第80話

 来栖川アリスが最終チェックポイントに魔術を叩き込む。


 「〝森を抜けて丘の向こうっ〟〝広がるお空をのぼってさ!〟〝広がれ大きな世界地図!!〟」


 三十ヶ所目―――――流石にこれほど魔術を連続使用した事がなかったアリスは眩暈がし膝をつく。

 息が切れ頭痛が酷い。

 魔力切れエネルギーゼロ

 膝に力が全く入らなかった。


 「こんな―――――時にッ」


 思えば、来栖川アリスと言う少女は中途半端だった。

 『魔術』を習い師と仰ぐ父親の期待に応えられず『音楽』の道に逃げた。

 『音楽』を楽しもうと日々努力するが、魔術師の世界は基本は殺し合いなのでライブ中だろうが何だろうが関係なく他の魔術師が何か企んでいると勘違いし襲いに来た事もあった。


 〝あの日〟も―――――そうだった。

 メジャーデビュー後のライブ終わり、自分の選んだ道が決して間違いではなかったと証明する為に父、母、弟の三人にチケットを渡そうと久しぶりに実家へと戻った時だった。

 家に帰宅すると玄関が破壊され、家の中はぐちゃぐちゃ。

 そっと気配を消し中を覗くと父親が血だまりの中斃れており、母親も怪我をしていた。

 慌てて抱きかかえたが、母親の息はすでになく、父も虫の息だった。

 一体誰が!? そう叫んだアリスだったが、父親は静かに首を横に振る。


 ―――――これが〝魔術師の世界〟だ。


 来栖川家は昔から魔術師の家系で優れていた。

 そんな家柄を良く思わない他の魔術師も存在する。

 それは知っていた。

 そして、そんな魔術師の家系が狙われるという事も。


 だが、そんな一言では納得がいかない。

 そう思ったアリスは周囲を見渡す。

 一人―――――弟がいない。

 父親に訊ねると、


 自分アリスを探しに行ったと言われたのだ。


 理由は分からない。

 もしかしたらこの襲撃を察知して助けを求めに来たのかもしれない。

 助けを求めにやって来た時に、自分のライブ姿を見て幻滅したかもしれない。

 姉である自分は頼れないと思い一人で他の魔術師を殺しに行ったのかもしれない。

 そして―――――そんな魔術師にたった一人になった弟は返り討ちにあったのかもしれない。

 そんな考えがぐるぐると巡り巡った。


 「あの、子に―――――謝ん……な、きゃ」


 アリスはぶつぶつと呟く。

 ここ最近弟とは喧嘩ばかりだった。

 魔術師の、来栖川の家を継ぐのは自分ではなく、姉であるアリスが最適だ。

 音楽なんて俗物じゃなくて魔術師の資質を持つ自分を大切にしろ、そう言っていたのを今でも思い出す。

 だが、アリスは思った。


 「(違うよ―――――ボクに〝才能〟なんてない。本当はキミが一番魔術を敬愛していたし一番〝才能〟があった。だからボクは身を引いた)」


 だが、そんな口下手な彼女がそれを上手く伝える事が出来なかったのでよく喧嘩をしていた。

 あのライブの後、彼女が喜んでほしかったのは父親と母親だが、一番自分の歌を聴いてもらいたかったのは弟だった。

 彼女は魔術師に復讐なんて考えていない。

 それがこの世界では当たり前なのだ。

 だが、

 弟を探す事を諦めきれなかったアリスは彼を捜す為に活動を休止し、弟を捜そうと旅をし始めた時に、



 何故かこの『グランセフィーロ』へと迷い込んでしまった。



 だから彼女は早くこの世界から元の世界へと戻り、唯一生き残った家族おとうとに言いたい事があった。

 伝えたい想いがあった。

 そして、認めてもらいたいが為に自分の音楽すべてを聴いてもらいたかった。

 だから彼女はこんな所で俯いている場合ではない。

 だから、

 だから―――――。



 「全く、姉さんは何をやっているんだ?」



 ふと、懐かしい声が聞こえた。

 顔をゆっくりと上げる。

 向こうの世界でも久しぶりに見る顔がそこにあった。


 「る、ルイス?」


 幻影なのか?

 それとも都合のいい夢を見ているのか?

 目の前には弟――――来栖川ルイスがいたのだ。


 「いや、いるはずが―――――でも、幻なの?」

 「いやいやコレだよ、コレ。俺が作った『魔具マグ』だよ」


 そう言ってルイスは耳に指を向けた。

 そっと触れると僅かだが魔力の籠ったピアスに彼女の白い指が触れた。


 「幻影魔術が付与された魔具? そんなもの、いつの間に?」


 これは父親がくれたプレゼントで肌身離さずに持つように言われていた。

 てっきり父親からの贈り物だと思っていたのだが―――――。


 「まぁ結局これも俺の思念体みたいなものだからすぐに消えると思うけど、それよりなにやってるんだ、アンタは」


 ため息交じりに呆れた顔をする弟にアリスはムッとした。


 「いや、だってボクの魔力は切れて―――――」

 「だったらそのピアスに籠められた魔力を使えばいいじゃん。宝石に魔力を溜めれるって言うのは常識だろ?」


 そうは言うが、そんな事をすればこの中に入っている魔力が枯渇し弟の情報が得られなくなってしまう。

 そう思ったアリスは躊躇する。

 そんな彼女を見て、


 「姉さん、俺はアンタに憧れてる。魔術師としては勿論だけど、音楽で輝いていた『ワンダーランド』のAliceアリスとしても、だ」


 ルイスは真っ直ぐな目でアリスを見つめる。

 表情は少し赤くなっており照れている事が伺えたが、それでも真剣なのが伝わった。


 「魔力が枯渇したって事は姉さんに何かあったと思う。でも? 


 挑発的な言葉にアリスは腕に、足に、身体に力を入れる。


 「証明して見せろよ、そんでそんな絶望的な状況いつものことなんてアンタの歌で吹き飛ばせよ!! 来栖川アリスまじゅつし!!」


 アリスは自分の耳に付いていたピアスをやや乱暴に取り宝石に溜め込まれていた魔力を開放する。


 「生意気言っちゃって。でもいいよ―――――やってあげる。だからルイスも私の謳を絶対に聴いてね」


 魔力はアリスの体内に巡っている魔術回路へと流れ込む。

 懐に仕舞っていたアーティファクト『風見の虚像』を取り出し大きく息を吸い、力強く、そして吐き捨てるように、ライブと同じノリで気合を入れる。





準備完了レディセット―――――不思議な国のお茶会の始まりワンダーランドライブ・スタート、だよ」




 彼女の舞台でもある『死臭を晒す捕食森ライブステージ』の側では魔力が回復したアリスが瞳を閉じ集中する。

 頭の中に浮かんだ詞を術式に置き換え発動させる。


 「〝青い鳥を探そうよ〟!」「〝青い鳥はどこいった〟!?」


 術式ワードを紡ぐと『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』と取り囲むように三十もの円形状に設置された魔法陣が青白い光を点灯させ光の柱が現れる。


 「〝鳥籠ケージを置いて止まり木を〟!」「〝青い鳥はどこいった〟!?」


 「〝青い鳥を探しに貧しい木こりの姉弟が〟!」「〝青い鳥はどこいった〟!?」


 「〝思い出の森〟?」「〝夜の国〟?「〝幸福の未来に〟」「〝王国の墓地〟!」「〝巡る愉快な冒険の日々〟!!」 「〝青い鳥はどこいった〟!?」


 アリスの魔術が発動し、円形状に並んだ三十もの魔法陣が繋がり円になった。

 そのまま光の柱は森を取り囲むように籠を作り、



 



 「〝夢の家から帰った姉弟は〟!!」「〝青い鳥と一緒に飛んでったッッッ〟!!」



 木々が、森が、そこに住まう眷属の魔物達が、アリスの魔術により鳥籠のような結界に閉じ込められ空高く舞い上がったのだ。



 それにより浮かび上がった森は生物のように蠢き、数百年間誰にもその存在を隠蔽し続けた魔物―――――。


 『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』の本体がその姿をあらわにした。


 「あとは、頼んだよ」


 ただその一言だけをアリスは空高くにいる少年へと送る。

 来栖川アリスの出来る事は全てやった。

 聞こえるはずの無い呟きに、


 ―――――任せろ。


 そんな心強い返答が返ってきた気がした。


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