第105話

 夜が更け、十夜達が真剣な話をしていた頃。

 『テットヘット』の町より数十キロ離れた場所で闇夜に浮かぶ人影があった。

 場所で言うと丁度、十夜達がテスカトリポカと戦った場所でもあったそこには激しい戦闘の跡が残っていた。

 テスカトリポカの残骸である黒曜石と翡翠石の破片が周囲に散らばっているのを見下ろすかのように不釣り合いな姿をした人物が立っている。

 奇抜な格好で、そして奇抜な面を着けた人物―――――『仮面道化の使いヴァル・クラウン』のアッシュだった。


 「未だに信じられませんねぇ。あのテスカトリポカが討伐されるとは………もしかするとが何か関係でもあるんでしょうかねぇ?」


 魔法、もしくは『恩恵ギフト』―――――を使った形跡が無かった事から自然発生したモノなのだろうか? とも思ったがこの『ラムド平原』は魔力の流れが不安定で特定するのは難しい上にテスカトリポカは魔法無力化と物理攻撃に対する耐性が極端に高い。

 それをここまで完膚なきまでに叩きのめせる存在などそれこそでもなければ説明がつかないとアッシュは感じていた。


 「(今のところ計画は順調ですが、あっしが思い描いていた計画からズレているのが気に食わねぇっすねぇ)」


 本来なら、はずだった。

 だが、現状ではその目論みが大きく外れている。

 アッシュは泣き嗤いの仮面を被っているが、その下は忌々しい表情をしている。

 思わぬトラブルにさてどうしたものかと考えていると、ふと背後に気配を感じ振り返る。

 そこにいたのは、一人の女性だった。


 「『仮面道化の使いヴァル・クラウン』の方でお間違いないでしょうか? あぁ、言葉を発さなくても、嘘はつかなくても結構です。私はそうだと確定事項として話し掛けていますので」


 紺色の修道服にそのフードから覗かせている銀色の髪が『ラムド平原』に吹く風により靡いている。

 アッシュは、『聖光教会』の人間か? と思ったが、から出ているオーラのようなモノが


 「―――――これはこれは、変わったお客様ですねぇ。どうです? そちらさんも『ファウスト教団』に御介入されては?」


 そんなアッシュの冗談めいた言葉には反応を示さず、修道女シスターは淡々と機械のように用件だけを告げる。


 「〝必要悪〟であるアナタ方とこれ以上の論争は無意味です。それよりも、?」


 そう言い修道女は〝何か〟をアッシュの足元へと放り投げた。

 それは大きな蛇の頭部であり、細かく切り刻まれた豊穣の蛇ケツァルコアトルだった。

 復元できたのはその部分のみで後は再生不可能まで追い詰められた魔物の姿は見ていて痛々しい。

 しかし彼女のその言葉にアッシュはピキリ、と青筋を浮かべる。


 「何の事か分かりやしませんが―――――とんだ勘違いですねぇ。こちらも闇夜の亡者テスカトリポカを討たれたせいで計画が狂って頭にきてんですよ」


 二人の間に殺気が漂う。

 どちらも引く状況ではない。

 一触即発―――――まさに二人がぶつかり合うかと思われた時、


 「―――――――――――」

 「―――――――――――」


 二人の頭の中に、〝誰か〟が〝何か〟を囁いた。

 しばらくの無言の後、先に動いたのは修道女の方だった。


 「主から啓示が降りました。今回の件は不問としましょう」

 「あっしもそうですねぇ。まぁこちらも見逃がしてあげますよ」


 最後まで嫌味を言い合い、修道女は姿を消した。

 それが目にも止まらぬ速度、蜃気楼のように姿が消えたのだ。

 その様子を見ていたアッシュが舌打ちをする。


 「やはりバケモンですねぇ。あんなのを置いておく教会も十分イカレてますよ」


 そう言い残し、アッシュもその場を去った。

 広々とした戦いの跡地には無情な風が流れるだけで静かなものだった。


 そう、


 

 夜も更けてきたとは言え、周囲には凶悪な魔物が生息している『ラムド平原』だ。

 スコルピオコックローチ然りジャイアントワーム然り―――――動く者がいればそれらを全て捕食するはずの魔物がこの二人には全く反応を示さなかった。

 それは単に獲物としてみていないのか?

 それとも、

 真意は不明だが、この『ラムド平原』での戦いは更に激化する。

 『迷い人』、『聖光教会』、そして『ファウスト教団』―――――。


 その三大勢力が交差し場が混沌と化すまで―――――そう時間は掛からない。

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