第85話




 終章『次なる地へ』



 神無月十夜が目を覚ましたのは三日が経ったある日の事だった。

 体力が回復しそこから動けるようになるのに更に二日ほどを要した。


 「―――――なるほどねぇ。シオンは〝ドライアド〟って種族で、魔術師ジーサンの為にここを護ってたってわけか」


 『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』が崩壊し同時に気を失った十夜に事の顛末を語っていた。


 「この度はご迷惑をお掛けしました」


 深々と頭を下げるシオンに対しカカッと豪快に笑う不良坊主が酒を片手に十夜の肩を叩いていた。


 「まぁもう過ぎた事ですからな! 十夜殿も懐が広い故にもう許してくださっていますぞ!!」


 いやまぁ確かにそれは仕方がない事なのかもしれないし、シオンの事を今更どうこうと言うつもりはないのだが、何故この永城万里と言う男は平気なのだろうか? と疑問が浮かぶ。

 確か全身ボロボロで骨もほぼ全身骨折になっていたと聞いたのだが。


 「いやぁ、しかしこの異世界と言うのは面白いですな! あの騎士団達が言っていた『えりくしーる』と言う薬品をんですが一口飲めば身体の調子が元通りですぞ!!」


 ユリウス、エレクティアの二人の騎士を撃退した際にどうやら彼らの回復薬を奪ったようだった。

 通りでと十夜は納得した。

 十夜が回復に三日かかり、蓮花が二日ほど、アリスは一日で万里に至っては戦いが終わったその日には元気だったと言う。

 ここまで彼らを運んだのもシオン、そして万里らしい。


 「何か納得いかねぇ」

 「全くだよ。ボクもレンちゃんも動くのに一日ぐらいかかったのに」


 アリスが十夜の横で呟いている。

 どうやら喉の調子も戻ったようで彼女の声も聞き取りやすい綺麗な声をしていた。


 「まぁシオンさんも、皆さんも御無事で何よりですよ」


 蓮花が少し離れた場所に目を向ける。

 そこには元気になったフェリスやリューシカ、それにダナンやカナッシュ達が元気に談笑しながら酒を片手に騒いでいた。


 「しかし―――――他の人はともかく


 そう、この『ウルビナースの村』に立ち寄った人々は『魔術師の宮殿』で気を失っていた所を発見した。

 白骨が転がっていた辺りに花の蕾のようなモノがあったが、どうやらそれが『死臭を晒す捕食森』の餌袋だった。

 発見が遅れていたり、十夜達が戦闘で敗北した時の事を考えるとゾッとする。


 「しっかし、何と言うか―――――よくこれだけの食事が出せたよな」


 十夜達の目の前には壊滅状態の村から出ると思えないほどの料理が並べられていた。

 前菜サラダから肉料理メインまで幅広く並べられた料理は良い匂いを漂わせていた。


 「ナニコレスゲェ」


 思わずカタコトになる十夜を微笑ましく思いながら生唾を飲み込む。

 三日も飲まず食わずで限界が来ていた四人は一斉に飛びかかるように料理を貪る。


 「うわなにこれすんごいうまーいッッッ!」

 「ちょっととーやそれボクのだよ、ってかがっつき過ぎじゃない?」

 「全く貴方達は少し落ち着きを覚えたらどうですかって神無月くんそれ私のですッ!!」

 「いやはや美味ですなぁ若人はこうでなくては。あ、ちなみに蓮花殿それ拙僧の分では!?」

 「いやいやここは早い者勝ちと言うのが常套句セオリーではありませんかなフハハハハハッッッ!!」


 妙なテンションの四人を微笑ましく見守る聖母シオン

 そして魔術師のルイはその様子を怪訝な表情で見ていた。


 「もう少し味わって食事をすればいいじゃろに。というかシオンの手料理を味わえこの馬鹿者共が!! 俺も食いたいっての!!」


 最早カオスと化した場で止める者は全くいなかった。

 英気を養えた十夜達はもう一日ゆっくりする事になったのだ。





 その日の夜―――――。

 『魔術師の宮殿ベートパレス』の屋根の上で来栖川アリスは外壁に空いた大穴から夜空を見上げていた。


 「~♪ ~♪ ~♪ ~♪」


 陽気な鼻歌を奏でながら足をブラブラと泳がせていた。

 適当に作り上げた歌を思わず口ずさむのは向こうの世界での癖のようなものだ。

 よくそれがメンバーに好評だったのでそのまま楽曲に行かされる事も多かった。


 「――――――――――何か用?」


 鼻歌を止めたアリスは振り向く事なく声を掛ける。

 彼女の背後には魔術師―――――ルイがそこにいた。


 「流石に気付くかね?」


 気付かれた事に驚く事なくルイは優しく声を掛ける。

 その表情は先ほどまでの厳しい顔ではなく、どこか懐かしさを思わせる表情だった。


 「なに、何やら綺麗な歌が聞こえたのでな。少し聴き入ってしまったよ」


 自分の歌声を褒められるのは悪い気がしない。

 少し照れながらも咳払いをすると続きを歌い始める。

 アリスの声は『魔術師の宮殿』に響き聴いていた人達に安らぎを与えた。

 フェリスとリューシカの二人はシオンに抱きかかえられながら、蓮花は木の上で見張っている中で、万里はダナンとカナッシュ、モリソン達大人組は酒を片手に歌を肴にしていた。

 そして、一通り歌い終わると、ルイはパチパチと手を叩いた。


 「素晴らしい―――――さぞ有名な歌手なのでしょうな…………いいモノを聴かせてもらった」

 「お世辞はいいよ。ボクも静かな歌を歌えて楽しかった」


 無言の時間が続く。

 特に気まずい雰囲気は無く、無言も苦にはならない。


 「本当に―――――ありがとう」


 ルイは少し寂し気にポツリと呟いた。

 その言葉に少し違和感を覚えたが、アリスは特に何も言わずそのまま夜空を見上げるだけだった。





 「へぇ、やっぱいい歌だな」


 少し離れた場所、元『ウルビナースの村』があった場所で十夜はアリスの歌を聴いていた。

 『魔術師の宮殿』はルイが張ってあった結界により内側から外に出れても外から内側へは入れない。

 なのでこの村は完全に廃村と化していた。


 「で? ?」


 暗闇の中、誰もいない空間に向けて声を掛けた。

 いや、


 「全く、本当にアナタ達って何者なのかしら?」


 暗闇から現れたのは少しラフな格好をしたエレクティアの姿があった。


 「アンタが鳴上の言ってた第三師団の副団長さんか? 悪いねぇ、今日は特別な宴なもんで部外者は立ち入りお断りなんだ――――――用があるなら俺が聞くぞ?」


 静かな殺気を向ける、が。


 「冗談じゃないわ、今回は完全にアタシ達の負けよ。何もしないしするつもりもないわ」


 両手を挙げ降参のポーズをする。

 そんな彼の態度に呆気に取られた十夜は眉をひそめる。

 では一体こんな夜更けに何をしに来たのだろうか?


 「『調


 十夜は訝しむ目をエレクティアへと向ける。

 何か裏があるのか? と疑問を持ったが、それならば何故この男は無防備な状態でこちらへ来たのかが分からなかった。


 「勘違いしないで。話はまだあるわよ―――――上級古代種ハイ・エルダークラスである『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』を討伐したアナタ達は、。さてそこでアナタに聞くけど………このまま『ディアケテル王国ウチ』に来るか、それとも一生追われることざいにんになるか―――――どちらが良いかしら?」


 エレクティアの提案はつまり、自分達のところで働くか?

それとも罪人として追われ続けるか?

 それを聞いてきたのだ。


 「――――――――――――――」


 十夜は悩んだ。

 自分達は元の世界に帰る為の手がかりを探している。

 このまま宛もなく旅をするべきか?

 それとも王国に留まり少しでも有益になる情報を集めるべきか?

 自分一人ならどうにでもなる。

 しかしその為に蓮花を、万里を、アリスを巻き込んでしまうのはと考えてしまうのだ。


 「別に悩む必要なんて無いと思いますよ」

 

 振り返るとそこには蓮花が立っていた。

 蓮花の表情は凛としており腕を組みながら十夜とエレクティアの方へ歩いて来る。


 「突然現れたと思ったら随分な提案をしますね、エレクティアさん」

 「あら、お嬢さんもいたのね」


 蓮花の存在にさほど驚かなかったエレクティアは呆れたような表情をした。

 二人が殺し合いをしていたのは知っていたので一触即発の空気が流れると思っていたが以外にも二人とも普通だった。


 「えぇ、ちなみに―――――


 エレクティアは視線だけを動かし同時に悟った。

 後ろには万里、そして初めて見る知らない中性的な出で立ちの人物が立っている。


 「まぁ十夜殿がお決めになられたのなら拙僧らは楽しそうな方へ付いて行く。知らん世界で一人で旅するのはちぃとばかし心細いですからな、カカッ!」

 「ん、ボクもこの世界は右も左も分かんないからみんなと一緒に行ってもいいかも」


 と、万里とアリスが声を掛けて来た。

 十夜はふっと微笑むとエレクティアを真っ直ぐに見つめる。


 「いいぜテメェら、後悔すんなよ―――――俺は俺達のやり方で元の世界に戻る方法を見つける。だからアンタの提案はクソ食らえだ、エレクティア・ノーズ」


 あまりにも真っ直ぐな言葉にエレクティアは呆気に取られていたが、すぐに不敵に笑う。


 「あら? 『王国騎士団アタシたち』に盾突いて後悔しないでよね」

 「するか。『王国騎士団テメェら』も俺達を追うんなら覚悟しとけ。生半可なモンじゃ俺らは止める事すら出来やしねーぞ」


 しばらく硬直状態が続き、先に動いたのはエレクティアだった。


 「ま、今日はアタシも疲れたし―――――。大人しく帰るとするわ」

 「呆気ないですね」


 蓮花が毒気を抜かれたような声を出すと、


 「だってそうでしょ? アタシはアナタ達には借りがあるって―――――お嬢さん、これで一勝一敗…………次は決着をつけましょうねっ♪ あとエージョーさん、これは団長ユリウスからの伝言よ。『次は必ず殺す』だって」


 そう言うとそのまま踵を返すエレクティアはそこから一度も振り返る事なくそのまま廃村を去って行った。

 一人で戻っている最中、エレクティアはここ二、三日忘れられない出来事を思い返していた。


 雷撃を喰らい、瀕死状態になった彼を助けたのは寸前まで殺し合いをしていた少女れんかだった。

 どこで手に入れたのか、小さな薬瓶を手渡し『エリクシール』ほどではないが、微量ながらに傷が癒えた。


 「―――――どういうつもり?」

 「別に他意はありませんよ。ただ私がそうしたかっただけなので」


 その言葉に嘘はない。

 蓮花は人を殺める事に抵抗はない。

 しかし、殺人鬼と言うわけでもない。

 今回は一度見逃してもらったという事もあったのでおあいこという事にしたかったのだ。


 「情けなく敗北しちゃったわけだけど、まぁ楽しみが増えたって思えれば上々よね」


 さて、王国に戻ったらどう言うべきかを考えながらエレクティアは王都へと帰っていった。

 今回は偵察と言う名の〝警告〟をしに来ただけだったのだが、問題はないと判断したエレクティアだった。

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