第130話

 蓮花と杏樹が激しい戦闘を繰り広げていた頃、『ティファレイド』の地下では十夜と大河が暇だと言う理由でしりとりをしていた。


 「かずのこ」

 「こま」

 「マリトッツォ」

 「お、お…………おに」

 「にんにく」

 「くま」

 「マンドリル」


 全く面白味のないしりとりをかれこれ三十分以上続けている。

 何人か監視役の亜人は来たが二人の様子を見ては若干引きながら交代していく。


 「…………ねぇ十夜氏」

 「し、しししし―――――しか」

 「もうしりとりはいいよ。それよりいつまでここに居てるの?」


 やっと本調子になってきた所だったが、確かにこのままでは色々と状況が悪化する一方だ。

 いよいよ本気でどうにかしようと考えていた時、



 「あの―――――――――――お楽しみのところ申し訳ありません。一つ伺ってもいいでしょうか?」



 と何処かから声が聞こえてきた。

 女性―――――というよりまだ幼さの残る声。

 どちらか分からなかったのは、その声色がハッキリと、そして凛としていたからだった。


 「だ、誰だ?」


 大河は身構える。

 十夜だけは何も身構える事無く腕を頭の後ろで組みながら返事をした。


 「ほいほい、何だ?」

 「いえ、壁越しで申し訳ありません。貴方達は『迷い人』なのですか?」


 恐らく、先ほどの杏樹との会話を聞いていたのだろう。

 それに関しては別に隠し通している訳ではないので素直に応じる事にした。


 「まぁ、この世界風にいやそうなのかな?」

 「そうですか…………」


 どうにも歯切れが悪い。

 何か裏を探っているような、そんな気がした。


 「で? だったらどうなんだ? ってか俺達の素性よりアンタの事が気になるんだが?」


 十夜は壁の向こう側―――――恐らく姿を見せないところを考えるに十夜達と同じ状況なのだろう。

 地下の牢獄に捕まっている者同士、それを意味するのは。


 「あぁ、そうですね。私もこの『ザイン湿地帯』に迷い込んでしまって……気が付けばこの有様です」

 「捕まった…………にしては随分と余裕っぽいけど」


 大河の反応も分かる。

 慌てている――――――ようには見えない。

 それどころか落ち着いた雰囲気もある。


 「そうですね――――――では私から名乗りましょう。私はアリシア。アルトリシア・ディア・ケテルと言います。貴殿方は…………ルイマルス・ディア・ケテル国王と言う名に聞き覚えは有りますか?」


 ルイマルス・ディア・ケテル―――――忘れもしない。

 十夜達がこの世界に来て初めて訪れた王国。

 そして、十夜達が王国の〝闇〟を垣間見た場所でもあった。

 異世界から召喚された者を非人道的な実験により悲惨な目に合わせた場所でもある。

 十夜の影がカタカタと揺れる。

 その名を覚えているのか、怒りのような感情が溢れて来るのが分かった。


 「―――――もし俺が知ってるって言ったら………どうする?」


 しばらく沈黙が支配し、ポツリとアリシアという少女が言葉を洩らす。


 「どうもしませんよ…………本音を言えば複雑な感情ですが、父が行っていた儀式や実験は非人道的なモノです。それを止めれなかった私も同罪ですよ」


 どこか諦めにも似たような言い方だった。

 少し気になりながらも、十夜は話を続ける。


 「そうか――――で? そのディアケテルの王女サマが何でこんな場所に? 俺が言うのも何だが、今王国って大変なんじゃ?」


 そもそも、? 

 その十夜の質問にアリシアが答える。


 「えぇ、今は亡き父の跡継ぎ問題で…………私は王位継承権としては第二位なのですが」


 何となく言葉を濁したが、彼女の言いたい事を理解したのは大河だった。


 「誰が跡継ぎになるか…………順位が低い人間が王女様の命を狙っているとか?」

 「…………………………」


 アリシアは答えない。

 その無言は肯定だと捉えるべきなのだろう。

 十夜がそう思っていると、


 「―――――大河」

 「うん、


 アリシアが頭に?と浮かべていると、十夜はスッと立ち上がった。


 「獄中生活ってのも気が楽なんだが、そうも言ってられねぇな」

 「一体何を」


 言っているのか?

 その答えはすぐにアリシアにも理解が出来た。


 微かにだが外から悲鳴のような声と断続的に爆発音が響いてきた。


 「こ、れは?」

 「どうやら客人みたいだな――――しかも、あんま歓迎されてねぇ客人みたいだ」





 十夜の読み通り、『ティファレイド』の広場では騒ぎが起きていた。

 戦う事が出来る亜人達は広場へ集まりそれぞれが武器を持っている。

 緊迫した状況の中、相対するはたったの五人。


 「静粛にせよ―――――


 旗は十字架に楯が描かれたモノ。

 ぞれはこの世界でもかなりの影響力を持つ『聖光教会』の印でもあった。


 「―――――『聖光教会』の御仁が、我が都に何用か?」


 答えるは亜人の長だった。

 白髪に白い髭を蓄えた初老の男は鋭い眼光を『聖光教会』の使者へと向ける。

 だが、


 「なに、我らもに来たくて来ている訳ではないのだよ」


 使者達の代表である男が掛けていた眼鏡を上げながら冷たく言い放つ。

 どこかトゲのある言い方に亜人達は反応を示すが何も言わない。

 いや、

 この世界で『聖光教会』に楯突けば神罰が下り一族郎党全滅してしまう。

 それだけは避けねばならなかった。


 「ほう、ではその〝穢れた〟場所に何の用なのですかな? 生憎と我々はおもてなしが出来ませんので」


 長老はゆっくりと、そして丁寧にここから出ていくように促す。

 言葉遣いは丁寧だがどこか威圧的にも取れる長老の言葉を『聖光教会』の使者が笑い飛ばした。


 「ははっ、別に結構。我々の目的は一つ―――――『正義の都ラメドキャピタル』への道を案内しなさい」


 その使者が発した単語に亜人達はざわつく。

 そんな騒ぎ立てる亜人達を制し長老が口を開いた。


 「あんな何もないに、何をしに行かれるのか?」

 「貴様には関係ない。我々は案内しろと言っているのです―――――これは依頼ではなく、〝命令〟です」


 有無を言わさない圧力に長老はたじろぐ。

 このままでは『聖光教会』の使者達は無理にでも『正義の都』へと向かうだろう。

 それも自分達を害してでも、だ。

 どうするべきか、長老が迷っていると、


 「なーんか面白そうな話ッスね。アタシも交ぜてもらっていいッスか?」


 数人のエルフを引き連れた蛇穴杏樹が楽しそうな笑みを浮かべ広場へと乱入する。

 見知らぬ顔、しかも〝人間〟がこの地に居ることに違和感を覚える。


 「何者だ?」

 「いやぁ、アタシはしがない傭兵モドキッスよ。で、兄さん方は教会の人で?」


 突然の乱入者に訝しげな視線を送るも飄々としてどこか掴み所がなかった。

 仕方なく教会の使者代表が前に出る。


 「傭兵と言ったな? お前は知っているのか?」

 「えぇ、知っているッスよ―――――『正義の都ラメドキャピタル』。ただ行くには案内が必要ッスよね?」


 杏樹の真意を探ろうとその鋭い眼光を向けるが捉え所のない彼女の様子に使者は少しため息を付きながら持っていた杖を杏樹へと向ける。


 「貴様を信用しろと?」


 随分と慎重な態度に杏樹はニッと笑うと使者へと近付き一枚の〝啓示書〟を渡す。


 「兄さん達にもメリットはあるッスよ。こちらには〝切り札〟があるッス」


 警戒しながらもその啓示書を開くと、それは一度目にした事があるモノだった。

 視線を上げもう一度杏樹の顔を見る。


 「これは―――――――」

 「そうッス。兄さん方『聖光教会』がこの世界に配布したッス。その五人の『迷い人』達の内


 その言葉に今度こそ『聖光教会』の面々が驚愕する。


 「―――――何のつもりだ?」

 「いやいや、ただの善意ッスよ。あとアタシはこの都の傭兵として雇われてる身ッス。ここの人達を護衛するのも契約に入ってるんで不安要素を除外したいだけッスよ」


 そのやり取りの後、しばらく沈黙が続く。

 そして、


 「分かった。まずはその神敵の確認を急ぐ。話はそれからだ―――――で? 他三人はどうした?」

 「さぁ? 


 杏樹がそれだけ呟く。

 彼女の後ろに居たエルフ達は杏樹の言葉に何の反応も示さない。

 無理もない。

 エルフ達は杏樹の言っている意味を深く理解するつもりがなかったのだ。

 実際に『ザイン湿地帯』で出会った少女が神敵と言われる存在と言う事すら知らない。


 「そうか、ならば先に神敵の元へ案内しろ」

 「りょーかいッス」


 杏樹が地下の牢獄に案内するため、先を歩く。

 ふと長老と目が合い、杏樹は使者へ気付かれないようにウィンクを交わす。


 「…………………………」


 長老は何かを察したようで振り返り集まっていた亜人達に解散するように促した。

 『聖光教会』と事を荒立てないようになったことを安堵しながらそれぞれが散ってゆく中、一人だけ長老に食い付く者がいた。


 「長老! いいんですか!? 余所者に好きにさせて!」


 ドワーフのコウランが詰め寄るのを長老が手で制する。


 「コウラン―――――お前は心配しなくともよい。少なくとも、『聖光教会ヤツラ』には手を出すな」


 それははっきりとした言葉。

 この世界で王族よりも権力を持つ『聖光教会』―――それが例え今この都に来た使者したっぱとは言え手を出せばこの都は終ってしまうのだ。

 それは理解している―――――しているのだがコウランにとってそんな一言で納得が出来るはずがなく、


 「………………分かりました」


 しかし、どうすることも出来ない矛盾を抱えながら拳を強く握る事しか出来なかった。

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