第98話
二章『正式に召喚された〝
最初に背後にいた青年、刀堂大河の存在に気付いたのは蓮花でも、アリスでもない。
偶然彼女達を背後から襲おうとしていた一匹の『スコルピオコックローチ』だった。
この魔物の特性が〝隠密〟の為寸前まで気付かなかった事もあるがこの青年の迂闊さのせいが大半だった。
分かる人には分かるだろうが、不意に視線を動かすとあの黒い物体がうろちょろしている――――それを発見した時の虫嫌いな人がどういう反応を示すかも分かりきっていた。
「う――――――ギャァァァァァァスッッッッッ!?」
不意に背後から誰かが発狂した叫びと同時に例の巨大サイズのゴ○ブリが一体だけだが現れる。
蓮花は小太刀と苦無を、アリスは腕に刻まれた魔術刻印を発動させ―――――。
鍔が鳴ると同時にスコルピオコックローチがバラバラになる。
刹那の出来事でロクに動けなかったという事もあったが、何より彼女達が驚愕したのは太刀筋が全く見えなかったと言う事だった。
蓮花も、アリスも色々な出来事があった。
だが、
「び、ビビった~っ」
ただし唯一この大河だけはどこか余裕を見せていた。
元々虫に対して苦手意識の無い大河は虫が大きくなった程度では引いたりはしない。
黒い物体だろうがうぞうぞと蠢く百足だろうが全く問題ない。
「でもさすがに急はビックリするなぁ~」
「そうですか、ですが女性の後をストーキングするのもやられた側は驚きますよ?」
大河の首筋には蓮花が握る小太刀が突き付けられている。
スコルピオコックローチに気を取られていたとはいえ蓮花の動きにも気付けなかった事に大河も驚きを隠しきれない。
「ま、待ってっ! 俺っちは怪しい者じゃ…………」
「いやいや怪しいでしょ? ボク達みたいなか弱い女の子の後をつけるって」
アリスがため息をつきながら大河をジロジロと上から下をみる。
斑になった金髪に、アリスほどではないが気持ち程度のピアス。
この世界には合っていないカジュアルな服装にジャラジャラ付けたネックレス。
お洒落な眼鏡に穴開きグローブと右腕には少し雑に巻かれた包帯がチラッと服の隙間から見えた。
「そ、そそそそそそんなにジロジロ見られると照れるって!」
シュバッと蓮花の小太刀から逃れた大河は片眼を隠すようなポーズにもう片方の手を腰へと当てビシィィィッッッ! とポーズを決める。
「お、おおおおお俺っちは
思い切り冷たい風が吹く。
あ、これ相手にすれば面倒くさいタイプだ――――と瞬時に理解した蓮花とアリス。
そんな二人の冷ややかな目に気付く事なく大河は酔ったように語り続ける。
「つい数時間前に邪悪なるドラゴン(見た目蛇っぽかったけど)を我が聖剣にて討ち取ったばかりだッッッ!」
そんな熱く語る大河の演説に気が付けば町の住人達が熱い視線を送りながら拍手をしていた。
いつの間にやって来たのか?
そんな彼らの存在を蓮花とアリスが気付かないほど思考が停止していたようだ。
大河に至っては「ありがとう、ありがとう」と悦に浸っている。
そんな茶番劇に付き合わされた二人の顔も顔文字のようにポカーンとしていた。
「さぁ、麗しき乙女達よ俺っちと共に―――――」
そこで大河の言葉が詰まる。
その視線は蓮花―――――ではなく、アリスへと向けられる。
「ほ、ワァァァァァァァッッッッッ!?」
まるで見たことの無い鳥のような鳴き声をあげながら尻餅をつきながら後退る。
口をパクパクとさせ震える指が尋常ではないほどぶれていた。
そして、
「あ、あああああああ貴女様は、『ワンダーランド』の
それだけ叫ぶと目にも止まらぬ速さで頭を垂れる。
もうこの男の情緒は一体どうなっているのか? と蓮花は背筋にうすら寒いモノを感じた。
「俺っち――――もとい、拙者は貴女様の忠実なる僕。貴女様が奏でる謳は天にも召す勢いでウンタラカンタラドウノコウノ…………」
最早呪文なのか蓮花だけでなくアリスも引いているのが分かるほど顔をしかめている。
まぁ簡単に言えば女性がして良い顔ではない。
しかも気付けば先程まで大河を慕っていた住人達も一緒にアリスに平伏している。
珍しく狼狽えるアリスを見兼ねてか、蓮花は軽く印を結び『空匣』を大河の目の前に展開。
そして、
「いいから落ち着け大馬鹿野郎」
下から突き上げるように無色透明の匣が大河の下顎に直撃した。
少し落ち着いたのか大河は正座をしながら深々と頭を下げる。
「本っ当に申し訳ございませんでした」
連動するかのようにこの町の住人らしき人々も大河に倣って頭を下げていた。
アリスは蓮花の後ろでプルプルと小型犬のように震えていた。
しかし今まで色々な魔物と戦っていた魔術師のアリスを見てきたが、ここまで彼女を震え上がらせるとはただ者ではないらしい。
「はぁ、やっと落ち着いて話しが出来そうです。改めまして私は
その一言が大河の〝何か〟に火を付けた。
「もちろんでごわすよーッッッ! こちらの女神は『ワンダーランド』のボーカリスト、Alice様ッ!! その美しい歌声は世界に轟き拙者らのようなヲタク界隈では知らぬ者がおらんでござる!! 何せメジャー曲があの! あの!! 超大作『大好きなお兄ちゃんが実は義理の兄だったので思い切って告白しようと思ったけどクラスのマドンナポジションの女豹と噂される幼馴染みと異世界に召喚されたんで私もお兄ちゃんもとい
何を言っているのか一ミリも理解出来ないがとにかくこれ以上は余計に疲れる事が判明した………特にアリスが。
「レンちゃん、怖い」
「よしよし、多分無害な人だと思うので大丈夫だと思いますよ~、多分」
語彙力が乏しくなる二人。
それほどこの刀堂大河という人物は強烈だったらしい。
ようやく落ち着いた大河は咳払いを一つし改めて自己紹介を始める。
「ごめん………えっと、刀堂大河です。もうバレてると思いますが元陰キャです。この度、大学で陽キャデビューを果たそうとしたらこの『グランセフィーロ』という世界にその他大勢として召喚されました」
召喚された―――――その単語に二人が詰め寄る。
「召喚!? それは何処の国ですか!?」
「もしかしてだけど『マルクトゥス帝国』ってトコなんじゃない!?」
矢継ぎ早に捲し立てるが、当の本人である大河は何も知らないらしく首を高速に横へ振る。
「イヤイヤイヤッ! ホント小生―――じゃなかった俺っちも何が何だか! 変な場所に呼び出されたと思ったらあれよあれよとおいだされたんだって!」
目を見ると嘘をついているようには見えない。
だがようやく見つけた手掛かり、詳しく話を聞こうと更に詰め寄ろうとし、
「―――――えっ? アレは一体何だ?」
そんな大河の呟きに蓮花とアリスの二人が彼の視線の先を見た。
同時に―――――――――――。
凄まじい戦闘音と見覚えのある石柱に二対の巨腕が見えた。
それを見た刹那、二人の行動は素早かった。
「レンちゃん」
「はい!」
蓮花は『空匣』を展開し、アリスは魔術で自身の身体を軽くし跳躍する。
恐らく、二手に別れた彼らが何かしらの戦闘に巻き込まれたと判断した二人は直ぐ様現場へ向かう。
その時、蓮花は視線を背後へと向ける。
そこには腰を抜かしたままこちらを見る大河の姿が見えた。
蓮花の脳裏には〝ある疑問〟が過る。
爆発音が鳴り響くその前に大河は反応していた。
ただの勘なのだろうか? そんな事を思いながらも今はトラブルの渦中にいるであろう二人の元へ急ぐ蓮花とアリスだった。
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