第99話

 話は蓮花とアリスの二人が異世界からやって来た青年、刀堂大河と出会う少し前に遡る。

 神無月十夜かなづきとおや永城万里えいじょうばんりの二人が『聖光教会せいこうきょうかい』の使者、守護神官ガーディアンハインベルク・ツァッカーノと会合していた。


 「ぐっ! な、んだよ――――!?」


 十夜、そして万里を組伏せるかのようにのし掛かる頭の上に光り輝く輪を持つ純白の鎧騎士。

 質量があるようでない―――――


 「ほう、お前達はが見えるのか? 神のご加護を持たない猿以下の存在が」


 ハインベルクの冷たい声が何処までも響く。

 騎士達と同じ純白のキャソックに身を包む男の手には指揮棒タクトのような物が握られている。

 その指揮棒がゆらゆらと揺れるのと同じ様に純白の鎧は動いている。


 「あの指揮棒でコイツらを操作してるのか?」

 「その様ですな。しかしこれは面倒なッ」


 身体が上手く動かせないのがこれほどストレスになるとは思ってもいなかった二人は額に青筋が浮かび上がっている。

 必死な姿の二人を見下ろしながらハインベルクは余裕を見せている。


 「無駄だよ、それは〝精霊天使アフィニティ〟と呼ばれる存在で我らが唯一神『セラフィム様』が創造された異教徒を断罪する傀儡だ。それをお前達如きがどうにか出来るはずが―――――」


 ハインベルクが全てを言い終える前に異変が起きる。

 創られた存在であるとはいえ、高次元の存在の象徴『天使』の金縛りを受けてなお十夜の指が少しずつではあるが動き始める。

 しかも、隣にいた万里の指も同じように動いている。


 「な―――――」


 通常、下級とはいえ人間には精霊天使の金縛りはおろか、その存在に触れる事すら出来ない。

 しかし、ただの人間が精霊天使かみのにんぎょうの力を押し返している。


 「ざ、っけ―――――んな、よッッッ!」


 血管がはち切れそうになる。

 筋肉が悲鳴を上げブチブチと音を立て断裂する感覚がする。

 だが、

 十夜にはどうしても我慢ならない事があった。

 人は信じたいものを信じ、それに縋ってしまう事はあると思うしそれ自体は〝悪〟とは思わない。

 しかしハインベルクは自分の所属している宗教せいこうきょうかいが上位でその他全ては格下、もしくは他の人間の命はどうも思わない―――――そんな考えを持つ輩が十夜は一番嫌いなのだ。


 ようやく立ち上がりキッとハインベルクを睨みつける。


 「テメェが何を信じようがどうしようが俺達には関係ねぇッ。でもな、テメェの理想を勝手に他人に押し付けて思い通りにならなきゃ不貞腐れるのがテメェの信じるモノかみさまだってんなら―――――」


 動かない身体に鞭を打ち演舞を舞う。

 影が伸び魔法陣のような紋章が十夜の背後に浮かび上がりそこから二対四本の巨腕が飛び出す。

 同時に周囲にいた精霊天使を数体握り潰し、少し自由が利いた万里は白銀の籠手を装着し地面に叩きこむ。

 石柱の槍が無数に伸び同じように精霊天使を数体撃破する。

 そんな高次元の存在を簡単に撃破する二人を見てハインベルクは慄いた。


 「貴様達…………一体何者だ?」


 ハインベルクの質問に十夜と万里は凶悪な笑みを浮かべる。



 「そんな自分勝手な理想像クソみたいなかみさまはこの世界とは全く関係ない『迷い人』である俺が全部喰い尽くしてやる」



 十夜の背中に浮かぶ四本の巨腕が翼のように広がる。

 見ようによってはまるで悪魔のような姿をした少年を睨みつけハインベルクは叫ぶ。


 「殺せ!!」


 音楽を奏でる為に演奏者を導く指揮者のように手にしている指揮棒タクトを振り翳す。

 その動きに合わせ精霊天使が十夜達に牙を向ける。

 その数はおよそ十八体。

 手には鎧の色と同じ純白の大剣。

 精霊天使達はその大きな剣をものともせずに振り回してくる。


 「舐めるなァッッッ!!」


 十夜の叫びに呼応して『黒縄操腕』がその巨大な腕に力を籠め拳を握り天使達を粉砕していく。

 流石にその巨人が如くの鉄拳を喰らえば不味いと思ったのか精霊天使は器用に躱し大きな的になった『黒縄操腕』の腕に剣を突き刺していく。

 痛みがあるのかどうか分からないが、それでも『黒縄操腕』はその巨腕きょうきを振り回す。

 しかし精霊天使の大きさと機動力が小さな羽虫を大きな蝿叩きで退治しようとしているのと同じなのだ。

 今までは十夜自身より大きいサイズの相手が多かった。

 なので『黒縄操腕』で対応できたが、今回の精霊天使は大きい体格とは言えそれでも今までの相手に比べれば比較的小さいサイズで、しかも素早い。


 「(力押しが通用しなくなってやがる―――――そろそろ限界か?)」


 この世界で得た呪いちからとは言えまだそこまで戦闘経験があるわけでもない。

 このままでは『黒縄操腕』自体が消滅する恐れもある。

 だが、


 「〝震撃〟!!」


 今、戦っているのは十夜一人ではない。

 『黒縄操腕』の影に隠れ確実に一体づつ万里が精霊天使を撃破していく。

 そこまで強敵では無いのが救いなのか難なく対応していく二人に対し、ハインベルクの表情はまだ余裕だった。


 「―――――何笑ってやがる?」

 「なに、異教の猿にしては中々やるなと思っただけだ」


 指揮棒で円を描き残った精霊天使を操る。

 統制された動きにまだ何か隠し玉でもあるのか? そんな疑問が脳裏を過るがまだ十体以上も残っているので十夜達にそこまで余裕が無いのは事実だった。

 操られているだけの〝傀儡〟―――――それが精霊天使と呼ばれている存在。

 そこに彼らの意思は存在しない。


 「(コイツらを操ってるのはあのハインベルクってヤツだってんなら、大元を何とかすりゃいいだけだ!)」


 十夜は『黒縄操腕』をもう一度影の中にいる『悪食の洞』の中へ封印し生身で単身ハインベルクへと突っ込んで行く。

 打ち合わせをしたわけではなかったが、意図を汲んだ万里は十夜へと向かわせないように精霊天使を足止めする。


 「させませんぞ! 〝砂縛陣さばくじん〟!!」


 砂の粒子が浮遊する精霊天使を残さず捕らえ足止めをする。

 これで主を守る障害物アフィニティはもういない。

 一気に距離を詰め掌を捩じり腰を極限まで捻る。

 『鬼槌おにづち』の動作モーションに入った十夜はそのまま掌打を繰り出そうとし、



 「疾く在れ―――――〝飛頭天使ディアションズ〟」



 ハインベルクの背後に光り輝く魔法陣が展開されそこから精霊天使のように光の輪を持つ頭部に羽が生えた天使が顕現される。

 頭部はマネキンのような無機質な表情で目が見開いたり表情が動いたりはしない。

 だがその口がパカッと開くとそこから光の矢が放出され十夜の腹部を射抜いていく。


 「が、――――――ッ」


 ダメージはない。

 『悪食の洞』にいる身代わりスライムが肩代わりしてくれているので驚きと衝撃こそあれど問題は無かった。

 だが、使


 「全く、どうも『迷い人』とやらは主の偉大さを知らんようだ」


 ふよふよと浮いている頭部だけの天使の中心でハインベルクはその整った顔立ちとは真逆の卑しく凶悪な笑みを浮かべる。


 「誰が天使かいらいが一つだと言った? 我らが主はこの世界の唯一創造神だぞ? 加えて俺の『恩恵ギフト』―――――〝指揮〟に操れないモノはない」


 飛頭天使が一斉に十夜へと口を開き光の矢を放出させようとする。


 「十夜殿!!」


 離れた場所で万里が叫ぶが距離がある。

 それに数体ほど斃しているとは言え万里の周囲にはまだ精霊天使がいる。

 詰みだ、そうハインベルクが呟くと一斉に光の矢が十夜へと放出された。

 意を決したように十夜は神楽を舞う。


 「何をしようとしているのかは知らんが―――――もう遅い」


 全ての光の矢が十夜を貫く。

 煙が立ちこの土煙が晴れた頃には穴だらけの『迷い人とおや』の姿が転がっていると、ハインベルクはそう思った。

 しかし、土煙が晴れた時には姿


 「な、に?」


 ハインベルクが驚愕していると、背後から不意に声が聞こえた。


 「いやぁ、やっぱやるだけやってみるもんだな」


 振り返るとそこには少年がいた。

 いや、

 変わった所といえば少年の服が所々ボロボロになっている事。

 そして、


 「神無流鬼神楽かみなしりゅうおにかぐら鬼衣おにがさねの陣』―――『暴嵐纏生ぼうらんてんせい』」


 十夜はハインベルクに負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべ宣言する。


 「さぁ、続きを始めようじゃねーか」


 ここに、神無月十夜の新たな呪いちからが猛威をふるう。

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