第86話
エレクティアとの会合から翌日、
シオンが言っていた〝読めない古代文字〟と〝古代遺跡に入れた者には全てを与える〟と言い伝えのある真意を教えるとの事だった。
「全てを与えるって言われても、ね」
アリスは呟いた。
それは他の三人も思っていた事なのだろうが、特にこの世界の力を与えられても『迷い人』である彼らには意味のない物かも知れないという考えが強かった。
「さて、ではこの『
ルイがそう言うと小さく、
「
と呟くとゆらりと陽炎が見えた。
そして、宮殿の姿は消え去りそれの姿が現れた。
「な―――――」
「どうして?」
「これはこれは」
「何でこんな物がここにあるの?」
四人がそれぞれの反応を示す。
それもそのはずだった。
四人はこの世界には絶対にない物がそこにある事に驚愕していた。
「私も最初〝これ〟を見た時は驚いた―――――どういう理屈かは分からない。何故こんな物がここにあるのか、それを探求していた時にあの『
最早ルイの言葉は彼らの耳には入って来ない。
それよりも目の前の現実から目を背ける事が出来なかったのだ。
そこには木造の建物があった。
この世界では見慣れない造りで変わった形の建物だったが、十夜達はこの建造物を知っていた。
よく見るとその建造物の周囲にはどれも見覚えのある物ばかりがあり、地面もその周囲だけ岩のような絨毯が敷き詰められていた。
その建物の門には大きな文字で、
『入居者募集 アサガミコーポ 管理人○○まで』
と書かれた紙が貼り付けられていた。
そう、
それは彼らの世界でいうありふれた木造二階建てのアパートであり、書かれている文字も全て日本語だったのだ。
「おいおい―――――何がどうなってやがる?」
十夜の呟く声に反応する者は誰もいなかった。
四人はまず外装や内装を見回っていた。
自分達の見ているのが夢や幻の類なのかと疑っていたのだが、肌触りや質感が彼らの知る物と同じである事。
そして部屋などの内装も人が住めるようになっていた事に驚きを隠せない。
「ふーん、ワンルームでトイレとお風呂は別かぁ」
と内見を見に来た客のような事を言い出すアリス。
確かに彼女の言う通りこの木造アパートはいつでも住めるようになっていた。
「電気にガス―――――テレビは流石に流れませんね」
蓮花は部屋を一通り見ると今度は建物の周囲を見て回った。
特に電柱などが立っているわけでもなく、ガス管なども見当たらない。
ならば電気やガスが通っている理由がないのだ。
「まるでここだけ別世界―――――いや、ここだけ拙僧らが元の世界に戻って来たような感覚ですな」
万里が呟く。
一階は三部屋で二階もそのまま三部屋。
特に変わった所はなく、どこからどう見ても普通のアパートだった。
「一体どうなってやがるんだ? ジーサンは何か知ってるのか?」
十夜の問いにルイは黙って首を振った。
「流石にこれだけではな。私もこの世界に来てしばらくは旅をしていたがこの場所が最期だった―――――まだ分からん事が多すぎる」
「もしかするとこの世界のどこかに同じようなものがあるかもしれない、と?」
蓮花の問いに静かに頷くルイは別の『ヴィジョンスフィア』を取り出すと映像を映し出す。
それはこの世界の地図だった。
「かなり年代物だが、これを君達に渡そう。今日発つのだろう?」
「あぁ、早い方が良いだろうしな」
『グランセフィーロ』へ来て早一週間。
十夜達は次の目的地へと旅立つ事を昨日に決めていた。
理由としては初めから言っていた〝元の世界に帰る方法を探す事〟だ。
それにあまりこの場所に居ても自分達がここにいるだけで『王国騎士団』が攻めてくるかもしれない。
そうなると他の人達に迷惑がかかると思い旅立つ事を決めていた。
「次の目的地は魔法大国『マルクトゥス帝国』だ。あそこなら異世界から召喚された奴がいるって話だから元の世界に帰る手がかりもあるだろうからな」
『ディアケテル王国』と『マルクトゥス帝国』は敵対している国同士だ。
ならば簡単に十夜達を追って来れないと判断した結果だった。
「そうか、ならばここから〝西〟へ向かうと良い。少し遠回りにはなるが追っ手も簡単には追いつかんと思うぞ」
話は決まった。
そう言わんばかりに十夜は手の平に拳を叩きつけた。
「おにいちゃんもおねえちゃんも、もう行っちゃうの?」
リューシカは寂しそうに俯いていた。
そんな彼女を万里は優しく撫でる。
「なに、一生の別れではないぞ。拙僧らはまた戻って来る―――――少し調べ物をする為に出掛けるだけだ」
「じゃあまた戻って来る?」
フェリスも遊んでもらってから、万里に悪意はないと思ってか懐いていた。
そんな彼に万里は「勿論だ」と答えていた。
「じゃあレンの姉御も気を付けて―――――俺が渡した武器の手入れも忘れずにな!」
「姉御呼びは止めて下さいと言っているでしょ―――――でもありがとうございます、カナッシュさん」
旅の道中、戦闘が無いとは言い切れなかった為に蓮花はカナッシュから『
「じゃあ〝森〟があって木に呼び掛ければシオンが来てくれるのか?」
「えぇ、私は『
十夜とシオンは旅での注意事項などを聞いていた。
自分達との
そう簡単に何度も何度も使えるわけではないが、一度『死臭を晒す捕食森』に操られた事により規定以上の〝魔力〟を保持する事が出来たようで可能になったらしい。
そんな彼らの様子をアリスは遠目で見ていた。
三人との時間を一番持っていない彼女はどうするべきかを悩んでいたのだ。
「どうかしたかね?」
「―――――別に」
だが、そんな性格もあってかアリスが本音を言う訳も無くルイに対して随分と素っ気ない態度が出ていたようだ。
まるで拗ねた子供をあやす親のような笑みを浮かべたルイはアリスの隣に立つ。
「―――――言葉というのは不思議なものだ。上手く伝える事が出来なければ感情が上手く合わない事もある。どうやら貴女は極端にそれが下手なようだな」
「知った風な口を」
アリスはますます拗ねてしまった。
少し苛め過ぎたかな? と反省したルイは説くようにアリスへ伝える。
「心配なさるな。私が言うのもなんだが、多分大丈夫。彼らは魔術師ではない」
それだけを伝えた。
その言葉に何かに気付き、アリスはルイの顔を見る。
「ねぇ、アナタ―――――もしかして」
そこで言葉を途切れさせた。
いや、ありえない――――そう自分に言い聞かせ、
「おーい来栖川! 何してんだよ! 早く行くぞ!!」
「え―――――」
言葉が出なかった。
目を向けると十夜、蓮花、万里の三人がこちらを見て不思議そうにしていた。
まるで「何ボケてるんだ。早く来い」と言わんばかりの表情だった。
ルイはただ一言、
「いってらっしゃい」
とだけ言った。
アリスは少し目を伏せそのまま前へと進んだ。
あの魔術師には聞きたい事があった。
だが、今はまだいい。
彼女は色々と考えていたが、先に元の世界へ戻る事だけを優先する。
戻って唯一の
四人が『魔術師の宮殿』を去って行くのを見届けた皆はそれぞれ自分の持ち場へと戻って行く。
「お母さんも帰ろうよ」
「かえろかえろーっ」
フェリスとリューシカの二人はシオンの元へとやって来る。
そんな二人の頭をそっと撫でると、
「先に戻ってて。お母さんもすぐに戻るから」
そう言って二人を先に家に戻した。
残ったのはシオンと、そして何も言わず見守っていたルイだけになった。
「いい子達だな」
「ええ―――――でもいいのかな? 私が〝母親〟で」
シオンは数年前の出来事を思い出す。
まだ幼い二人はこの村の近辺で魔物に襲われていた。
旅の商人の子供なのか? それとも孤児だったのかは定かではないが、シオンが助けた二人を育てる事になったのだ。
「真実を知るには幼過ぎる―――――か。だが二人にとって君は間違いなく〝母親〟だよ。だから『死臭を晒す捕食森』の支配下からでも彼らに危害は加えなかった」
強大な魔物とはいえ母親であろうとするシオンは最後までフェリスとリューシカを傷付けることは無かった。
そんな彼女が優しい事はルイが良く知っている。
「『
ルイは遠くを見ていた。
最後まで言い出せなかったのは悪いとは思うが、自分もまだ今起きている事が整理出来ていなかった。
ルイには〝姉〟がいた。
この世界に来る前に喧嘩をしたまま別れたのでそれだけが心残りだった。
両親は魔術師であるが為に死に、魔術の道を外れた姉は生き残った。
だが、
「貴女の〝歌〟はちゃんと届いたよ―――――姉さん」
この世界にはまだ分からない事が多すぎた。
『迷い人』がこの世界に来てしまう条件も解明されていない。
そして、
迷い込んだ世界の時間軸が常に一定ではないという事は今まさに証明されたのだ。
「(もしかしたら飛ばされた場所や時間などの〝条件〟で変わるのか? それは分からないが、もしかすると)」
いや、と今は魂の存在だけとなった魔術師は深く考えるのを止めた。
今はただ、唯一の家族である姉の旅の無事を祈るだけだ。
そう、魔術師―――――来栖川ルイスは静かに願った。
『魔導の歌姫』編 END
NEXT 『天魔の使いと剣鬼』編
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