第100話


 十夜が飛頭天使の攻撃を受ける刹那、真っ暗な〝闇〟の中にいた。

 ジメジメと湿気たこの空間を


 「…………久しぶりにここに来たって事は」


 ようやく目が慣れてきたのか自分が今どこにいるのかを理解した。

 自分の〝影〟であり、そして全ての元凶である『悪食の洞』の中に十夜はいた。

 『悪食の洞』は大きな空洞に幾つもの洞穴のような場所が点在してる。

 そしてその入り口には札で貼られた鉄格子が掛けられており、まるでそこは一種の『牢獄』のようにも見えた。


 「―――――呼んだのは〝お前〟か?」


 幾つもある牢獄の一つの前に十夜は立つ。

 瘴気が溢れ出し咽返しそうになるもグッと堪え牢獄の中にいる〝何か〟に語り掛けた。

 どの牢獄に〝何〟がいるのか十夜は理解している。

 故に、額には冷汗が浮かび始めていた。

 牢獄の向こうからは何も返事が無い。

 痺れを切らせた十夜は牢獄の扉に手を掛けようと恐る恐る伸ばすと、


 ―――だめ。


 背後からそんな声が聞こえた。

 振り返るとそこにはボロボロの黒ずんだ布に巻かれた一体の木乃伊がいた。

 同じ牢獄に居るように見えるがそこの鉄格子は外されており、その中も鮮明に見える。


 ―――それは…………は、だめ。


 そう十夜に語り掛けているのは飢えを潤す為に全てを枯渇させる呪いを持った『飢潤庭園枯渇ノ巫女きじゅんていえんこかつのみこ』だった。

 枯れ果てた身体から声など出ないはずの彼女が必死に十夜を止めている。


 「確かに、ヤベェかもな」


 そう言う十夜の表情には迷いは一切、ない。

 ガシャン、とほんの少し鉄格子の扉を開ける。

 すると―――――――。


 ブワァッ、と牢獄から障気が溢れ出す。


 あまりの濃厚な障気に噎せる感覚。

 そして、


 ―――ふふっ。


 耳元で〝誰か〟が囁く。

 その笑いは、

  どこか、

   無邪気で、

    無機質で、

     凶悪に思える嗤いだった。


 ―――ねぇ、あそぼ?


 そんな声と共に十夜の足元に障気が集まる。





 一瞬の出来事で何が起きたか理解が追い付かないハインベルクはひとまず先に見た光景を思い返す。

 飛頭天使の光の矢は確実に十夜を貫いた―――――

 しかし実際は服がボロボロになっているだけでその身体に傷一つ付いていなかった。


 「異世界人―――――お前は一体?」


 何者なのか? という質問を飲み込んだ。

 そんな事よりも今は目の前の異教徒を殲滅する方が第一優先事項だ。

 ハインベルクは目の前にいる少年を観察する。

 飛頭天使による初撃を食らっていたが無傷という事も疑問だが、その後の

 確かに光の矢は少年を貫いている。

 それは間違いない。

 だが、

 

 その正体を確かめるべく、ハインベルクは飛頭天使に指示を出す。

 内容は勿論、光の矢による一斉掃射。


 「行け!!」


 幾多もの矢が放たれ十夜に襲い掛かる。

 しかし、放たれた矢が十夜へと直撃―――――


 「な――――」


 驚愕するハインベルクとは反対に十夜は笑う。


 「どーした神官サマ。全然俺に当たってねーぞ?」


 余裕を見せる十夜とは対照的に、ハインベルクの表情は強ばり、そして怒りに震える。


 「異教の―――――猿がッッッ!!」


 吐き捨てるような台詞も今の十夜にとっては負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 十夜は指を折り曲げ挑発をする。


 「俺が格の違いを見せてやる、来な」


 冷静さを欠いたハインベルクは『恩恵しき』を使い飛頭天使、そして精霊天使を集合させ一斉に攻撃を仕掛ける。

 どんなカラクリがあるのかを見極める為、あるだけの殺意を目の前の敵へ向けた。






 そして、そんなハインベルクに十夜は自分の思惑が通ったのを確信した。

 

 そんな事を思いながら十夜は身体に力を入れた。

 頭に純白の翼を生やした頭部だけの天使が口を開き輝く矢を奔らせる。


 「(今だ!!)」


 十夜の足元、そこに付いていた車輪が激しく動きあり得ないスピードで高速に動き出す。

 十や二十では利かない矢を掻い潜り、使

 十夜自身から攻撃はしない。

 そうしなくとも、使

 勿論、そんな人外の速度を出した十夜の姿を視認出来ないハインベルクは何か不思議な力で自分の操る天使達が破壊されている―――――そのぐらいにしか思っていなかった。


 「クソッッッ!? 一体何が」


 起きたというのか? と思考する前に目の前にはいつの間にか黒い袈裟を着た破戒僧が大きく拳を握りしめていた。


 「拙僧を忘れては困りますなァ!」


 大きく振りかぶった拳は、咄嗟に防御したハインベルクの華奢な身体ごと殴り飛ばす。


 「ぐっ――――が、はぁっ」


 ちゃんとガードをしたハズだが万里の拳は気を練っている為、防御の上からでも十分な威力はある。

 外面、ではなく内面から破壊されるような衝撃を受け肺の中の空気が一気に吐き出される感覚を受け悶絶するハインベルクは震えながら指揮棒を振り翳す。

 しかし、


 「な―――――」


 

 ゆっくりと振り返ると精霊天使アフィニティ飛頭天使ディアションズは残らず破壊されている。

 そこには肩で息をする十夜の姿があった。


 「ぜぇっ、ぜぇ―――――、どうだ!!」


 周囲には粉々にされ他の魔物達と同じように塵となり霧散する神の創造物くぐつ達。

 ハインベルクは現状の惨劇に奥歯を噛みしめる。

 『聖光教会』開宗以来初めての失態。

 今までも異教徒は何人も何十人も屠って来た。

 だが、ここまで―――――しかもよりにもよって『迷い人』如きにコケにされたのが我慢ならなかったのかハインベルクは手にしていた指揮棒タクトを握り締め膝を震わせながら立ち上がる。

 身体は満身創痍だがその目はギラついていた。

 初めに会った時とは全く違う目をしている。


 「粛清――――してやるッッッ!! 〝天空切り裂き差し込む光よ!!〟」


 指揮棒を天に翳し〝呪文〟を唱える。

 今まで見た事のない光景に十夜と万里の二人は身構える。


 「〝神敵しんてき撃ちて全てを屠れ!!〟―――――光魔法『レイ』!!」


 ハインベルクの頭上に光り輝く魔法陣が現れ、またも天使が出現すると思い込んでいた十夜達はまさかの『魔法』に一瞬だけ動きが鈍った。

 それはまるで降り注ぐ雨のような光に躱す事が困難になるほどだった。


 「づッ!?」

 「が、アァッッ!!」


 万里は肉体を気で練り上げ鋼のように硬化させていたが、〝光〟という自然属性の攻撃は物理攻撃に強い気功もダメージを軽減させる事が出来ない。

 十夜は新たな〝呪い〟である『暴嵐纏生』を憑かせていたので光の雨を辛うじて躱しているが、やはり攻撃の属性上〝光〟というのは


 「は、はははははははははははははははははははッ!! 神の敵は全て滅びろ! 俺に―――――創造神セラフィム様に逆らう者は全て等しく滅びろ!!」


 光の雨レイは止む事無く振り続けている。


 「(これでは格好の的ですな―――――然らば!)」


 万里は白銀の籠手に気を込め地面を乱暴に殴りつける。

 土煙が舞い万里を包み込むと光が土埃に紛れ乱反射し合い始める。

 地面に散らばる小さな光石が光を反射、上手く万里を躱していく。

 かなり気休めだが的になるぐらいなら何もしないよりマシだと判断したのだ。


 「十夜殿は!?」


 何とか難を逃れた万里は光の雨を躱し続ける十夜へと視線を向ける。

 信じられない速度で躱し続ける十夜の顔色はかなり悪く、よく見ると鼻や口、耳から血を流し始めていた。


 「何と!?」


 一体何が起きたのか? そう考えていた万里だったが、それもその筈だと理解出来た。

 光が雨のように降り注ぐ攻撃を全て躱し切る事など普通の人間には無理な事だ。

 それを少なくとも十分近く、しかもかなりの速度で動いているのだ。

 十夜の身体に強烈なGが掛かっている。

 平衡感覚も内臓もかなり負担が掛かっているに違いない。


 「が、―――――あっ、――――――ッッッ!!」


 明らかに今までとは違う。

 十夜は自分の〝呪いちから〟はかなり厄介だ、とそう言っていた。

 しかし『悪食の洞』や『黒縄操腕』、そして先日も見た『飢潤庭園枯渇ノ巫女』を使い熟していた。

 実際、そのおかげもありこの異世界でも何とか今まで生き残れてきたのだ。

 だが、今はどうだろうか。

 十夜は自分の力に

 しかも蝕まれているのが端から見た万里ですら見て分かったのだ。


 「一体、アレは何なんですかな―――――十夜殿」


 しかし、光の雨はまだ止まる気配はない。

 恐らくこの『光魔法レイ』は自身の魔力が尽きるまで継続するタイプなのかもしれないと考えていた。

 実際、万里の考えは正しく、『聖光教会』の神官級以上の者達は光属性の魔法を扱える。

 しかしその殆どが初級、扱えて中級ほどしか使えず制御もままならないのだ。

 自分の魔力値が底を尽きるしか止める方法がない。


 「く、そが―――――ッッッ!」


 十夜は無理やり『暴嵐纏生』を解く。

 急に失速した十夜は地面に転がりながら光の雨の射程範囲内から脱出した。

 身体中のあちこちからバキバキと悲鳴が上がっている。

 膝が震え上手く息が出来ない。

 そんな十夜の様子を見ていたハインベルクは高笑いをする。


 「あーっはっはっは!! 神を敬わないから天罰が下ったのだ!!」


 十夜は何も言えない。

 言う事が出来ないほどダメージが蓄積されているのだ。


 「(クソが―――――やっぱ、俺にはまだ『暴嵐纏生コイツ』を使いきれねぇ…………か)」


 自分が未熟なのは分かっている。

 分かっているのだが、悔しさが込み上げてくるのだ。


 「フン、死に体のお前一人など俺が直接手を下してやる」


 持っていた指揮棒を振り上げる。

 先からは僅かに光の刃が不安定ながら形成され剣のような形が出来上がる。


 「十夜殿!! くッ!?」


 万里は完全に躱し切れていない光の雨に加え、気が付けばまだ僅かに残っていた純白の鎧アフィニティの大剣が万里へと襲い掛かる。

 絶体絶命の危機に対し十夜は刺し違えてでもハインベルクに一撃を食らわそうと構え―――――、


 「はっ、やっぱやーめたっ」


 手を上げ降参のポーズをした。

 一瞬何を言っているのか理解が出来ないハインベルクだったが光の剣を十夜の首元へと押し当てる。


 「お前、何のつもりだ?」

 「何のつもりって―――――俺も疲れたからな、それに体力温存しときたいし」


 一体何を言っている?

 ハインベルクのその疑問はすぐに分かってしまった。



 「いやなに、言い忘れてたんだけど『



 その言葉と同時に、

 少し離れた場所で動きがあった。


 「レンちゃん」

 「分かってます!!」


 蓮花の『空匣』を展開した側面にアリスが跳躍の為足に力を籠める。

 そして、カタパルトの要領で突き出された『空匣』を発射台にしアリスは一気にハインベルクへと飛躍し足を突き出した。


 「〝重力超過おもくなっちゃえ〟」


 自分に重力増強の魔術をかけトラックが猛スピードで迫るほどの勢いを付け、ハインベルクの顔面に蹴りを食らわせた。

 勿論、ハインベルクは防御魔法を展開する間もなくモロにアリスの蹴りをその身に受け耳元では首の骨が砕け視界が反転し、地面を転がり先にあった民家の壁へと激突しそこでハインベルク・ツァッカーノの意識は完全に闇へと墜ちた。


 ハインベルクの気配が完全に途絶えた事で光り輝く魔法陣は消滅し、同時に光の雨も霧散していく。

 万里が相手にしていたはずの残った精霊天使はと言うと、蓮花の『空匣』により無色透明の匣が杭のように純白の鎧を穿ち、磔にされた天使はまるで置物オブジェのように鎮座していた。


 「よし、ボク達の勝利っ」

 「ですねっ」


 血生臭い戦場には似つかわしくない少女二人の笑顔が輝いて見えてしまい少し身震いをする十夜と万里だった。

 かなり怖い光景だが、今は素直に戦闘の終わりに安堵した。

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