第131話

 『聖光教会』使者、ルベイルは自分の予定を崩される事に嫌悪感を抱いていた。

 何事もきっちりと計算された動きで予定をそつなくこなす。

 それがルベイルと言う男なのだ。

 今回、教皇から直々の任務と言う事と、件の守護神官ハインベルク殺害容疑で手配中の『迷い人』達の確保。

 この二つがあれば自身の昇進も間違いはない、そうルベイルは思っていた。

 穢れた血が蠢く『ティファレイド』の亜人達の都まで来た甲斐があった、ここからが自分の栄光の道が開かれると本気でそう思っていた。


 「ここですね」


 地下にある牢獄の扉を開けどんな凶悪な顔をしているのか確認しようと中に入ると、


 「る、『ルコの実』」

 「『ミール』」

 「る、―――――『ルーレット』!」

 「『トリスタニア』」

 「そんな場所あるんだ――――『アール』」

 「また〝る〟!? 十夜氏これ以上の〝る〟はないでござるーッ!! ってかアリシアたんは最初から最後まで何言ってるのかマジで分からん!? 『ルイボスティー』!!」

 「『ティテイル』――――あ、これはそう言う魔物がいます」

 「なるほど、『ルール』」


 ギャース! と大河の叫びが木霊する。

 そんな和気あいあいとした空気を眺めているルベイルと杏樹。


 「何やってんッスか?」


 思わず引きつった声を出す。

 そこでようやく十夜と大河が気付いた。


 「何って――――しりとり?」

 「見たら分かるッスよ! ってか随分余裕ッスね!? 一応お二人は捕虜扱いッスよ?」


 杏樹が少しだけキツく言うと二人が顔を見合せ、


 「「あぁ」」


 と今気付いたように手の平を叩いた。

 軽い眩暈を起こした杏樹は額を押さえる。


 「―――――ゴホン」


 わざとらしい咳払いをするルベイル。

 そこでようやく十夜は見知らぬ顔があったことに気付いた。


 「お客さん?」

 「無駄話は結構。我々は『聖光教会』の使者――――私はルベイルと申します」


 ルベイルの自己紹介に大河が「また〝る〟!?」と叫んでいたがそこは無視を決め込んだ。


 「貴様らが『迷い人』か? ハインベルク卿を退けたと言っていたが………そうは見えんな」


 守護神官とは言え精霊天使を操る事が出来る『恩恵』を持つハインベルクを斃したのがどれ程の者なのか気になっていたが、実際に目にして見るとこんな相手にやられたのかと少々呆気に取られていた。


 「まぁいい。とにかく貴様達には我々と共に来い。拒否はさせんぞ」


 上からの物言いに少しムッとする十夜と大河だったが、それに応えるかのように声が響く。


 「待ってください! 『聖光教会』の使者が何故この方達を? 神に使える方々がどうして?」


 アリシアは困惑していた。

 今までのやり取りに違和感を覚えたのだ。

 顔は互いに見えずとも十夜達『迷い人』が極悪人とは思えない。

 自分の父親が死んだ事に関与しているのは間違いないのだろう。

 しかしそれは因果応報。

 国王――――ルイマルスは国の為とは言えやってはいけない事をやってしまったのだから。


 「ちゃんと――――ちゃんと正しい手順で調べて見てください! そうすれば」

 「うるさいぞ、小娘が」


 それは先ほどまでとは違い感情のない暗い声だった。

 ルベイルの気迫にアリシアは押し黙る。

 はぁ、とため息をつくとルベイルはアリシアの牢の前に立った。


 「貴様が誰であろうが我ら『聖光教会』の発言は絶対的だ。それに誰に許可なく発言をしている?」


 冷たい視線がアリシアを撃ち抜く。

 この世界では王家よりも『聖光教会』の方が権力がある。

 どんな理不尽な事があっても教会からの〝神託〟は絶対なのだ。

 本能的に身体を震わせていると、


 「待った。用があんのは俺らだろ? 若いねーちゃんと遊ぶ前に俺らと遊ぼうや―――――なんならお宅らとも遊んでやろうか? あの指揮者ハインベルクみたいに」


 十夜が不敵な笑みを返す。

 それだけでルベイルの額に青筋が浮かぶ。


 「―――――いいでしょう。貴様達には我々の為に尽くしてもらおう」


 そう言って連れの使者に牢獄の鍵を開けるよう指示を出す。

 ようやく檻の外へと出る事が出来た十夜と大河は窮屈だったのか身体のコリを解す様に腕を回したりする。

 そこでやっと隣で今までしりとりをしていた少女、アリシアと対面することが出来た。

 金色に輝く髪に翡翠のような色の瞳をした少女。

 少し幼い感じもするが、瞳の色に強さや覚悟のようなモノを感じた。


 「何をしている? 早く着いてこい」

 「へーへー」


 十夜は気のない返事を返しながら僅かに視線をアリシアへと向ける。

 自分の無力を嘆いているのか、それとも先ほどのやり取りで思うところがあったのかアリシアは少し臥せっていた。

 そんな彼女を見て、


 「よぉ、オッサン」

 「――――――――――それは私の事かな?」


 ルベイルは静かに、そして怒りを露にしながら十夜へと向き直るが当の本人は全く気にしていない。


 「どうせならこのねーちゃんも連れて行ってくれよ。こう見えてあの『ディアケテル王国』の王位継承権第二位らしいぞ?」


 その言葉に驚いたのは大河とアリシア本人だった。


 「(な、何考えてるの!? アリシアたんまで巻き込んでッ!?)」

 「(ここで放置してる方が危ねーだろう? それに俺か大河の傍にいる方がまだ安全だろ)」


 小声のやり取りを不思議そうに見るルベイルとアリシア。

 その中で唯一何を考えているのか分からない笑みを浮かべているのが杏樹だった。


 「(このねーちゃん…………)」


 一体何を考えているのか?

 大河を除くと、この同じ世界から来たであろう『迷い人さらぎあんじゅ』だけが難敵だと感じた十夜だった。





 地下牢から強制的に出された十夜、大河、アリシアの手には手錠が掛けられている。

 その後ろを見張るように杏樹とルベイルの他数名が付いてきていた。


 「何か監視されてるみたいですね」


 アリシアは呟いた。

 どうにも気味の悪い視線を背後から感じているので居心地が悪い。

 しかし十夜と大河の二人は特に何も思わなかったらしく、


 「まぁ、じゃなくて

 「そーだねぇ」


 と当たり前のように応える。

 背後からの殺気がうんざりするほど伝わっているせいか少々げんなりとしていた。


 「き、気付いていたなら何でッ」


 アリシアの言葉を十夜はあっけらかんと応える。


 「いや、前にも似たような事がな」


 以前にも、万里とアリスの二人が神の使いであるルヴィアという化け物が『古代遺跡』で二人をとして使うような事を言っていた。

 同じ『聖光教会』が自分達をそこへ案内しようと言う事は理由は同じなのだろう。


 「まぁ――――――何が一番厄介なのかって言うと」


 チラリと背後を見る。

 ふと目が合った蛇穴杏樹がニコッと微笑む。

 隙だらけのような気がするが、それをまともに受け取る事は十夜と大河はしない。

 

 あの笑みにはそう言う意味が込められているのだ。


 「杏樹女史、いつでも殺れるよって言ってるね」

 「どんなけ好戦的なんだよ。そんな物騒なのは蓮花とアリスパーティーメンバーだけで十分だっての」


 そんな二人を万里一人に任せているのも心配だが、よくよく考えてみると万里も万里なので特に問題はないだろうとすぐにそんな考えに至った。

 そんな事を考えていると、


 「はーいみなさーん、ここで止まるッス!」


 鬱蒼うっそうと生い茂る森の前で杏樹が声を上げる。

 大体三十分ほど歩いた場所で全員が立ち止まった。

 『ティファレイド』から少し離れた場所にある森―――――その奥からは何とも言えない空気が漂う。

 どこか、〝瘴気〟のようなモノを十夜は感じていた。


 「何だ? 何故ここで止まる?」


 ルベイルが苛立ちを隠さずに話す。

 しかし、杏樹はどこ吹く風と言った感じに両手を上げる。


 「いやぁ、ここからはちょーっと危険なんで〝別料金〟としてアタシを雇いませんか?」


 突然の申し出にルベイルの表情は更に怪しげなモノに変わった。

 それでも杏樹の口が止まる事はなかった。


 「いやぁ、よく言うッスよね? 〝地獄の沙汰も金次第〟って―――――ここからは結構難易度が高いんッスよ。まぁアタシを別途料金で雇ってさえくれれば


 ワザとなのか、それとも天然の発言なのかは分からないがその言葉にルベイル他の数名が武器を構え杏樹へと向ける。


 「貴様――――異教のサルが調子に乗るな」


 低い声。

 それは本気でこの場で簡単に消す事は出来るぞ、と言っているように聞こえた。


 「そうッスか―――――じゃあ、


 両手を上げ含みのある言い方をする杏樹に訝しげな顔をするルベイル。


 「一体どう言う――――」


 ルベイルの言葉が最後まで言える事はなかった。

 背後で連れていた他の使者達の呻き声が聞こえ振り返ると、拘束していた筈の『迷い人』達が使者を気絶させていたのだ。


 「き、貴様ッッッ!?」


 杖を振り攻撃の呪文を唱える。

 しかし、


 「遅ぇッ!」


 それよりも速く十夜が一歩を踏み出していた。

 両手でルベイルの後頭部をしっかりとロックし鳩尾に膝を叩き込む。

 杖でガードするが十夜の一撃が重いのか一瞬でへし折れルベイルの身体がくの字に折れる。


 「か――――はっ」


 その隙を見逃す事なく十夜は更に一歩ルベイルの背後へと身体を入れ込む。



 神無流絶招、鬼神楽参式―――――『鬼穿おにうがち



 腰を捻りルベイルの後頭部を目掛けて思い切り肘を撃ち抜く。

 『魔術師の宮殿』にてシオンに使った技。

 あの時とは違い今度は割と本気で攻撃を仕掛ける。

 無防備だった後頭部へ強烈な一撃を喰らったルベイルの意識は遠退き地面へと斃れ込んだ。

 残心を取り周囲に気配が無いかを意識する。


 「―――――ふぅ」


 一息つくと十夜は構えを解いた。


 「おっ、十夜氏も終わった?」


 大河の方を見ると残っていた使者の十人ほどが地面へと沈んでいた。

 いつの間にか大河の手には自身の愛刀『猛虎絶刀』が握られている。


 「しかし十夜氏の〝影〟は便利だね。カバン要らずじゃん」


 二人が牢獄に囚われる前に没収されそうだった大河の刀を『悪食の洞』が飲み込み収納していたのだ。


 「まぁカバンはいらねーかもしれねぇけど…………悪霊怨霊の巣窟の中に荷物入れてて大丈夫か?」

 「あ、いやっ―――――大丈夫です、ハイ」


 そう、『悪食の洞』には十夜が今までに捕えた外法のモノが存在する。

 そんな中に自分の荷物は入れたいとは思わないだろう。


 「いやぁ、お見事ッスね」


 忘れていた。

 傍観していた杏樹が手を叩きながら近付いてきた。

 十夜と大河は静かに構える。

 敵なのか、それとも味方なのか?

 今の杏樹の立ち位置が未だに不明なのだ。

 流石に気を許すには心許ない。


 「あぁ、そんな警戒しなくていいッスよ。それより―――――


 思わぬ言葉に二人はアリシアへと視線を向ける。

 気まずそうにアリシアは頭を下げた。


 「ご、ごめんなさいっ―――――お二人にはまだ黙っていたほうがいいとアンが言っていましたので…………私は大丈夫ですよ、アンもありがとうございます」


 二人のやり取りを見ていた十夜は理解が追い付いていない。

 一体何がどうなっているのか?

 頭の上に疑問符を浮かべていると、それに気付いた杏樹が謝罪してきた。


 「いやぁ~、二人を騙したようで申し訳ないッス。でも思っていた以上にやり手で良かったッスよ」

 「―――――説明、してくれんだろうな?」


 十夜の低くなった声に杏樹は両手をブンブン振った。


 「モチのロンッスよ―――――実は、兄さん達に


 杏樹の瞳が真剣なモノに変わった。





 「アタシの恩人――――――アリシアを助けて欲しいんッスよ」

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