第102話
何も事情を知らない刀堂大河は深く深く息を吸い、ゆっくりと静かに吐いた。
目の前にいる恐らく自分よりも年下の少年はボロボロで今にも倒れそうだったが、それでも溢れんばかりの明確な殺意がこちらへ向いているのが分かった。
正直に言うと怖い。
今まで遭ったの事ない〝敵〟に身震いが起きた。
「――――――ふぅ」
だが、それでも大河は退く事はない。
どんな強敵だろうが難敵だろうが関係は無かった。
斬る。
ただその一点だけに集中しゆっくり構える。
腰はぐっと落とし首から下に力は入れない。
極限まで脱力しすぐに動けるよう柄に手を掛ける。
そして、
「疾ッ!」
一閃。
まるで光が奔ったような美しい一太刀に蓮花、アリス、万里までもが目を奪われ、目視で追う事が出来ないほどの華麗な太刀筋だった。
しかし、十夜が纏う『
先程の万里の考察は正しいが少し訂正があった。
それは『捕獲した状況からの強制的に脱出する』という呪い―――――ではなく、正確には『先行と後行の逆転』がこの『暴嵐纏生』の正体だった。
ジャンケンでいう所の〝あとだし〟が極端化された〝呪い〟。
どんなに速い攻撃も先制攻撃もこの〝呪い〟の前では全て無意味になる。
ただ、これはあくまでも〝呪い〟であり、その呪われている本人は普通の肉体なのでその無茶苦茶な動き分のダメージを負う事になってしまうのだ。
なので、大河の一閃がどれだけ速く鋭くても一太刀も当たらない。
大河も一番良い状態の抜刀が、いや先に当てたはずの刃が空を斬っていたのが信じられない状態だった。
「うっそ、だろッ!? 今の俺のベストだぞ!!」
「構えなされ御仁!! 次の衝撃が来ますぞ!!」
万里の言葉も虚しく、暴風はすぐに大河へと襲い掛かる。
吹き荒れる暴力の風はそのまま大河が持つ刀をへし折り身体を吹き飛ばし地面へと激突させた。
思わず目を背ける。
そんな光景だった―――――しかし、
「破ァッ!!」
気合と共に十夜が先程まで見せた動きのように気が付けば大河が折れたはずの刃を奔らせていた。
一閃、二閃―――――刃の筋は十重にも重なり斬撃が十夜を取り囲んだ。
勿論だが蓮花の『空匣』やアリスの『魔術』などといった拘束を搔い潜った十夜にとってその太刀筋を躱すのは簡単だった。
しかしそれでも不可解な現象はまだ続く。
大河の持っていた刀は折れてなどいなかった。
美しい刀身はその輝きを曇らせる事無く再び鞘へと戻す。
刀堂大河の剣術は〝居合〟―――――帯刀した状態から抜き放ちそして納刀するまでの一連の動作を構成した日本特有の剣術。
その動きは達人の域に達しており、それは蓮花やアリス万里にも分かるほどだった。
だが、三人の疑問はそこではなかった。
「あ、―――――んた…………一体、どうや、って?」
息を切らしながら十夜が訊ねるが大河はただ笑うだけだった。
迷いが生じる。
このまま見ず知らずの人間に頼っていてもいいのだろうか?
しかし現状を打破できそうなのは目の前の青年しかいないのではないのか、そう十夜は考えていた。
思考が鈍り視界が霞む。
血を流し過ぎたのか、身体が震えてきた。
身代わりのスライムは物理ダメージを吸収してくれる役割があった。
しかし、この『暴嵐纏生』の場合は受けるはずの攻撃は喰らっていないので躱した時に無茶な動きのせいで肉体が傷ついただけだ。
その辺りのダメージ換算が雑なのはまだ上手く使いきれていない十夜の実力不足なのは明らかだった。
視線を万里達に移す。
疲弊しきっている三人にはこれ以上無茶を言えない。
もうこうなれば―――――。
「お、い―――――アンタ、に頼、みがある」
息も絶え絶えになりつつ十夜は真剣な目を大河へと向ける。
只者ではない、それだけの理由で命を預けるのはどうかしているのかもしれないが、それでも手も足も出ない今の状況よりもマシだと思えた。
「俺を、捕まえりゃ―――――テメェの勝ちだ」
それだけ告げると『暴嵐纏生』がギャリギャリギャリッッッ! と車輪が回転し始める。
勝負を決めに来た―――――そう思った大河はゆっくり、そして力強く刀の柄を握り締める。
何故か、少年の言葉は軽く捉えてはならない。
大河は必然的にそう思えた。
「分かった―――――本気でいくぜ」
そう大河が呟くと一気に眼を見開く。
十夜が―――――『暴嵐纏生』がどう動くか見える。
そして、大河は一瞬だけチラリと視線を動かす。
その先には万里達がいた。
本当に一瞬だけだったので勘違いかと万里は思いもしたが、その視線の意味を瞬時に汲み取った。
でなければこの刹那に数度は死ねる状況で今の
「蓮花殿、アリス殿――――動けますかな?」
万里の一言にアリスは「簡単に言ってくれるね」と呆れたような口調になりながらも刻印を発動させる。
「〝大きな石を食べたオオカミさん〟! 〝喉が渇いて水辺に行けば〟―――――〝スベって転んで水辺に落っこちた〟!!」
アリスが謳い上げると魔法陣から水が湧き出て十夜を取り囲む。
それに続いて蓮花も『空匣』を
見た目は大きな水槽。
十夜の『暴嵐纏生』は車輪が唸ってはいるが、まだ動かない。
それもそのはず。
これはあくまで攻撃でも捕縛でもない。
ただ十夜の周辺に大量の水とそれを逃がさない為に『
そしてそこに出入口は二つ。
一つは天井に筒状に出来た煙突のような形。
そしてもう一つは大河の正面に出来た。
「―――――――――――――――」
大河は精神を集中させる。
何も動じることはない。
何故なら、彼はまるで最初からこうなる事が分かっていたように終始落ち着いていたのだ。
「『
目を見開き足に力を込める。
鍔が鳴り、静かな時間が過ぎた。
それが数秒―――数分だったかもしれない。
「ッッッ!!」
神速――――まさにその名が相応しい速度。
一瞬判断が遅れれば十夜が真っ二つにされていてもおかしくはなかった。
だが、
「が、――――――ハッ」
やはりいくら
しかも煙突状の抜け道もある。
わざわざ危険を犯すまでもなくそのルートを通るのは必然だった。
大河の神速の居合を躱し上へと逃げた『暴嵐纏生』は、
「〝不動金縛り〟―――――金縛りは
経文を唱え終わり、煙突の抜け道の先にいた万里が十夜ごと金縛りにかける。
ガチンッッッ! と動けなくなった『
「お手柔らかに」
「出来る限り対処しましょう」
ギチギチギチィィィッッッと拳を握り締めた万里が振り下ろし、十夜の顔面に突き刺した。
轟音と共に十夜は意識を途切れさせ〝鬼ごっこ〟という
―――まけちゃった
とだけ呟く声が耳に届き辺りは静寂に包まれた。
その声はどこか寂しそうでもあり、嬉しそうにも聴こえた。
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