第79話

 十夜、万里の二人が別々の場所で戦闘を行っていた時間まで遡る。

 魔術師、蓮花、アリスの三人は最終チェックポイントにいた。

 ここに来るまでにマンドレイク、人面樹、マンイーターなど森の魔物を幾度となく屠った蓮花だった。


 「流石に―――――もういませんか?」


 正直もっとキツイと思っていたが、敵襲は少なかった。

 それも恐らく十夜が『死臭を晒す捕食森』を、万里が『王国騎士団』第三師団団長、副団長を足止めしていたからに違いなかった。


 「森の瘴気が濃くなっていく―――――急がねば」


 魔術師曰く、時間が経てば経つほど『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』の力は増していくとの事だった。

 そして、


 「ねぇ」


 アリスが呟くように声を漏らす。

 その声は覇気が無く、数十分前の少女の声とは思えないほど掠れていた。


 「大丈夫ですかアリスさん!?」

 「ボクは、だい、じょぶ―――――いい、から聞いて。ここか、らは。キミ、達は各自が、やらな、きゃいけな、い事を、やってほしい」


 何ヵ所も途切れた声は弱々しくもあったが、しっかりとした力強さがあった。

 その目を見て蓮花は無言で頷く。


 「――――――分かりました。アリスさん、御武運を」


 それだけ伝えると蓮花は消えるようなスピードでその場を後にする。


 「ほら、アナ、タも」

 「…………本当に大丈夫なのか?」


 魔術師の質問にアリスは親指を立てる。

 それだけで魔術師は察した。

 これ以上何を言っても曲げないのは


 「―――――分かった。私はこのままヤツ本体を叩く準備をする。無茶は…………するなと言っても聞かんだろうからこれ以上は言わんようにするよ」


 それだけ言うと魔術師は転移魔術でどこかへ向かった。

 一人残ったアリスは地面に手を付き最後の謳を紡ぐ為に自分の身体にある魔力を魔術回路しんけいへ籠め始める。


 さぁ、終演フィナーレはもうすぐだ。


 アリスは最後の謳を仕上げにかかった。





 一方、万里と合流を果たした蓮花は背中を合わせるように立っていた。

 彼女の足元には先ほど


 「お、お嬢さん―――――やってくれたわねぇッッッ!」


 切断面を押さえながらエレクティアは叫ぶ。

 そんな彼を冷静な瞳で捉えつつ、


 「永城さん、大丈夫ですか?」


 と声を掛けた。

 よく見ると万里の身体中は傷だらけでとてもではないが、無事とは言い難かった。


 「なぁに、心配要りませんぞ。少し攻撃を食らっただけですな、カカッ―――――それより気を付けなされ。あの第三師団団長ユリウスとやら、どうやら


 納得がいった。

 第三師団の二人ユリウスとエレクティアが襲撃した時、万里が投げた戦斧がぐしゃぐしゃに折れ曲がったのはそう言う理屈だったのか。


 「厄介極まりない、ですね」


 この二人は自分を中心とした固有能力を使うようで使い処によってはかなり面倒な能力である事は間違いなかった。


 「じゃあお嬢さん、アタシからも一つ聞きたいんだけど? アナタ、?」


 エレクティアは最後に残していたエリクシールを飲み干し引き裂かれた腕をくっつけた。

 そんな彼の行動に蓮花はため息をつく。


 「本当にこの世界は無茶苦茶ですね。普通切断された腕がくっつきますか?」


 そう言った彼女の周囲にはポタポタと鮮血が滴り落ちている。

 よく見るとうっすらとだが、


 「『空匣』〝奇形〟―――――『散華ちりばな』」


 それは蓮花の秘術である『空匣』を極限にまで薄く平たく伸ばし刃のように鋭く花を咲かせるように設置した攻防一体のこの世界に来て自分が考えたオリジナルの秘術。


 だが勿論そんな理由や理屈を敢えて説明する必要もないし、義理もない。

 蓮花はそう思い、無言でエレクティアと対峙する。

 その最早余裕を感じる様子に治った腕を軽く回しながらエレクティアは蓮花の正面に立つ。


 「まぁいいわ何でも、アタシが勝つから」

 「そっくりそのままお返ししますよ」


 二人の視線と殺気が交わり、そして激しくぶつかり合う。

 蓮花の小太刀とエレクティアの突撃槍ランスが火花を散らす。

 エレクティアはまたとない好敵手との出会いに、蓮花は雪辱戦に決着をつける為に。


 「あちらも派手に始めましたなぁ」


 血だらけの万里がユリウスと対峙していた。

 圧倒的に不利な状況なのに万里には余裕すら感じられた。

 それがユリウスを更に腹立たせる。


 「あんなガキ一人加勢に来たところで随分な変わりようだなァ。それでもお前の不利は変わんねェぞ」

 「カカッ、そのの実力も分からんとは本当にあの男よりも上なんですかな? 団長と聞いて呆れますな」


 どうにも気に入らない。

 余程、自分と『迷い人』とは水と油のように合わないのだろう。

 ふと、王国にいる第二師団団長なきりようこうの顔が脳裏に浮かぶ。

 初めて〝アレ〟と対峙した時、自分は完璧に負けたのだ。

 


 二度同じ事は起きない、いや―――――起こさせない。


 「お前はァ、絶対に殺す!!」

 「やれるものならやってみなされ!」


 ユリウスの武器が激しく回転し彼の周囲に暴風が巻き起こる。

 全てを砕き破壊する削岩機となった暴風は唸りを上げる。


 「死ねェッッッ!」


 頭に血が上ったのか、それともボロボロになった万里を見て勝てると判断したのかは分からない。

 しかし、それが早計だったとユリウスは思い知ることになる。

 万里は気功を得意とし、その中でも自己回復に長けた〝治癒気功〟がある。

 先ほどの僅かな時間があれば、


 「ふん!!」


 

 万里の岩をも砕く蹴りがユリウスを蹴り倒す。

 その際、彼の『恩恵』が発動し万里の足が折れる感覚があったが構わずユリウスを吹き飛ばす。


 「か、はっ」


 まただ、とユリウスは驚愕する。

 今まで自分に触れた者達は腕の一本や二本を弾けば逆らう事はなかった。

 どんなに強がっていた奴でもだ。

 触れればあらゆる物質は捻れる能力。

 そんな力を持つ者に進んで触れようとしてくる者などはいなかった。


 「不思議がってますな」


 不意に永城万里が不敵に笑う。

 突然何を言い出すのか思わず耳を傾ける。


 「御仁の歪曲のうりょくは対象をねじ曲げるのであろう? 無意識にしているのか分からぬが、鎧に拳を当てる瞬間


 自動防衛オートリフレクト

 これはユリウスの『恩恵』の〝歪曲〟がもたらす鉄壁の防御。

 常に発動している為に意識はしていなかったが、万里の予想はほぼ当たっている。

 ただそれを二、三回攻撃を当てただけで看破出来るモノでもなければ試そうとも思わない。

 だからユリウスは動揺した。

 その表情だけで万里は何となくだが

 そしてそれは事実であり、ユリウスは『恩恵』を受けてから傷を今まで負った事は無かった。

 血管がブチブチと音を立てていくのが分かる。

 頭に血が上り冷静な判断力を失っている。


 「こンのクソがァァァァァァァァッッッ!!」


 ユリウスの咆哮が響き渡る。

 狩る者ユリウス狩られる者ばんり、この二人の立場が逆転した瞬間だった。





 同時刻、神無月十夜と死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルトが最後の戦いを始めていた。

 シオンという障害は取り除かれたので十夜は全力で目の前の敵シュヴァルツヴァルトに集中する事が出来た。


 「らぁッッッ!!」


 掌底を繰り出し剝き出しの弱点である瘤へと叩き込む。

 だが、シオンという実行部隊がいなくなった代わりに司令塔である死臭を晒す捕食森の〝意志〟の攻撃が猛威を奮う。


 「〝猛毒ノ息吹ヴェノムパフューム〟」


 蔦が生えそこに紫色の毒々しい花が一面に咲き誇る。

 そして、その花弁から吐き出されるのは全てを熔解させる猛毒の花粉が辺りに充満する。


 「コノ中デハ生物ノ生存確率ハ皆無ダ」


 勝ち誇ったかのように両手を広げる『死臭を晒す捕食森』だったが、毒の霧が風に流れるように渦を巻く。

 その中心から出てきたのは、


 白髪の十夜の首に巻き付いた影は外套マントのように際限なく伸びていったものになり、所々にひび割れのような裂け目が見えた。


 『涸渇魂奪こかつこんだつ』―――――十夜が顕現する呪いの一つ。


 その外套のろいが毒の霧を全て喰らい尽くす。


 「言ったろうが、その手の攻撃のろいは俺には効かないって」

 「ナラバコレハドウダ!! 『腐食ノ荊道ドロップロード』!!」


 棘の蔦が毒液を撒き散らせながら蛇のようにその蔦をうねらせ十夜へと襲い掛かる。

 同じように伸縮自在の黒い外套を伸ばし蔦を躱していく。

 しかし腐食の毒液は確実に十夜の身体を蝕む。


 「チッ!!」

 「ドウシタ? 貴様ニハ効カナインジャナカッタノカ?」


 そう言った『死臭を晒す捕食森』の身体は見る見る内に大きくなっているような気がした。


 「チマチマと―――――ってか身体がデカくなってねぇか!?」

 「気ヅイタカ? コノ森ワタシハ周囲ノ〝魔力〟ヤ〝生命力〟ヲ喰ラッテイル。ソレガ私ノ生存スル唯一ノ方法ナノダ」


 詰まる所、この森がある限り周囲を喰らい尽くし拡大していくこの魔物を早くに斃さなければ被害は拡大していくという事だった。


 「面倒くさいヤツだな!!」


 だが時間はあまりない。

 早くケリを付けなければこのままでは全滅は必至だった。

 このまま戦っていても埒が明かない、そう判断した『死臭を晒す捕食森』は次の攻撃手段に出る。

 蔦が一ヶ所に集め一本の巨大な蔦が出来た。

 そしてその先端から大きな毒々しい花が一輪咲き誇る。

 柱頭の部分に魔力が集束し周囲が歪んで見える。

 何が起きるか分からない、十夜はこの世界の事や『魔法』の事など皆無だったがと本能が告げた。


 「クッソ!!」


 慌てて身を翻し、


 「『破壊シ焦土ト化ス魔砲ノ杖シュラインバレッド』」


 その一言が引き金トリガーとなった砲撃が周囲を撃ち抜く。

 その破壊力は地上にいた万里や蓮花、そしてユリウスとエレクティアにも目視が出来るほどだった。


 「なんだありゃァ!?」

 「一体何が起きたっていうのよ!?」


 騒然とする二人に対し、『迷い人』の二人は恐らくあの場所で戦っているであろう一人の少年を心配していた。


 「神無月くん……」

 「十夜殿っ」


 助けに行かなくていいのだろうか? そんな考えが過ったが、それを断ち切る様に目の前の敵に集中する。

 神無月十夜は彼らにこう言った。


 ―――――任せろ、と。


 ならば今二人が出来る事をするだけだった。


 『死臭を晒す捕食森』の砲撃は地下の空洞から分厚い壁を撃ち抜き空を映し出していた。


 「何ト、マダ抗ウノカ? 人間」


 目の前で肩を押さえながら立ち上がる少年を見据え呆れた口調で言った。

 正直、想定外の飛び道具ほうげきに戸惑いつつも歯を食いしばる。


 「(クソッたれが―――――飛び道具なんて出しやがって)」


 もう一度、巨大な花の柱頭に魔力が収縮していく。

 装填リロードには時間が掛かるのだろうが、十夜の身体は鉛のように重くなっていた。


 「終ワリダ」


 その一言で、

 十夜はある覚悟をした。


 別の場所では万里が厄介な敵を相手に苦戦をしていた。

 蓮花が雪辱戦を行っていた。


 そんな三人に、

 ある〝魔術師〟が渡した鏡に反応があった。


 『風見の虚像』―――――現代風に言えば携帯電話の役割を持つアーティファクトの一つ。

 その虚像から今日一日で嫌と言うほど聞き慣れた声が響いた。





 『準備完了レディセット―――――不思議な国のお茶会の始まりワンダーランドライブ・スタートだよ』





 と。

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