第84話

 「つ、疲れた」


 思わず声を漏らした十夜は無表情でこちらを見る『飢潤庭園枯渇ノ巫女』と名付けられた怨霊の少女へと手を上げた。


 「サンキューな」


 その一言で、無表情だった少女が少し微笑んだ気がした。


 ―――――いいよ。


 彼女もその一言だけ告げると元の木乃伊に戻りながら十夜の影―――――『悪食の洞』へと戻っていく。

 静けさを取り戻し、空に浮く『鳥籠』の中で十夜は呆けている。

 そして、


 「づっ!?」


 気を抜いた瞬間、十夜の身体に激痛が走る。

 『悪食の洞』を始め『黒縄操腕』と『涸渇魂奪こかつこんだつ』の呪いちからを全開解放した『飢潤庭園枯渇ノ巫女』を出したのだ。

 更にはこの二日間の連戦に蓄積されたダメージを換算しても限界はとっくに超えている。


 「(クソが―――――今度はこっから脱出するってのが残ってるってのに…………身体が)」


 視界が霞む。

 しかも〝枯渇の呪い〟により形成されていた〝鳥籠〟も所々ひび割れが生じており崩れ始めている。


 「ちく、しょう―――――が」


 それだけ呟くと十夜の意識は遠退いていった。

 地面に倒れこみ、動かなくなった十夜を無視するかのように〝鳥籠〟は崩壊し、あれほど巨大な存在感を出していた『死臭を晒す捕食森』も同じく塵へとなっていく。

 全てが無へとなり、神無月十夜の身体は天空へと放り出された。



 「―――――全く、本当にあの『始祖の霊長王』の一角を斃したのか? 何と言う少年だ」



 十夜の身体の落下を魔術により受け止めた魔術師が感嘆した。

 気を失っている十夜を見ながらゆっくりと大地へと降り立つ魔術師はそのまま十夜を他の気を失っていた三人と並べて横に寝かせた。

 この辺りに魔物の気配はもうない。

 『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』が消滅したと同時に眷属もまたどこかへ行ったか、同じように消滅してしまったと考えられた。

 魔術師はふと空を見上げた。

 数百年以上空を見る事はなかった。

 思えばずっと『死臭を晒す捕食森』を封印するのに『魔術師の宮殿ベートパレス』に籠りっ放しだった。

 まさかこの世界に来てまで自分が自宅警備員ニートになるとは思ってもみなかったが、その間に色々と『魔具』の開発も出来た。

 アーティファクトを改良する時間も十分にあった。

 そして、


 「ん―――――、ここ、は?」


 ふと、シオンが目を覚ました。

 先ほどまでの妖艶な冷たい目は無く、いつも通りの優しい目をしたシオンがそこにいた。


 「目が覚めたかい、シオン」


 魔術師の声は何処までも優しい。

 一瞬、見覚えのない人物だったのでポカンとしていたがすぐに誰か分かった。


 「もしかして――――――魔術師ルイ?」


 無言で魔術師―――――ルイと呼ばれた男は微笑んだ。

 それだけでよかった。

 シオンは身体の痛みを忘れてルイに抱き着いた。


 「ルイ―――――ルイ、ルイッッッ!!」

 「数百年ぶり、になるのかな? 相変わらず綺麗だね」


 どこかルイの声も若いように聞こえる。

 しれっとそう言うキザな台詞を言えるこの魔術師はいつまで経っても変わらないようだった。


 「でもよく分かったね、俺の姿も結構変わったと思うんだけど?」

 「分かるわよ―――――だって、ルイはルイだもの」


 答えになっていないのだが、今はそれでよかった。

 ルイはそっと薄紫色のシオンの髪を優しく撫でた。


 「君も綺麗だけど、やっぱりシオンと言えばこの髪だね」


 魔術師ルイの言葉にシオンは少し俯き微笑む。


 「えぇ、貴方が―――――ルイが付けてくれた名前」





 あの日、一人のドライアドの少女が『死臭を晒す捕食森』と言う魔物に操られた。

 〝植物に関する種族〟と言うたった一つそれだけの共通点。

 それだけで人生を大きく狂わされた二人。

 一人の『迷い人』の少年は三日三晩戦い続け討伐こそ出来なかったが、弱らせ封印するところまでは成功した。


 しかし体力の消耗や、傷を負ったせいもあり彼の命は風前の灯火でもあった。


 「―――――やっちまった」


 ルイは呟く。

 別に世界を救う英雄ヒーローになりたかったわけではない。

 魔術師にとってそれは無縁な肩書きだと理解していたからだ。

 でも、

 でも叶うなら―――――

 正気を取り戻した少女が駆け寄る。


 「ルイッッッ!! ごめ、んなさいっ―――今すぐ治癒魔法を!?」


 慌てる少女が可愛いな、そんな事を思いながら特徴的な少女の薄紫色の長い髪をそっと撫でる。


 「大丈夫――――この下の遺跡に俺の思念体を投影したアーティファクトを置いている…………肉体は滅んでも〝魂〟はそこに入るように設定してる。


 その言葉は


 「そん、な―――――」


 少女が言葉を失っていると、ルイが更に少女の頭を撫でる。


 「ねぇ、君に―――――。〝君〟だとか〝ドライアド〟だと呼ぶのに困るだろ?」

 「な、まえ?」


 初めて言われた言葉に戸惑っていると、そんな彼女を微笑みながら。


 「〝紫苑シオン〟―――――俺の世界にある花の名前、君の髪の色と同じ花だよ」


 抱きかかえた魔術師から命が零れ落ちていく。

 ドライアドの少女―――――〝シオン〟と名付けられた少女は涙を流す。

 泣き崩れた少女の瞳から落ちたなみだは地面に落ちやがて草木が生え村だった場所を木々で覆っていく。

 ドライアドの特性で彼らの涙には植物の育成を促進させる効果があると以前に聞いていたが、改めて見るとすごいなとルイは思った


 「ごめんね―――――あとは、おね…………がい」


 そう言って一人の魔術師しょうねんは短い生涯を終えた。

 魔術師という事もあったせいもあるが、死ぬのは別に怖くない。

 命のやり取りは昔から教え込まれた。

 だから自分の人生はこんなモノだった、と諦めにも似た感情があった。

 だが、

 二つだけ心残りがあるとすれば、



 この先一緒にいれると思った少女との別れと

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