第97話




 幕間『もう一人と古代種エルダークラスの闘い』



 十夜達がここ『ラムド平原』にてテスカトリポカと対峙する半日ほど前まで遡る。

 轟音が唸り激しい戦闘が繰り広げられていた、


 ―――シャァァァッッッ!!


 その鳴き声は威嚇。

 しかもたった一人の人間に向かって吠えていた。

 ボロボロの布切れ一枚を羽織っているだけで表情は見えない。

 そんな人間の特徴と言えば腰に携えた一風変わった武器だった。

 スラリと伸びた白銀の刀身は美しさを兼ね備えている。

 騎士や冒険者達が持つ〝剣〟とはまた違って見えたので余計にこの魔物は迂闊に襲い掛かる事が出来ないのだ。

 テスカトリポカが闇夜の亡者として〝死〟を司る古代種エルダークラスならばこの魔物は〝生〟を司る古代種だった。

 『ラムド平原』で猛威を振るっていたのはテスカトリポカ

 闇夜の亡者テスカトリポカと対を成す存在、豊穣の蛇―――――『ケツァルコアトル』と言う魔物がとある人間と対峙していた。

 ケツァルコアトルは十メートルほどの巨大な蛇のような見た目でその身体には所々ボロボロになった羽が生えていた。


 ―――シャァァァッッッ!


 ケツァルコアトルの身体能力はテスカトリポカより俊敏性に長けており、気配の察知が出来ても

 威嚇音だけが周囲に木霊しその巨体を認識出来ないまま丸呑みにされ獲物はその生涯を終えてしまうのだ。

 人間を狩る――――――手法は違えどそれはどちらの魔物も同じだ。

 なのに、なのにだ。


 


 「――――――」


 カチリ、と腰に携えた剣の鍔が鳴る。

 その音に反応しケツァルコアトルはその巨体を翻す。

 白い閃光が奔りケツァルコアトルの巨体に線が走る。

 痛覚は無く、ぶつ切りにされた巨体は十五分割にされた。

 うねうねと動く蛇の身体はやがて動きを止め、


 ケツァルコアトルの固有能力は『再生』。


 自身の身体は勿論の事、この魔物の『再生』は

 植物に自身の血をかければ草は森になり、その尾を振るい自身の血が混じればそよ風は暴風になる。

 『エリクシール』の原材料にもなるケツァルコアトルの血は危険指定されていると同時に貴重な存在でもあるのだ。

 そして、そんな自分を簡単に討伐すら出来ないのが人間だと

 だが、


 「ふっ!」


 一呼吸の内に十五体のケツァルコアトルはバラバラになる。

 何故だ? と滅多に機能しない思考がケツァルコアトルの脳裏を過る。

 今までケツァルコアトルはテスカトリポカの影に隠れて活動をしていた。

 この『ラムド平原』は地下に流れる『レイライン』が複雑に絡み合いその影響により蜃気楼のような現象が起きる。

 そのせいで大した広さもなかったここ『ラムド平原』はこの世界最大の平原になり行方不明者が後を経たなかった。

 テスカトリポカが北で暴れれば南側でケツァルコアトルが人を捕食する。

 表立つのはケツァルコアトルではない。

 なのでここまで戦闘が長引くのは異例であり


 ―――シャァァァッッッ!!!


 威嚇と共にバラバラになった自身の破片を集め再生させる。

 元の一体に戻ったケツァルコアトルは羽を振り上げ暴風を巻き起こす。

 この周囲一帯は自分の血が巻き散らかされている。

 よってこの周囲の全ては自分の武器になる…………



 破邪絶刀はじゃぜっとう風断かざたち



 幾重にも折り重なった竜巻が

 その自然現象ぼうふうが見事な斬撃により霧散する。


 ―――シャッッッ!?


 もうケツァルコアトルの思考は追い付いていない。

 狩る側のモノが狩られる側になる。

 そう理解した時にはケツァルコアトルの身体は塵となり崩れていく。

 血が足りない。

 ケツァルコアトルを唯一斃す方法―――――それはケツァルコアトルを流血させ再生不能になるまでダメージを負わせる事だった。

 狙ったのか、そうでないのかは分からない。

 だが誰にもその存在を知られる事なく豊穣の蛇ケツァルコアトルは討伐された。





 「ふぅ」


 一息つくと適当な場所に腰を下ろす。

 行く当てもなくさ迷い漸く辿り着いた場所でまさかの巨大蛇との戦闘になるとは夢にも思わなかったので疲労感が半端なかった。

 ボロボロになったフードを脱ぎ額に浮かんだ汗を拭う。

 先程の人間――――いやは手を団扇の代わりに扇ぐ。


 「!!」


 と元気な声で駆け寄る町人達が数名やって来る。

 遊牧民族のような衣裳を纏った町人達はまるで神を崇めるかのように頭を下げ手を合わせる。

 そんな彼らの行動に引いてしまってはいたが、青年は町人達の行動を止めに入る。


 「や、止めてくれよぉ~」


 どこか情けない声を出しつつも青年は咳払いを一つし、町を見回す。

 荒らされた形跡はなけれど、住人の半数以上はケツァルコアトルに喰われてしまった。

 


 「――――――ッ」


 歯を食い縛り鞘を持つ手に力が籠る。

 申し訳ない、そう思っていると住人達はそんな青年の想いを受け取っていた。


 「大丈夫です、剣聖様」


 褐色の肌の少女が青年の手を優しく握る。

 その灰色の瞳は真っ直ぐに青年を見つめ優しく語った。


 「貴方様が私達の為に剣を振るってくださったのは皆承知しています。だから気に病まないでくださいね」

 「あ、ありがとう」


 正面切って自分の顔を見てくれるのは〝向こうの世界〟でもあまり無かった事なので少し混乱しつつも、青年は胸を張り片眼を隠すようにポーズを決める。


 「大丈夫だぜッ! 俺っちがみんなを護ってやるよッ!」


 どこか中二病特有のポーズに見えなくもない青年はそう宣言する。

 だが厄介な魔物を一人で相手にした反動か疲労感は半端無い。

 そんな彼を労うかのように住人を代表して少女は青年の手を引く。


 「とにかく今日はもう休んでください。明日は逃げた人達を探す事と近隣の町に〝剣聖様〟が古代種を討伐してくださった事を報告しなければ」


 その提案は大変ありがたかった青年はお言葉に甘える事にした。





 そしてその数時間後、青年は一人床で寝ながら天井を見つめている。

 色々あった。

 この世界に無理矢理召喚され自分に『恩恵』が与えられなかったと知るや否や国を追い出された。

 行く当ても無くさ迷いこの寂れた町の住人が自分を迎えてくれた。

 こんな怒涛の展開が僅か十日ほどの出来事だとは思えなかった。


 「帰りたいような…………帰りたくないような」


 思わず呟いた。

 その呟きが口から出てしまったのを慌てて塞ぐ。


 今の呟きは住人達に聞かれるのは良くないと判断した。

 それほど彼らは疲弊している。

 そんな事を思っていると、


 ズバァァァァァァァンッッッッッ!!


 空気を切り裂くような轟音が夜の町に響く。

 刀を手に取り青年が寝床から外へ飛び出すと、オレンジ色の光が夜空を切り裂いていた。

 明らかに異常な光景に住人達も外に飛び出し恐れる。


 「神の―――――『セラフィム』様の裁きだ……」


 住人の一人が呟く。

 そんな畏怖が伝染し住人が怯える中、褐色肌の少女が青年に近付いてきた。


 「剣聖様ッ!」


 少女の瞳が恐怖に揺れている。

 無理もない。

 あんな光景を見れば天変地異が起きたと思っても不思議ではなかった。

 だから青年は人差し指と中指を立て片眼を瞑る。


 「だーいじょうびっ! 俺っちが様子を見てくるから皆は隠れといてくれっ」

 「でも――――――いえ、御武運を」


 引き留めても無駄だと悟った少女は青年を送り出す。

 そんな彼女をぎゅっとしたい衝動を抑え光が奔った方角へ走り出す。


 「(正直こえーっ! 帰りたい! でも―――――)」


 女の子の前で強がったからには逃げるに逃げ出せないと情けない事を考えていた青年だった。

 しばらく様子を伺いながら周囲を見回り、魔物がいない事を確認しながら先へ進む。


 「やっぱり、さっきの光は違う方からかな? でもあれが攻撃だったとして!?」


 先程までのイケイケモードはどこへやら、青年は人気の無い町にビクビクしている。

 何処も異常はない、青年がそう思った時。



 「レンちゃんは―――――とーやの事どう思う?」



 と、そんな会話が聞こえてきた。

 身を隠しそっと覗き見ると女性二人が楽しそうに?話していた。

 青年も向こうの世界で滅多に見ない楽しそうな女子の会話ガールズトークに何故かドキドキする青年は目の前にいた少女達の話を立ち聞きするために自然と背後へと回る。



 この金髪にピアス、少しお洒落な眼鏡をし首にはアクセサリーをジャラジャラ付け、それらを全て台無しにする穴開きグローブをつけた青年―――――名を『刀堂大河とうどうたいが』と言い、大学デビューを果たす前は〝ザ・陰キャ〟の彼は中二病を中途半端に拗らせたままでいる『異世界召喚の儀』により召喚された『』だった。

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