙僧らもこんなところで遊んでいるわけにはいかんのですがな」

 「えぇ、本当にその通りだと思います」


 蓮花は懐に仕舞っていた封書を握り締める。

 十夜が持っていたはずの魔術師ルイから預かっていた封書が落ちていた時は流石に焦ったが、多少汚れてはいるもののそれ以外は特に問題はなかった。

 どうやら攫われた時に落としたものだとすぐに思い至ったが、それにしては不用心と言うべきか……。


 「くそっ! こんな奴らがいるだなんて聞いてねーぞ!!」

 「俺達はここで奴隷を調達しに来ただけなのに!!」


 どうやら『ティファレイド』で亜人を攫いに来た盗賊のようだった。

 亜人達を奴隷と言っているのを考えると、手加減しなくても良かったと思える。


 「どこの世界にもロクな奴がいないね―――――じゃあボク達も遠慮なくやっちゃ」


 アリスがもう一度魔術を発動しようとした時、異変が起きた。


 「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」


 盗賊の一人が凄まじい叫び声をあげた。

 森の中から奇襲をかけようとしていたはずなのに、


 「お、おい!? お前っ! お前ら何かしたのか!?」


 盗賊の一人が駆け寄り、仲間を抱きかかえた。

 勿論、何もしていない三人は一体何が起きたか分からない。

 確かに今叫んでいた男は先ほどからどこか遠くを一点に見つめていたかと思うと急に発狂しだしたのだ。


 「何かと言われましてもなぁ~、一体連れの方はどうされましたかな?」


 万里が何となく視線を盗賊の一人が向けていた方角へと送った。

 それに倣ってなのか、残っていた盗賊の二人も同じ方へと視線を送る。


 『ザイン湿地帯』は相も変わらず湿気と地面がぬかるんでいた。

 少し霧が出て来たのか遠くを見る事は困難な天候なのだが―――――。


 「ひ、ぎぃ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今度は別の男が発狂しだし、あろう事か自身が持っていた短剣を自分へと突き刺し始めた。

 流石にこれには驚いた万里と蓮花が慌てて止めに入った。

 亜人を『奴隷』扱いするような人物達を特に救う義理は無いのだが、それでも見て見ぬふりをするのは何故か気が引けたのだ。


 「何をしておる!? 落ち着きなされ!」

 「そこの貴方! もう一人のお連れさんを押さえてください!」

 「わ、分かった」


 よく見ると初めに発狂した男も同じように自傷行為をし始め、周囲に鮮血が広がっている事に気付いたので慌てて止めに入った。

 一体何が起きているのか?

 するとアリスが口を開き始める。


 「――――――――――ねぇ、ぼーさんって法力はからっきしって言ってたけど、実際はどこまで使える?」


 突然のフリに事に万里は即答する。


 「拙僧が使えるのは本当に簡単な結界や経文を唱えるぐらいしか…………一体何がいるんですかな?」


 もう一度視線を上げ〝何か〟がある方へと目を向けようとした。

 しかし、


 「見ちゃダメ。レンちゃんも視力が物凄くいいからボクがいいって言うまで目は伏せといて。ぼーさんは少しでいいから結界張っといて」


 アリスの口調はいつもの凪のような声ではなく、どこか緊張感を孕んでいた。

 彼女を見ると、目が少し淡く輝いている。

 魔術で視力を強化したのか、彼女だけが〝何か〟の正体が分かっていたようだ。


 「いい? ボクが声を掛けるまで絶対視線を上げないで。オジサンも本当は死んでもいいと思ってるけど、邪魔だからそこから動かないで」


 はい、と頼りない声がしたので改めてもう一度魔術で強化した視力で〝何か〟を見た。


 距離は三十メートル。

 最初の目撃は数百メートル離れていたはずだったのにもうそこまで近づいてきているのか? とアリスは内心焦っていた。

 今まで色々な魔物や強敵を見て来たし戦ってきた。

 なので何が起きてもある程度は大丈夫だと、そう思っていたのだが、


 「これは…………かなり想定外、かも」


 来栖川アリスは魔術師だ。

 自分の眼に『魔眼封じ』の術式を掛ける事は困難なわけではない。

 ではそんな簡単な事を、


 彼女が〝アレ〟を発見したのは偶然だった。

 第六感というものが働いたのか、魔術を二重にかけ『魔眼封じ』と『千里眼』の重ね掛けを施した。

 直後、アリスは言い知れぬ不安に襲われたのだ。

 万里や蓮花はあまり気付いていないようだったが、先ほどから震えが止まらなかった。

 恐らく、アリスや他の盗賊二人が視てしまったモノと目が合うと急な不安感や喪失感が襲い掛かる。

 この世界で言う『恩恵』だと思ったが、それがどうも違うような力が働いているのがすぐに分かったのだ。

 そして、アリスはその正体に何となくだが気付いていた。


 「―――――ホント、何でこの世界に?」


 思わず呟いた。

 霧の奥から人影が近付いて来る。

 どこか安定しない足取りは酔っ払いを連想させるが、人影がはっきりと目視出来た時には魔力をフルで回転させ『魔眼封じ』へと力を注いだ。


 青白い肌に産まれたままの姿。

 ただし体型はもう成人している男性のようだが、ガリガリにやせ細っている。

 毛髪は抜け落ちており、

 口も、鼻も、本来目は二つあるはずだが、それも一つしかない。


 「ホント、バンドメンバーにこの手の話好きがいて良かった……対策が何とか間に合った」


 アリスはそう呟いた。





 この日、

 『ティファレイド』の端にある森の入り口付近と『ザイン湿地帯』にて十夜達『迷い人』はに遭遇する。

 それが魔物、というカテゴリーに入るのならばこの世界ではありふれているのかもしれない。

 しかし、彼らが遭遇したのは現実世界こきょうでは割と有名な掲示板の都市伝説ネットミームとしての存在だった。


 『姦姦蛇螺かんかんだら』、そして『邪視じゃし』。


 異世界で、

 自分達の知る〝怪異〟と遭遇した彼らは、ただ戸惑いながらも戦闘を開始する事になる。

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