異世界召喚された無法者《アウトロー》達は世界を救済する。

第78話

　一方でエレクティア・ノーズ、そしてユリウス・マーベッケンの猛攻が万里に襲い掛かる。

　エレクティアの不可視の突撃槍（ランス）は何度も喰らっている内に何とか対応する事が出来た。

　自分の身体に直撃する寸前に身を翻し致命傷を避ければ問題はなかった。

　後はエレクティアの手の動き、視線、突撃槍の長さなども把握する事が出来たので拳を当て捌くなんて芸当は訳がなかった。

　しかし、

　「オラオラオラァァァァァァッッッ！」

　ギュリィィィィィッッッ！　とドリルのように回転するユリウスの武器が厄介極まりなかった。

　彼の『恩恵』である〝歪曲〟は彼が触れたモノ全てをねじ曲げる。

　これは触れてしまえばただではすまないと本能が訴えかけている。

　「チッ！！」

　珍しく、万里の舌打ちが聞こえる。

　彼は余程の事が無い限りは常に余裕を持って行動するのだが、今回はその余裕すら危うい。

　しかも、

「〝全てアタシ中心で世界は回る（メリー・メリー・ゴーラウンド）〟ッッッ！」

　エレクティアの『固有能力』で強制的に位置を変えられるので攻撃の軌道が読み辛い。

　ユリウスの〝暴風〟とエレクティアの〝刺突〟。

　どうにも相性が良すぎる組み合わせだった。

　「（こっ、れは――――いや中々にッ）」

　削岩機が如く（ユリウス）の暴風が脇腹を抉り、猛獣の爪牙が如く（エレクティア）の刺突が肩を貫く。

　「ぐおぉぉっ！？」

　思わず呻き声をあげる。

　血を流し過ぎたのか足元が覚束ない。

　フラフラになりながらも握った拳は解かない。

　「なんて頑丈なのよ！？　この人はっ！？」

　「エレクゥ！！　手を休めんな！！　連撃でい―――――」

　一瞬の隙を万里は見逃すわけなく、折れたはずの足でユリウスを蹴り上げる。

　「ごふぅっ！？」

　芯に響く蹴りがユリウスの身体に衝撃を走らせる。

　「嘘でしょ！？　お、折れた足で―――――あ、アナタ痛覚がないのッ！？」

　痛覚が無いわけがない。

　だが、万里の『気功』の一つ、〝治癒気功〟は体内の気を循環させ外へと排出する〝外気功〟、そして外の良い気を体内へ取り入れ循環させる〝内気功〟を組み合わせた特殊な気功で傷の治癒や体内に残った毒素を排出したり出来るのだ。

　ありえない話、永城万里という男はそんな複雑な気の操作を天然でやってのける事が出来るのだ。

　「クソがァ！！　一気にカタを付けてやる！！」

　ユリウスの持つ武器が激しく回転をし始める。

　先ほどの威力が暴風と言われるならこれは最早災害クラスの竜巻だ。

　「跡形も無く消し飛べ」

　ユリウスの無情な一言で周囲が完全に吹き飛ばされる。

　地面は抉れ更地に、

　森の木々はヘシ折れ吹き飛び、

　近くにいたエレクティアはただ巻き込まれ、

　そして、

　最もユリウスが消したかった相手は災害を前に成す術も無く吹き飛ばされ、

　「オレ様に逆らうからだァ」

　勝利を確信したユリウスが己の武器を天高く掲げる。

　空は雲一つない晴天。

　彼の巻き起こした竜巻（さいがい）は全てを〝無〟へと出来る。

　空には巻き上げたはずの塵芥が小さな黒い埃のようになって空を飛んでいた。

　「―――――ユリウス様、アタシ死にかけたんですけど？」

　「あぁ、エレク生きてたのかァ」

　特に興味が無いようにエレクティアに冷たく言い放つ。

　その様子は本当に自分の腹心がどうなってもいいと思っているようだった。

　「ま、冷たい人ってそれはいつもの事だけどっ―――――あぁでも疲れたわ～。早く帰ってお風呂に入りた……………」

　ふと、エレクティアは何気なく空を見上げた。

　それは何があったわけでもなく、本当にただ偶然だった。

　埃のように舞い上がった小さな点は徐々にその大きさが増していく。

　やがて、

　肉眼で捉えれる様になるまで近付いて来た時―――――。

　「おおおおおおおおおおおッッッ！！」

　雄叫びを上げた万里がほぼ無傷の状態で空から降って来た。

　反応が遅れたのはエレクティアだけではない。

　勝利を確信していたユリウスもまた、反応に遅れが生じた。

　二人がその反応をするのも無理はない。

　普通の人間なら、竜巻という災害に巻き込まれた時点で死んでしまうと言うのは万国共通の認知のはずなのだ。

　幾ら異世界から来た『召喚者』だろうが『迷い人』だろうがそれが自然の摂理だ。

　なのに、この永城万里（まよいびと）は着ていた袈裟がボロボロになっただけで身体には大きな傷は一つも付いていなかった。

　「ぬぅん！！」

　拳を振り上げ、目の前にいたエレクティアを殴りつける。

　そしてそのままダンプカーのように突進しユリウスも巻き込む。

　「ぎゃぶっ！？」

　「ごァッッッ！？」

　そのまま突き進むと近くにあった大きな岩へと二人を叩きつけた。

　岩はユリウスの『恩恵（わいきょく）』により粉々になり、そこまでのダメージは無かったが、エレクティアはそうはいかなかった。

　万里の〝気〟が練りこまれた拳と、ユリウスの〝歪曲〟に挟まれた状態だったのだ。

　無事では済まなかった。

　「ほう、お二方は相性が良かったと思ったんですが―――――どうやらそうでもなかったみたいですな」

　「て、めェッッッ！」

　ユリウスもそこまでのダメージは負っていない。

　しかし精神的（プライド）が大ダメージを負ったようで整った美形が醜く歪んでいた。

　今は万里が優勢。

　だが、彼には懸念があった。

　それは―――――。

　「エレクぅ―――――『エリクシール』を使えェ」

　『エリクシール』―――――それは一団につき数量が限られている秘薬中の秘薬。

　時間が経たなければ欠損した四肢がくっついてしまう万能薬。

　瓶に入った液体を死に体状態のエレクティアは溢しながらも口に含む。

　飲み切った時、エレクティアの身体はみるみる内に回復していく。

　「ほぅ、十夜殿の言葉を借りるなら『いっつふぁんたじー』と言うヤツですな？」

　四股を踏むような体勢で万里が余裕の表情で告げる。

　それは強者の余裕とでも言えばいいのだろうか。

　「ユリウス様―――――」

　「オレ様は今から『固有能力（オリジン）』を使う。テメェはさっさと退けろォ」

　空気が一瞬で変わった。

　万里の懸念、それがユリウスの『固有能力』がまだ知れていないという事だった。

　「（ふむ、本来ならさっさと『固有能力（おくのて）』を出される前に決着をつけたかったのですが―――やはり難しいですな）」

　決して油断をしたわけではない。

　手を抜いていたという訳でもない。

　単純にこの二人は強いのだ。

　万里は拳を構え、〝気〟を練り上げる。

　拳は鋼の如くの強度へ。

　足は疾風の如くの速度へ。

　そして、

　「オイ『迷い人』ォ―――――刮目しな、これがオレ様の『固有能力』だァ」

　ミシミシミシィィィィッッッ！！

　何かが捩じ切れる音が響く。

　数メートル離れたエレクティアの表情は青ざめている。

　何が起きているのか理解する間もなく、

　ユリウスと万里の周辺が捩じ曲がる。

　比喩とかではなく、空間が、空気が、風が、大地が、小さな石の破片から微生物に至るまで全てが歪曲していく。

　「なんと―――――」

　気付いていないが、万里の身体にも異変が起きた。

　腕や足、そして胴体からその体内にある内臓や血管、骨に至るまで全て捩じれていく。

　「驚いたかァ？　『迷い人（クソヤロウ）』」

　ユリウスはその異常とも言える空間を平然と歩いている。

　彼が一歩、また一歩と近付く度にその力は強くなる。

　「ごぼっ」

　口から、鼻から、目から流血する。

　身体の何処かしらの血管が捩じ切れたのだろう。

　「これがオレ様の『固有能力』、〝歪曲（オール）・自己中心掌握（ディストーション）〟」

　両手を広げユリウスは真っ直ぐに万里へと視線を向ける。

　先ほどまでの格下とは思っていない真剣な目だった。

　「この能力は単純明快だァ。自分中心の領域内全てを自動で捻じ曲げる。それが例え有機物無機物、事象現象概念まで全てだァ！！　苦しませてから十分に殺してやる」

　不味い、そう思った時にはユリウスの武器が歪に捩じ曲がり無茶苦茶な軌道を描き万里の脇腹を抉る。

　少し掠っただけでも肉が削れたのだ。

　上手く躱そうにもこの歪んだ空間では上手く動けない。

　「くっ、ごふぉっ」

　何とか致命傷は避けているが、それも時間の問題だった。

　どうにも上手く動けないのは平衡感覚が完全に狂っているか、血を流し過ぎているのだ。

　「（これは―――――本格的に不味いですなッ）」

　口を開くのも億劫になったこの状態では上手く〝気〟を練る事が出来なかった。

　だが、

　「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――――――」

　何故か優勢であるにもかかわらずユリウスも同じように辛そうだった。

　下手をすれば万里以上に血を吐き出している。

　「（何故―――――だ？）」

　疑問が浮かぶが、失血し過ぎて意識が飛びそうになっている。

　思わず膝をつく。

　拳を、腕を上げようにも力が入らない。

　そして、そのタイミングを狙ったかのようにエレクティアが投擲の構えを取る。

　「ユリウス様！！　『固有能力』を解いて！！」

　その叫びにユリウスは〝歪曲・自己中心掌握〟を解いた。

　一瞬、身体が軽くなったがそれでも万里はまだ動けそうになかった。

　「さて、永遠の眠りを（さようなら）、エージョーさん。アナタは素敵で無敵で強敵だったわ」

　ゴゥゥッ！！　と風を切るような音が放たれる。

　何も見えないが、恐らくエレクティアが不可視にした突撃槍（ランス）が万里に迫っているのだろう。

　上手く腕が上がらない万里は死を覚悟した。

　「南無三ッ」

　思わず目を閉じる。

　このまま放っておけばあと数秒で突撃槍は万里の身体を貫く。

　志半ばで命を落とすのは正直気が進まなかったが、これも天命だと覚悟をし、

　「こんな所でそんな簡単に諦めれるんですか？」

　そんな聞き慣れた声が万里の上から聞こえた。

　バチバチバチィィィッ！　と放電した鎖鎌が不可視の突撃槍へと巻き付きその勢いを弱め万里の身体に到達する前に落下する。

　何が起きたか理解が出来ないユリウスに対し、万里、そしてエレクティアの二人は瞬時に理解した。

　そして、確認をするまでも無くエレクティアは叫びながら自身の『固有能力』を発動させる。

　「〝全てアタシ中心で世界は回る（メリー・メリー・ゴーラウンド）〟ッ！」

　自分の目の前に一人の少女の後ろ姿が現れる。

　距離、場所、それらを無視しただエレクティアの目の前に強制的に連れて来させるエレクティアの『固有能力』を以て、

　「ゴメンなさいねお嬢さん！！　今はアナタに構ってる場合じゃないしお呼びじゃないのよ！！」

　エレクティアの振り上げた拳が目の前の少女へ暴力を振るおうとし、彼女に触れる直前でエレクティアの腕が吹き飛んだ。

　あまりの唐突な出来事に呆けたような表情、そして。

　「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ！！？」

　傷口を押さえたエレクティアの咆哮が響き渡る。

　「―――――まさか、助けに来てくれるとは思いもしませんでしたぞ」

　「別に私は無視をしても良かったんですけどね。アリスさんが、もうここはいいからあのお坊さん手伝ってあげて、と―――――まぁ来て良かったですけどね」

　そう言ってゆっくりと立ち上がった鳴上蓮花は苦無を片手に、もう片方に小太刀を構え正面に立つ敵へと視線を突き刺す。

　「さぁ、これで二対二になりました。反撃開始です」

　そう告げ蓮花は手にしている武器を構える。