第106話
三章『
ここで、少し前の話に戻るとしよう。
『マルクトゥス帝国』では〝異世界召喚の儀式〟が行われた。
理由は敵国である『ディアケテル王国』に対抗する為に〝英雄の力〟が必要だったからというモノだった。
帝国最大兵力『魔導騎兵隊』に囲まれながらも英雄の召喚に成功した帝国は数十人の異世界人を手厚く歓迎した。
「ようこそ異世界から召喚されし英雄諸君! 私はこの『マルクトゥス帝国』皇帝ギアテスク・マルクトゥスだ。以後お見知りおきを」
突然の事に混乱するその数十人の中に一人、妙にテンションが上がった人物がいた。
「(むっほーっ!! こ、ここここれが噂に聞く異世界転移!! この世界で無双しまくるとかそんな話なんですかなーっ!!)」
小中高と陰キャぼっちを極めた
もっさりとした髪をバッサリとカットし、金髪に染め上げモテ要素の強い雑誌を手にしながら自分が認める最強のコーディネートで新入生歓迎会に参加した矢先の出来事だったのでテンションがぶっ壊れていたのだ。
もちろん数十人の中には、今の状況を楽しむ者、混乱する者、慌てる者など色々いたが、それでも持ち前の精神力の前には大河は一切動じなかった。
「突然の事に皆混乱するのは無理もない。しかしそなた達には頼みたい事があって呼ばせてもらったのだ」
何てテンプレなイベントなんだ、と話を聞いていた大河は一人で密かに喜んでいたのだがそれでも至って平静を保っていた。
ここで変にテンションを上げて周りに引かれるのだけが一番怖かったからだった。
ギアテスク皇帝の話によると、この『マルクトゥス帝国』という国は昔から厄災が起きる前兆があった時には『異世界召喚の儀式』を行っていたという話しだった。
過去には魔王襲来や世界が崩壊する災害など―――――そんな帝国が危機に陥った中、今回の召喚理由は敵国である『ディアケテル王国』との戦争に勝利する為と語っていた。
正直に言うと、大河にとってそんな事はどうでも良かったのだ。
自身の暗い青春が払拭されるなら異世界で魔王討伐だろうが世界の危機レベルの厄災だろうが敵兵だろうが全て切り伏せる。
そう思っていた。
ここから刀堂大河という青年の
それだけで今日まで頑張ってきた甲斐があった、そう思っていたのだ。
しかし、
「タイガー、貴方には神より授けられるべき『恩恵』が見当たりません」
彼の異世界への期待は一瞬で崩れ去った。
この『グランセフィーロ』という世界では神が全員に『
もし与えられないのであれば、それは『迷い人』と呼ばれる異世界の迷子のみでどうやらその他大勢は自分だったと知らされた時は絶望した。
「い、いやいや待ってくれよ! じゃあ拙者―――俺っちはどうなるんだよ!?」
「すまんが私達にはどうする事も出来ない。キミには部屋を与えるのでそこで過ごしていたらいい」
と放置されていた。
この国にも『迷い人』の逸話は色々あるらしく、曰く凶災を持ち込む厄介者だったり、神に必要とされていない不純物だったりと、大河と同じ境遇の者は全員等しく悲惨な最期を迎えるらしい。
帝国内でも大河はどう扱えばいいのか分からない腫れモノのような扱いだった。
自分が望んでいた異世界生活とは程遠い扱いに耐え切れず大河は僅か二日で帝国を去る事となった。
そして半月ほど世界をさ迷い、偶然訪れる事になったこの『ラムド平原』にて魔物を狩っていたところ、この『テットヘット』の町に辿り着き今に至る、との事だった。
「俺っちも何が何だかよく分からないけど、あのまま帝国にいたらそれこそ周りの視線に耐えられないと思って逃げ出すような形になっちゃったんだ………」
そこまでの話に十夜達は考え込んだ。
『迷い人』という存在が色々言われているのは知っていたが、どうやら国によっての逸話が違うのは何となくだが理解する事が出来た。
しかし、どうもこの世界は『迷い人』に対してあまり良い扱いをしないように感じるのは気のせいだろうか、と思う所もあった。
「では刀堂さんは正式な手順で召喚されたのではなく、正式に召喚された人達と一緒に迷い込んだということなんでしょうか?」
蓮花の言葉に何故かグサリと突き刺さる大河。
悲しき
しかも彼女に悪気が無い分もっと威力は高い。
アリスは気の毒そうな顔をしながら蓮花を宥める。
「しかし、不思議ですな。拙僧らは『迷い人』とは向こうの世界で何かしらの不思議な力を持つ者達が来るとは聞いておりましたが―――――大河殿もそうなのですかな?」
万里の言葉に大河は押し黙る。
ここまで来て喋らないのもどうかと思うが、人は誰しも語りたくない事もある。
だが、この場に五人の『迷い人』がいるという事は何か意味があるのかもしれないと思えてならないのだ。
その事は大河も十分に理解している。
意を決した大河は細長い袋を自分の前に出し封を解く。
姿を現したのは柄の部分が少し長めに作られ、
「『
刃毀れ無しで触れるだけでその部分が切り落とされるかもしれないと思えるほどの見事な刀に十夜と万里だけでなく、蓮花とアリスも思わず魅入ってしまう。
「あんな激しい剣戟を繰り広げていたのにも関わらず見事な刀身ですね……刃が全然欠けてない」
「確かに、しかも本人も素早い動きで斬って来るから躱しようがないときた」
女性に囲まれて褒められる経験が無いのか、大河の表情は驚くほど緩み切っている。
対して、野郎共はというと。
「なんか野菜とか斬ったらくっつくとか漫画で見た事あるけど本当かな?」
「ふむ、拙僧は刃物を見ると昔を思い出しますなぁ。闘争剣劇に阿鼻叫喚の地獄絵図―――――血沸き肉踊る次第ですぞ」
全部台無しだった。
だが、空気の読めない二人は更に大河へと質問をする。
「気になってんだけど、大河って一人称―――――ってかキャラが定まってないよな? 何で?」
「とーや、彼をイジメちゃダメ。多分大学デビューしようとして失敗しちゃったんだよ、多分」
「アリスさんはもう少し彼に優しくしては?」
「蓮花殿がそれを言いますか?」
刀堂大河という青年のHPはもうゼロだった。
十夜は無邪気に、万里はそんな三人を窘めつつ蓮花が額を押さえアリスが呆れていると、
ザザッ、――――――ザーッ、―――――ザザザッ。
大河の視界にノイズが走った。
頭痛が酷く、こめかみを押さえ軽い目眩を何とかしようとする。
そんな大河の視界に〝とある映像〟が浮かび上がる。
見覚えのある風景に荒れ果てた大地。
地面は所々捲り上がり砂煙が舞っている。
そして、まるで爆撃の中心であろうその場所に一人の少女が叫んでいる。
たった一人、荒野と化した『ラムド平原』で鳴上蓮花が涙を流しているのだ。
彼女が膝から崩れ、手にしていた苦無と小太刀を落とし力無く項垂れている。
そして彼女の目の前には〝一体の魔物〟が立っていた。
異世界の知識は引きニート時代に網羅していたのである程度は知っていたが、その魔物は大河は知らない。
その魔物は手を翳し、何やら呟くと掌に魔法陣が浮かび上がりそのまま――――。
ブツンッ、と電源が切れたテレビのように映像はそこで途切れた。
「―――――――ッ」
吐き気が込み上げ、せっかく用意してくれた夕飯を吐き出しそうになるのを堪えた。
その様子を四人は心配そうに声をかけてくる。
「どうした?」
少年―――――
しかしこの不可解な現象を説明するつもりも無ければ、恐らく説明しても上手く出来ないと思っていた。
なので、
「大丈夫―――――大丈夫だから」
そう自分に言い聞かせるように呟き、そっと視線を蓮花の方へと向ける。
何が起きているのか分からない彼女は同じように心配をしてくれているのだが、大河は口を開けずにいた。
「(だい、じょうぶ…………だよな?)」
今見た光景が、
これからやって来るかも知れない一つの未来だと思うと気が滅入ってしまう大河だった。
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