第81話
アリスの連絡が聞こえたと同時に最初に動いたのは蓮花だった。
素早く『空匣』を展開し自分を含め万里、ユリウスとエレクティアをまとめて取り囲む。
そしてもう一つの能力である『空間転移』をし、この『死臭を晒す捕食森』の領域から素早く脱出をした。
「な―――――」
「驚いたわぁ、お嬢さんは魔法使いだったのかしら?」
軽口を叩くエレクティアだったが、これから起こる出来事を素直に話す義理は無い。
苦無と小太刀を構えエレクティアと対峙する。
ただ、彼女が一つ言える事は、
「邪魔をされるわけにはいきませんからね―――――ここからが勝負ですよ」
そう告げた。
「ナッ!?」
一方で驚きを隠せない『死臭を晒す捕食森』の〝意思〟は突然の出来事に意識が混乱する。
植物でもあるこの魔物には表情はない―――――が、もしそんな魔物に表情があるとすれば先の驚いたのだろう。
そう、
文字通り森ごと持ち上げられたのだ。
根はウネウネとうねりを上げ、
森は悲鳴を上げ、
中にいた眷属の魔物も咆哮を上げる。
「一体何ガ―――――」
「うへぇ、やっぱりすげぇな」
一緒になって空へ浮かび上がった十夜が下を見下ろす。
パキパキと音を立て十夜の肌がひび割れていくが本人は気にしていなかった。
「知ってるか? これが俺達の世界の『魔術』なんだってよ」
そう言った十夜の手には虹色の水晶が握られていた。
魔術師が十夜に渡した魔力を溜め込んだ爆弾だった。
「さて、これでテメェも終わりだ」
虹色の爆弾を軽く放り投げ輝きを増す。
天空に引き上げられた『死臭を晒す捕食森』にはこれ以上どうする事も出来ず、
激しい爆発は十夜を巻き込み、火柱を起こしながら『死臭を晒す捕食森』を包み込んだ。
「おいおいおいおい! ありゃもしかして――――」
ユリウスは絶句した。
空高く持ち上がった森にもだが、その森が
「国が―――――オレ様達が総出で討伐しようにもここ数百年以上姿を現さなかった文献上の魔物だぞ!! どういう事だァ!?」
それもそのはずだった。
『死臭を晒す捕食森』が猛威を振るっていた時、この巨大な魔物をたった一人で数百年以上に渡り封印を施した魔術師がいたのだ。
だが、それを敢えて教えるつもりはない。
「さて、どこかの親切な誰かがアレを危険と判断し抑えてくれてたのではないですかな?」
万里の含みのある言い方にユリウスは苛立ちを抑えきれない。
「オイ、テメェ何か知ってるってのかァ?」
「さぁ? 拙僧はこの世界に来たばかりなので知らん事の方が多いですぞ」
あからさまな挑発。
そんな彼の態度にとうとう血管が切れたユリウスの周囲は捻じれ捩じれ
『固有能力』―――――〝
自分を中心とした周囲の全てを捻じ曲げ歪曲させるユリウス・マーベッケンの『
「
「いいですな―――――後悔すんなよ、小僧」
空気が、身体が、骨が、筋肉が、血管が、全て捩じれ捻じ曲がっていく。
全身が痛み腕が、足が震える。
しかし、万里は気付いていた。
ユリウスもまた全身が歪んでいる事に。
彼の〝
それは自分自身も例外は無く、その名の通り〝全て〟なのだ。
天才と評された彼は鍛錬を怠った。
訓練をし、驕らなければ完璧に使いこなし文字通り彼に触れる事すら赦されない〝無敵〟の騎士になれたはずだった。
今まで自分を追い込んだ人間は例外を除けば数少ない。
敵国の兵士だろうが、魔物であろうが彼に触れた者達は例外なく全て捻り殺した。
なのに、なのにだ。
目の前の男は今まで相対した者達とは一味も二味も違った。
それは彼の
今すぐにでも始末したいという衝動も納得がいった。
「死に晒せ!! ここでぐちゃぐちゃにしてやらァ!!」
両手を広げ、万里へ向かい付き出しながら突進していく。
右手の確殺、左手の必殺。
名の通り確実に、必ず殺す―――――ただそれだけ。
その左右の腕を大振りさせるユリウスを万里は冷ややかな目を送る。
「無粋な」
たったその一言だけ呟き、万里は砕けた拳を握りしめる。
「何の努力もせん小僧が意気がるなッッッ!」
雑に振るわれた左手の必殺を躱し、追い込むための右手の確殺を自分の左腕で弾く。
ぐしゃり、と骨が砕ける音が耳に届くが構わず残った右の拳を力一杯に握りしめ―――――。
ユリウスの顔面に思い切り叩き込んだ。
どちら共に骨が砕ける音が聞こえたが、痛みに耐性のある男と無い男とではダメージの大きさが違う。
ユリウスは白目を剥き意識を失った。
万里は一息つくとそのまま空を見上げる。
「ユリウス殿、あの空ではお主より若い少年が強大な敵と戦っておる。拙僧が偉そうな事を言えた義理ではありませんが、もう少し自分自身を見直されよ」
それだけポツリと呟いた。
一つの戦いが終焉を迎え、少し離れた場所ではくノ一の少女と桃色の騎士が激しくぶつかり合っていた。
「アーッハハハハハ!!」
エレクティアの高笑いが響く中、いつもより冷静になった蓮花が苦無を飛ばし応戦する。
正確に飛翔する苦無はエレクティアの急所へ吸い込まれるように突き刺さろうとするが、彼の〝透過〟の『恩恵』により全ての苦無が空を切る。
「無駄よ! 無駄無駄ァァァッッッ!!」
自分と互角に渡り合える敵に興奮したのか、それとも腕を切り落とされて気分が上昇しているのかは分からないが、先程の戦闘では見せない姿をしていた。
「シッ!」
蓮花の武器は苦無だけではない。
小太刀を逆手に持ち神速の速さでエレクティアを切り付ける。
しかし、
「〝
蓮花の身体は言いようのない感覚に陥り気が付けば背後にエレクティアが手にしていた突撃槍を構えていた。
「これならアナタの技は効かないわ!!」
蓮花に突撃槍の切っ先が当たる寸前で
そして、同時に蓮花は苦無を一本エレクティアへと投げつけるが、至近距離にも関わらずその攻撃を余裕で躱した。
「むぅぅぅぅぅだッッッ!!」
横薙ぎに突撃槍を振るい蓮花の華奢な身体を吹き飛ばす。
地面に転がる蓮花はすぐに体勢を立て直しエレクティアを見据えた。
「言ったでしょ、アタシにはお嬢さんの攻撃は届かないって」
エレクティアが勝ち誇ったかのように言った。
だが、蓮花はそれを聞いても気分は落ち着いていた。
「届かない―――――ですか」
それだけを呟くと蓮花はフッと微笑む。
その態度にエレクティアの表情は無くなり、目の前にいる敵を睨みつける。
「何が可笑しいのかしら?」
「気になりますか?」
質問に質問を返す。
どうやら挑発をしているようだったが、そこは歴戦の戦士。
エレクティアは簡単に乗らないが躊躇いが生じる。
「(ハッタリ? それとも強がり? どちらにせよ何か狙ってる)」
ここで考えていても仕方がない。
仕方がないのだが、エレクティアは勝負を長引かせるのは危険だと判断した。
「ここは―――――敢えて飛び込むッッッ!」
エレクティアは一気に距離を詰める。
あの奇妙な術は自分の『恩恵』で対処は出来る。
ならばあとはこの突撃槍でひと突きすれば終わるのだ。
エレクティア・ノーズはユリウスとは違い歴戦の猛者で最強の騎士。
だから思慮深くなってしまい周りが見えなくなってしまう。
「王手――――ですね」
蓮花は勝ち誇ったかのように微笑む。
彼女は足元にいつの間にか隠しいていた鎖鎌を足で蹴り上げエレクティアへと巻き付こうと襲い掛かった。
「アタシには効かないって言ってるでしょ!!」
エレクティアはそのまま自身の身体を透過させ、
「やっと捕まえましたよ」
何を言っているのか理解出来なかった。
捕まえた?
一体誰を?
自分の身体は透過させている。
彼女には〝自分の身体が触れたモノを
追い込まれて気でも触れたのだろうか?
だったら彼女にはそれだけの〝価値〟しかなかった。
そう言う事なのだろう。
残念に思いつつ、先程まで高揚していた頭が冷めていき、
蓮花の言葉の意味を理解した。
「あ、―――――――――」
「気付きましたか? 貴方の置かれている状況が」
バチバチバチィィィッッッ!! と自分から放電する音が耳に響く。
鳴上流〝異界〟忍術―――――『
地中に紛れ込ませた『紫電鎖鎌』がエレクティアへ微弱ながらに放電し、全身に電気を溜めさせていた。
「なん、で――――ここまでされて気付けなかったの!?」
「簡単ですよ。人体には体内の電気を自然放電しにくく電気を溜めやすい状態にありそうした状態を〝静電気体質〟もしくは〝帯電体質〟と呼ぶ事があるんです。この『紫電鎖鎌』を地中に設置して貴方に電気を溜め続けてたんです」
本来『夜刀』の一族は蓮花の『空匣』のような、〝異能〟を持っている家系がほとんどだ。
だが、暗殺の任務などをこなしていくには異能に頼りきりになるわけにはいかない。
そこで『夜刀一族』は忍具での戦闘は勿論、その辺りの物を武器とし罠を仕掛ける事などをして任務を完了させる必要を余儀なくされる事もあった。
常に相手の思考を共有し、先を見据える。
それが『夜刀一族』が繁栄してきた
「貴方が冷静だったら危なかったかもしれません。先の戦いのように周囲を透過されたら危なかったです。ですが、貴方はそれに気付かず戦いを愉しんでいた」
エレクティアは絶句する。
こと戦闘において冷静さは一番大切だと教え込まれていた。
しかし、
彼はその事を忘れる程の
「―――――恥ずかしいわぁ。こんなお嬢さんに思い出さされるなんて」
エレクティアの身体に溜められた雷撃が放電し光を帯びていく。
ここまでされれば彼の〝透過〟は最早意味を成さない。
「どこで気付いたの? アタシの『固有能力』が使えないって」
エレクティアの発言に困ったような表情をした蓮花は自分が持つ苦無を目にした。
「偶然ですよ。貴方の
蓮花が思い至ったのは偶然だった。
エレクティアの『恩恵』と『固有能力』には苦戦させられた。
だが、何度か蓮花が反撃した際にエレクティアは身体を透過させるのではなく、その攻撃を躱したのが違和感を覚えたのでもしかすると、と言う考えに至ったのだ。
諦めたのかエレクティアは棒立ちになっている。
自分から放電する電気はずっと溜め込まれていたのだから最早この電気も自分の身体の一部と認定されているので今から透過を使っても纏わり付いた雷撃が消える事はない。
「―――――お嬢さん、お名前聞いても良いかしら?」
「
放電が強くなる。
蓮花の持つ『紫電鎖鎌』に内蔵されている魔石が呼応するように輝き続け、蓮花が鎖鎌をエレクティアの上空へと放物線を描くように投げた。
エレクティアはそれを見上げ呟くように、
「ふふっ、また貴女とは再戦をしたいわね」
「私は御免被ります。このまま勝ち逃げです」
残念。そう呟き―――――エレクティアから天空へ雷が落ちた。
轟音を響かせ蒼天へと雷が奔った。
それを蓮花は複雑な感情を持ったまま見つめエレクティアから視線を外す。
もう勝負は着いた、そう無言で告げたのだった。
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