第82話

 「おぉ、蓮花殿! 無事でしたかな!?」


 筋骨隆々の虚無僧が笑顔で蓮花に手を振っていた。

 その腕は血だらけで曲がり方も少し歪で痛々しい姿だった。


 「永城さん、その腕―――――折れてませんか? 折れてますよねッ!?」


 若干引き気味の蓮花に対して万里の表情は清々しい。


 「折れておりますぞ! まぁそんな気にするような事でもありますまい」


 カカッ、と豪快に笑う虚無僧に頭を押さえる蓮花くノ一

 そのまま上空を見上げる。

 空には今も燃え続ける『死臭を晒す捕食森』がそこにあった。


 「神無月くんは大丈夫なんでしょうか?」

 「まぁ十夜殿ならば大丈夫でしょう。それよりもあの雷は蓮花殿が?」


 先程の奇妙な動きをした雷を見ていた万里はそうなのだろうと思っていた。

 その予想はどうやら当たっていたらしく蓮花は少し恥ずかしそうに頷いた。


 「まぁ偶然の産物みたいなモノですけどね」


 実際、蓮花が想像していた以上の威力を発揮したのは事実だった。

 やはりこの世界の〝魔法〟とはこちらが思うよりも厄介なモノかもしれないと蓮花は思った。


 「やっほ。みんな大丈夫?」

 「アリスさん、そちらも無事なようで何よりです」


 軽いノリでやって来たのは少し顔色の悪いアリスだった。

 表情は疲れているようだったが、何処か清々しいモノにも見える。

 女性二人が無事を確かめ合っている横で万里はフッと笑うと、空を見上げた。


 「これであとは――――――」


 万里の視線の先には空に浮かんだ森。

 アリスが魔術で森を引き上げる〝鳥籠〟の術式を完成させ、それを邪魔させないように万里と蓮花の二人が外敵を駆逐する。

 全員で繋げたバトンは今爆炎の中心にいる少年へと託された。

 未だに爆炎が収まる気配はない。


 「ねぇ―――――?」


 アリスの呟きに確かに、と万里と蓮花は首をかしげる。

 時間がそんなに経っていないとはいえそこまで燃えるのだろうか?

 そんな事を思っていた―――――その時、


 三人同時にくらり、と目眩が生じた。


 膝を着き、頭を押さえる蓮花。

 万里とアリスが特に酷いようで言葉を発することすら出来なかった。


 「一体………何が起きたんです?」


 何となく上を見上げた蓮花は言葉を失う。

 かなりの勢いで燃えていた筈の〝森〟が渦を巻き急速に鎮火していく。

 まるでビデオの巻き戻しのように陳腐な光景に何が起きているのか理解が追い付かない。

 やがて爆炎が消えていき姿を顕したのは―――――。


 天空に引き上げられた『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』の根にギョロリとこちらを睨み付ける眼が見えた。


 その眼を見た瞬間、蓮花の意識は電源が落ちたように遠退いた。


 『生命略取の魔眼』―――――その眼を見た生物、もしくはこの魔眼には〝生命力〟、即ちこの世界において『魔力』だが、あらゆる

 それがこの『死臭を晒す捕食森』の最強にして最大の武器であった。


 魔力で造られた爆炎も、魔眼に魅入られたモノの生命力も等しく強制的に奪う。


 周囲の命を吸い取り復活の兆しを見せたこの魔物は勝利を確信した。

 そもそも、こんな規格外の魔物を人の手でどうにか出来るようなら初めから討伐されている。

 だが、それが出来ないからこの魔物シュヴァルツヴァルトは今まで生き長らえてきた。

 あとは自分を取り囲んでいる〝鳥籠〟を壊せばこれで自由だ、と。

 邪魔する者は最早誰もいない。

 そう思っていた。



 「何勝手に決めてんだよ、このクソッタレ」



 声がする方へ幾数の魔眼が向けられる。

 そんな馬鹿な、と声にならない声が上がる。


 「ったく、上級古代種だか始祖の霊長王だか知らねぇけど好き勝手しやがって」


 黒い塊から声が聞こえた。

 すかさず鋭い蔦が塊を貫く。

 ほぼ全盛期に近い力を得たこの魔物の攻撃は簡単には防げないし躱せない。

 しかし、その蔦よりも早く少年の纏っていた外套が

 そんな不可解な現象に『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』首を捻る。


 「お前が何百年何千年と生きた森だろうが何だろうが。今からそれを証明してやる」


 十夜はステップを踏み優雅に、力強く舞い踊る。

 それに呼応するように十夜の足元にある影が震え波を打つ。

 

 神無流鬼神楽『災禍さいかの陣』〝厄災招来やくさいしょうらい〟。


 「啜り潤せきやがれ


 首に巻かれていた黒い外套マントを外すとそれを投げ放つ。

 ふわりと浮いた黒い外套はゆらゆらと揺れ円を描き十夜の目の前を落ちてくる。

 そして、

 姿



 「飢潤庭園枯渇ノ巫女きじゅんていえんこかつのみこ



 十夜の頭髪は真っ白に染まり呪いの痣の代わりに肌がひび割れていく。

 弱々しい姿とは裏腹に凶悪な笑みを浮かべ『死臭を晒す捕食森』へと宣告する。


 「さぁ―――――食うか食われるか、最後の勝負と行こうじゃねぇか」


 新たな『呪い』を顕現させた神無月十夜が手を伸ばし、『飢潤庭園枯渇ノ巫女』へ「行け」と命令を下した。

 

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