第129話

 蓮花のクナイの投擲と杏樹の銃弾が交じり合い火花を散らす。

 杏樹は引き金を引くと同時に蓮花は銃口から重心をズラし銃弾を器用に躱していく。

 その人間離れした様子を杏樹は驚愕しながら容赦なく引き金を引き続ける。


 「(ってか普通の女の子は銃弾を素で躱すなんて出来ないんッスけどね!?)」


 驚くほど銃弾が当たらないのがもどかしい思いをするのは初めてだった。

 蛇穴杏樹の狙撃の腕前は先の襲撃で分かるように、常人ではありえない距離を正確に相手の急所を撃ち抜く事が出来る。

 普通の狙撃としては数十メートルから最大数百メートルが限界だ。

 しかし杏樹に関しては最大で数十キロ離れた場所から相手の眉間を撃ち抜く事など余裕なのだ。

 だから彼女に狙われれば最後、知らない内にその凶弾によって相手の命が奪う事など杏樹にとっては造作もないことだった。


 そう、


 蓮花は飛び交う弾丸を躱しながら杏樹へと向かってくる。

 しかも決して無理に躱そうとはせず手にしていたクナイや小太刀で銃弾を弾きながら進んでくるのだ。


 「ッ!? 厄介ッスね!!」


 そう忌々しく吠えた。

 だが、そう思っていたのは蓮花も同じ様で、


 「(どっちがですかッッッ!?)」


 そう声にならない声を上げていた。

 相手は二丁拳銃。

 しかもこの至近距離では蓮花に有利なはずなのだが、杏樹の銃捌きが上手いのだ。

 同時に撃つのではなく、片方づつ引き金を引く。

 そうすれば撃った反動で隙が出来ずにそのまま相手が向かってきた所を迎撃する。

 そう言った流れなのだろう。

 実際、蓮花の考えと杏樹の戦法は当たっており、その為に両者ともに攻め辛いのだ。


 「はぁッ!」


 蓮花がクナイを投げ一気に攻めるが杏樹は距離を取ろうと引き金を引き続ける。

 決定打に欠ける両者の攻防は、


 「クルゥゥェェェェエッッッ!!」


 突然現れた魔物によって中断を余儀無くされた。

 大型鳥類の魔物、『邪悪な大鳥イビルバード』が二人の殺気に当てられ襲い掛かってきたのだ。


 「クルルルルルッッッ」


 威嚇をしているのかイビルバードは人を簡単に刺殺する事が出来る嘴を大きく振り上げ、蓮花と杏樹を穿とうとした。


 「邪魔を―――――」

 「するなッス!!」


 銃弾がイビルバードの眼球を、

 投擲されたクナイが喉を突き刺しイビルバードは絶命する。

 高台から落下したイビルバードを横目に二人が睨み合う。

 しばし流れる静寂を杏樹の笑みが崩す。


 「お嬢さん、中々やるッスね」

 「ありがとうございます。貴女も凄いですよ?」


 それだけ。

 一言だけ交わすと杏樹が懐から煙草を取り出し火を着ける。

 大きく吸い込み紫煙を吐き出す両手に握られた拳銃を腰のフォルダへと納める。


 「お嬢さん達は『迷い人』なんッスか?」


 杏樹のその質問は確定した言い方だった。

 まるで「自分もそうだけど」と言わんばかりだ。


 「―――――――そうですが、〝達〟と言うにはやはり先ほどの狙撃は貴女が?」


 今は自分しかいない。

 なのに複数の言葉を使うと言うことは杏樹は自分れんか以外にも居るのを知っていると言うことだ。

 杏樹はニッと笑うだけだが、それだけで肯定の返事としては十分だった。


 「ま、今回は引くッス。アタシもまだやることがあるし」


 杏樹はそれだけを告げると今度は筒状の物体を取り出す。

 形的にはマラカスに近い形状をしている柄の部分には小さな輪が付いておりそれを引き抜いた。


 「あ、あともう一つあったッス――――。返して欲しくば『ティファレイド』で待ってるッスよ」


 蓮花が聞き返す間も無く、その物体を放り投げる。

 嫌な予感がしたのか、蓮花は自分を囲むように『空匣』を展開し防御に専念し――――――。


 激しい閃光と爆音が周囲を包み込んだ。


 閃光手榴弾スタングレネード、立て籠りなどの犯人を無効化する光と音の爆弾。

 殺傷能力は無いが人を動けなくするには最適の武器だ。

 蓮花はしばらく動く事が出来ない。

 自分を護るために『空匣』を展開しているのでその場に居れば攻撃を防ぐ事が出来ても反撃は出来ない。

 やがて、 


 「―――――――ッ」


 ようやく視力と聴力が戻ってきたのか、蓮花は周囲の気配を探る。

 しかし、誰の気配も感じる事は無かった。


 「やられましたね」


 蓮花の呟きは虚空へと消える。

 じめっとした空気が肌に纏わり付く感覚を耐えながら万里達と合流すべく高台を駆け降りる。


 「(神無月くん、刀堂さん――――お二人共御無事で)」


 今はそれを願うしかなかった。





 「アンジュ! 大丈夫だったか!?」


 エルフの一人が杏樹へと駆け寄る。

 運良く逃げ出せた杏樹は手をひらひらと振った。


 「ふひひっ、だいじょーぶッスよ」


 だが、今まで受けてきたどの〝仕事〟よりも疲労感が半端なかった。


 「(あのままやってたら本気で殺し合いに発展し兼ねなかったッスねぇ―――――あのお嬢さんであれだけ強かったと言うことは他の面子も…………)」


 背中に冷たい汗が流れる。

 救いだったのは咄嗟に取り出した閃光手榴弾の存在を知らなかったお陰で逃げ延びる事が出来た。

 あのまま戦闘を続けていたら危なかったかもしれないと杏樹は思った。


 「ま、――――今度は敵のままか、それとも…………」


 ふひひっと笑うと杏樹は数人のエルフを連れ『ティファレイド』へと戻っていく。

 今は戦いを楽しんでいる場合ではない。

 そう自分を叱咤しながら本来の目的を達成する為に次の手を考えていた。

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