第101話
「全く、お二人は毎回毎回騒動の渦中にいなければ気が済まないのですか?」
第一声は蓮花の小言から始まった。
ハインベルク撃破後、治療をしようと十夜と万里に駆け寄っていた。
「カカッ、申し訳ない」
万里の笑いにはいつもの覇気がない。
余程の強敵だったのだろうか? そう思っていると、始めに異変が起きたのは十夜だった。
「っづ――――――、あ」
違和感があったのが徐々に激痛へと変わり十夜は
そんなに酷い状態なのかと蓮花が傷薬を手に駆け寄ろうとし、それを十夜が止める。
「来んな!! 鳴上、みんな―――――逃げろ!!」
瞬間、
ゴバァッッッッッ!! と十夜を中心に暴風が吹き荒れる。
十夜の足元には禍々しいまでの車輪付きのブーツが履かれていた。
「なん、ですか――――あれ?」
蓮花が言葉を詰まらせる。
見たことのない光景に万里が叫ぶ。
「気を付けなされい!! 十夜殿の
十夜が膝を付く。
周囲に障気が充満し辺りを包み込み―――――そして、
あ、そぼ
何かが聞こえた。
耳を傾けてはいけない。
そう思うがその声は徐々に、しかしハッキリと耳に入ってくる。
あ、そぼ―――――あそぼ、あそぼ、あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ
「こ――――れは、呪詛?」
アリスは顔をしかめながら頭を押さえる。
強烈で純粋で無邪気な〝
人一人の怨嗟の声とはとても思えないモノだった。
「ぐ――――――鳴上! 万里! 来栖川ッッッ! 俺を動けないようにして全力で殴れ!!」
十夜は続けざまに叫んだ、
「『
言っている意味は分からないが、とにかく十夜を捕まえれば良いだけのようだ。
本当に上手くいくのか?
そんな疑問が過るがどうやら
蓮花が人差し指と中指を立て空間を固定させる為の『空匣』を展開させようとした。
出来るだけ十夜を傷付けないように敢えて周囲に『空匣』を設置し固定する。
蓮花にとってそう難しい作業ではない。
実際、蓮花の動きに何の躊躇いもなかった。
空間の固定はスムーズに素早く行われ十夜を捕らえることに成功した―――――ハズだった。
確かに呪いに苦しむ十夜を捕らえた『空匣』には十夜の姿がなかったのだ。
「えっ――――――」
間の抜けた声が出たと思う。
抜かりは無かった。
いつものように、事務的に、冷静に判断し『空匣』を展開させた。
傷付ける気はなくとも蓮花は本気だった。
なのに、
ゴバァッッッッッ! と暴風が横を通り抜けその風圧で蓮花の華奢な身体は悲鳴を上げる。
「あ、あああああああああああッッッ!?」
突然奔る激痛に思わず顔を
その先には、禍々しい脚甲を装着した十夜の姿がいつの間にかそこにいた。
触れられた感覚は無い。
つまり―――――ありえないスピードで横を通り過ぎた風圧のみでここまで暴力的な力を発揮したという事が理解出来たのだ。
「レンちゃん! どいて!!」
アリスは腕に刻まれた魔術刻印を発動させる。
いつもの間の伸びた口調の彼女からは信じられないほどだったので蓮花は痛みが奔る身体に鞭を打ちその場を転がる様に退けた。
「〝オオカミさんは何食べた〟!? 〝おばあさん〟!? 〝赤ずきんちゃん〟!? 〝それとも〟―――――」
謳う詠唱は重力操作。
十夜の周囲に重力を反転させる魔法陣が展開し取り囲む。
「〝オオカミさんは大きな石をいっぱい食べたってさッッッ〟!!」
数十にも展開された魔法陣が弾け飛び重力場が無茶苦茶になる。
加算される場所もあれば軽減される場所もある無法地帯。
まるで宇宙空間にでも放り込まれたような場所に居れば普通ならば人間の身体は数秒も保てない。
十夜の身体は心配だが、そこまでしなければならない―――――否、そうしなければ自分達が危険だとアリスはそう直感した。
そして、彼女の直感は当たった。
確かに十夜を
「うぐぅッ!」
女性陣二人が斃れる様を見て万里が内気功で身体を
だが、蓮花やアリスと同じ結果に終わり万里の巨体も成す術は無かった。
「ぬぅっ!」
だがそれでも万里は
だが、確かに捕らえたはずの十夜は気が付けばその場にはおらず暴風を巻き起こしながら移動しているのだ。
「一体、何がどうなって―――――」
端から見れば十夜の姿はそれほど速くない。
だがどういう理由か、完全に捕まえたと思ったら既にその場にはおらずこちらが攻撃を受けているパターンになっているのだ。
「(恐らく、これが十夜殿の言う〝呪い〟だとすれば何となくですがその正体の察しが付くきます。ですが―――――)」
万里は攻撃の手を休め十夜の姿を見た。
緩急の激しい動きをしていたせいか、服はボロボロで目や口や鼻、耳から出血をしていた。
十夜は口にこそ出さないが、あれだけ異常なほどの動き方をしているのだ。
身体には相当なGが掛かっているはずだ。
先のハインベルクとの戦闘でも同じ症状が見えた。
つまり、
今、神無月十夜が纏っている呪いは〝鬼ごっこ〟と言うワードから察するに『捕まえようとすれば強制的に捕縛から脱出する』と言ったところなのだろう。
任意の脱出ではなく〝強制的〟に、だ。
ハインベルクに続き今万里達の攻撃をあの速度で躱し続けているのだから恐らく十夜の身体には相当な重力が掛かっている。
このままでは血管が破裂し最悪の場合、死に至ってしまう。
「ジリ貧―――――ですな」
こちらから攻撃をしなければ動きは止まるのだが、それでは意味がない。
十夜の言う通りこれがもし〝鬼ごっこ〟だとするならば逃げる獲物に
文字通り、命懸けの
こちらが動けば待っているのは躱した際に巻き起こる暴風。
動かなければ所有者が命が奪われる呪い―――――。
そんな状況に膠着状態が続く中、十夜と視線が合った。
「――――――――――」
声は聞こえない。
読唇術で理解できたわけでも、心が読めたわけでもない。
ただ一言、
頼む。
と、それだけ言っていたのが伝わったのだ。
万里は握り締めていた拳をゆっくりと解くと手を合わせ始める。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊 皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是―――――」
それは読経。
有名どころでいうと『般若心経』だった。
ゆっくりと近付きながら出来るだけ優しく、諭す様に読み上げる。
万里は破戒僧とはいえ住職業をしていた。
読経を唱えれても不思議ではない。
だが、それも効果があるかどうか分からないが何もしないよりマシだと万里はそう判断した。
チリチリと殺気が溢れ出す。
十夜が纏う『暴嵐纏生』がカタカタと揺れ動き無邪気な殺意が悪意を持った殺気に変わってゆく。
ヤバい。
そう思った十夜は必死に動きを止めようとするが、それよりも早く動き出す。
矛先が向かったのは―――――。
「な、るかみ――――、くるす、がわっ」
蓮花とアリスが斃れている方へ暴走をし始める。
万里がすぐさま動き二人の壁になるように立ち憚った。
「(暴走したのは経文が効いているから―――――少しぐらいなら拙僧が二人の壁になれるッ!!)」
まともに喰らえば万里も無傷では済まない。
覚悟を決め経文を唱えながら同時に気を練る。
外気功の一つで肉体を硬化させる
どれだけ効果があるか分からないが、何もしないよりマシだった。
「く、そ―――クソッタレェェェェェッッッッッ!!」
十夜の叫びと共にガギィィィィィンッッッ!! と甲高い音が鳴り響く。
十夜の『暴嵐纏生』と万里の『硬功夫』がぶつかり合った音でも、蓮花の『空匣』による防ぐ音でもアリスの『魔術』でもない。
十夜は霞む目を見開きどうなっているか確認を取る。
まず見覚えのない雑に染め上げた金髪に耳には気持ち程度のピアス。
この『グランセフィーロ』では似合っていないカジュアルな服装にジャラジャラと邪魔そうなネックレスを付けオシャレ眼鏡に穴開きグローブと右腕には綺麗な包帯を巻いていた青年が十夜の『暴嵐纏生』を手にしていた刀で受け止めていた。
「だ、ダメじゃん―――女の子を足蹴にしようとしたら」
決して余裕など無いだろうに、しかし表情は笑っていた。
誰だ? とそんな疑問を抱く間もなく青年は十夜を押し返すように弾き出す。
距離を空けた十夜と青年は一定の距離を保ち対峙する。
刀身を鞘に納めゆっくりと低く構えた青年を見て、唯一彼を知っていた蓮花とアリスは呟くように青年を見上げる。
「貴方は―――――」
「どうして、ここに?」
そんな呟いた二人を見る事無く、暴走した十夜から視線を外さずに青年―――――
「俺っちは
そんな
「さぁ、俺っちが来たからにはもう好きにはさせないぜ!!」
少し勘違いをしているであろう大河は満身創痍の十夜へゆっくりと構え始めた。
暴風と神速―――――この二人を止めれる者はこの場にはいない。
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