第83話

 〝それ〟と遭遇したのは神無月十夜かなづきとおやが『悪食の洞』に呪われてからしばらく経ってからの事だった。

 友人が無惨な死に方をし、もう一人の友人が失踪してしまった真実を探る為に徘徊していた時だった。


 ある心霊スポットいわくつきの場所に赴いた際に〝それ〟はいた。


 とある廃村、そこに放置されていた一体の木乃伊ミイラ

 この場所に訪れた者は身体中のあらゆる〝力〟を失っていく。

 生きる活力を失った生者はやがて干からび、この廃村に祀られた木乃伊と同じ存在になってしまう。

 そんな噂が流れ、いつしかこの廃村に祀られている『巫女の木乃伊』がもたらす〝呪い〟として囁かれるようになった。


 十夜は訊ねる。

 人に仇なす悪鬼外道に身を委ね、このまま悪食の影に食い殺されるか?

 それとも自分とおやに付き従い、理不尽に身を滅ぼされた恨みを


 彼女は声を出す代わりにその朽ち果てかけたその身を震わせ応えた。


 ―――――共に、と。


 ただ一言、それだけでよかった。


 ―――――人を護る為、飢えを潤す為に枯渇した庭園で最後まで祈り続けた巫女、そんな彼女の生き様を称し怨霊、『飢潤庭園枯渇ノ巫女』と成った。





 パキパキパキィィィッ、と渇いた枯れ木がひび割れる音が響く。

 正面で腕を交差させていた木乃伊―――――もとい、『飢潤庭園枯渇ノ巫女』がその痩せ細った身体を動かす。

 ゆっくりとした動作を待っていられないのか『死臭を晒す捕食森』が先手を打つ。


 「舐メルナ人間ッッッ!!」


 鋭い蔦が刃のように奔る。

 だが、その蔦が届く事は無く全て


 「!?」


 驚愕する『死臭を晒す捕食森』だが、十夜は少し離れた場所でその様子を見ていた。

 刃のように鋭くなった蔦が触れた瞬間に枯れたのは至極当然の事だと言わんばかりに立っている。


 「無駄だ、『飢潤庭園枯渇ノ巫女そいつ』の〝純粋枯渇の呪い〟は簡単に突破出来やしねぇよ。自分に危害を加えようとしたり邪魔をするモノは等しく枯れ果ててしまう呪いがついてくる―――――ホレ、


 ギュン、と森を覆うほどの陣が少し凝縮された。

 その現象と同時に範囲の外に出た森の部分が


 「ナッ、一体何ガ起キテイルノダ!!」

 「言ったろ? これは強力な〝呪い〟だって」


 その疑問に答えたのは白髪の少年だった。


 「『飢潤庭園枯渇ノ巫女』の所有する〝呪い〟―――――その次の呪いが〝気力の枯渇〟」


 襲い掛かる蔦も、荊の棘も、薔薇騎士も十夜達を襲いに来るがどれも触れる直前で枯れてしまい塵となって消えていく。

 いや、

 それだけではなく、


 何が起きたのか理解できない。

 そう思っていると、丁寧に十夜が説明をしだす。


 「どの生物にも言える事なんだろうが、生きる為には〝気力〟ってモンが必要だ。それこそ生きる力、頑張る力、足掻く力―――――


 つまり攻撃しようと頑張れば頑張るほどその〝呪い〟には罹りやすく動きの低下、判断の低下が見受けられる。

 『死臭を晒す捕食森』が餌として十夜を、そして霊体でもある『飢潤庭園枯渇ノ巫女』を喰らおうにも動きがゆっくりになり、触れる瞬間に根が、蔦が、花が枯渇していく。


 「ナラバッッッ! コレデ―――――ドウダ!!」


 一燐の巨大な花が咲き誇る。

 周囲の魔力を溜めて溜めて、『破壊シ焦土ト化ス魔砲ノ杖シュラインバレッド』を放つ。

 それと同時に展開されていた庭園を模した陣形が更に縮小し、それと同時にレーザービームが如く勢いで発射された光線は、塵となり弾け飛ぶ。


 「無駄だ」


 十夜の言葉と同時にとある変化が訪れる。

 『飢潤庭園枯渇ノ巫女』が木乃伊のような見た目から少しづつ受肉し見た目も徐々に若い少女の形に変わって来たのだ。


 「〝飢餓の枯渇〟―――――人が生きる為には何が必要だ? 体力を付けるなら食欲、生きていくには水分も必要だ。。まぁこの世界の場合は純粋に〝魔力〟になるんだろうな」


 魔力を溜めた砲撃はまさにだ。

 そんな概念を枯渇させるこの存在は一体?

 そう思っていると次の変化が出た。


 ―――――まだ、たりない。


 怨霊となった『飢潤庭園枯渇ノ巫女』が言葉を発した。

 まだ十分に潤っていないのか、声も小さく微かにしか聞こえないが初めに比べると変化が大きい。


 「マ、サカ」


 『死臭を晒す捕食森』の〝意思〟は後退る。

 その様子を見て十夜は悪鬼が如く笑みを浮かべる。


 「その通り―――――。もちろんこの〝庭園の領域〟も範囲が狭くなっていくにつれてコイツの〝呪い〟も変化していく」


 さらに庭園が縮小され範囲が狭まる。

 同時にあれほど禍々しくも美しい緑が生い茂っていた『死臭を晒す捕食森』の木々は枯れ果て緑が赤茶色の葉へと変色していく。


 あれほど太く攻撃を一つたりとも通さなかった美しい蔦の身体をしていた『死臭を晒す捕食森』の〝意思〟は見る影も無く枯れていく。

 動けば枯れ枝のようにポキッとへし折れるほどだった。



 『飢潤庭園枯渇ノ巫女』―――――とある村で大飢饉が起きた時、村人達は天災を恐れた。

 毎年村から一人生贄を捧げ神の怒りに触れないように祈る事しか出来なかった村人達の元にある日一人の巫女が村へとやって来た。

 村の惨状を見た巫女は村長の男に事の顛末を聞き、生贄を差し出すように仕向けるのは決して神ではないと説いた。

 そして、村人の代わりに彼女が生贄のふりをしてその悪神を追い払うと約束をした。

 だが、人の心の移り変わりは突然やって来るもので、神の怒りを恐れた村人は巫女を羽交い絞めにし生贄へと捧げた。

 信じていた村人には裏切られ、ひとり孤独に暗い洞窟へと閉じ込められた巫女は幾星霜の月日の流れに従い


 ―――――くらい、さみしい、くやしい、ひもじい。


 それは巫女の祈りが神の届いたのか?

 はたまた巫女の怒りが天罰を下したのか?

 やがてその村は過去に類を見ないほどの大飢饉を受け、滅びる事になった。

 しかし彼女の怒りはそれだけでは治まるわけも無く、長い月日を経て強力な呪いを発する怨霊と成り果てた。

 彼女が祈ったのは自分の救済か、それとも他人の滅びか。

 それが、彼女の最期おもいだった。



 純粋枯渇、気力枯渇、飢餓枯渇と三段階の呪いを受けた『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』は最早反撃する気にもならない。

 折角今まで蓄えてきた〝栄養〟が全て目の前の『迷い人』共に奪われたのだ。

 そこには『死臭を晒す捕食森』の〝意思〟すら顕現が出来ていない。

 何故だ? と疑問が出てくる。

 〝奪い取る〟のは自分の専売特許のはずだった。

 なのに奪うどころか奪われるとは思わなかったのだ。

 どうすればこの状況を打破する事が出来るのか?

 そこで、ふとある事を思い出す。


 ソウダ、何モ奪ウノハ奴ラノモノダケデハナイ。


 最後の力を振り絞り『死臭を晒す捕食森』は一斉に魔眼を開眼させる。

 『生命略取の魔眼』を使えば奪われたモノ全てを奪い返す事が出来る―――――そう思っていた。

 魔眼を解放させたと同時に見えた光景は、



 



 十夜はこれで終わるはずがないと最初から分かっていたのか、最後の魔眼解放をされる前に『黒縄操腕』を

 その行動は当たっていたようで『死臭を晒す捕食森』の魔眼は全て発動前に潰された。

 声にならない悲鳴を上げる『死臭を晒す捕食森』はぐしゃりと眼球が潰される感覚にのたうち回る。


 「ったく、油断も隙もねーな―――――さて、と」


 十夜は指を鳴らし最後の命令を下す。



 「お前の飢えを潤せ―――――行け、枯渇ノ巫女」



 完全な姿を取り戻した巫女姿の怨霊きじゅんていえんこかつのみこは庭園の領域を極限にまで縮小させ羽織っていた外套を広げ障気に満ちた森の全てを捲き込み飲み干し枯渇させる。


 ―――――………………。


 数百年、下手をすれば千年以上〝生きた伝説〟とまで言われた上級古代種ハイ・エルダークラスである『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』の一角が、異世界の、しかも自分よりも矮小な存在の人間に討伐されるとは夢にも思わなかった魔物は、


 全ての命を刈り取られ消滅した。

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