第77話




 四章『無法者アウトロー達の反撃と魔術師の願いと想い』



 「う、お、アァァァァァァァァァッッッ!!」


 神無月十夜の叫びにも似た咆哮が『魔術師の宮殿ベートパレス』内部に響き渡る。

 十夜の気迫に気圧されたのかシオンは一瞬怯むも応戦し始める。


 「ッ!? 死骸の薔薇騎士王ローゼン・リッターロードッッッ!!」


 シオンの叫びに呼応するように鮮血と闇夜の薔薇騎士が十夜に襲い掛かる。

 左右からの同時襲撃。

 それを十夜は恐れる事無くシオンに向かって真っ直ぐ突き進む。


 「ッッッ!?」

 「そいつらを食え! 悪食ッ!」


 十夜の足元から影が伸び二体の薔薇騎士に纏わり付き徐々に食らいついていく。

 悲鳴はあがらない。

 元々痛覚という概念がない薔薇騎士はそのまま枯れ果て朽ちていく。

 シオンはその光景を見て微笑む。

 先ほどまでの余裕はないが、それでも彼女に〝敗北〟の二文字はない。

 この周辺が『死臭を晒す補食森』なのだ。

 どれだけ食い尽くされようがまた復活する。

 そう思っているのだ。


 「(んなもん分かってるよ!!)」


 十夜の狙いは薔薇騎士の殲滅―――――

 一切の躊躇いも無しに十夜は懐へ一気に詰め寄る。


 「『荊の王ウィップロード』ッッッ!!」


 シオンの足元から無数の荊が飛び出し暴風のように渦巻き十夜を近寄らせない。


 「舐めるなァァァァァァッッッ!!」


 手が、足が、腕が、身体が無数に傷を負うが十夜は構わず突き進む。

 そして、

 ようやくシオンの懐に入った十夜は腰を捻る。

 『鬼槌』の構えモーションに入るもシオンは余裕の表情を崩さない。


 「ふふふっ、どうしても私に攻撃を当てたいみたいですね? 


 その言葉と同時に無数の蔦が十夜に絡み付き猛毒の棘を生成する。

 その様子は拷問器具『鋼鐵の処女アイアンメイデン』を彷彿とさせており、蔦が絞め上げられるとその隙間から鮮血が飛び散る。


 「抗っても苦しいだけでしょ? ですから最後に私が気持ちよく逝かせて差し上げますよ」


 絞められる度に激痛が走る。

 意識が飛びそうになるがそれでも、十夜は諦めない。


 「――――――ひ、一つ……言い忘れてたわ」


 十夜の呟きは消え入りそうだったが、それでもシオンの耳にはキチンと入っていく。


 「俺の『悪食の洞のろい』は―――――


 その言葉と同時に蔦の中から鋭い刃の形状をした影が飛び出す。

 ズタズタに引き裂いた蔦は瞬間に再生はするものの、十夜の動きに間に合わせる事が出来なかった。


 ヒュンッ、と両手をシオンの後頭部でがっちりとロックし頭を引き寄せる勢いでシオンの鳩尾に膝を叩き込む。


 「かっ、は―――――――っ!?」


 痛みに耐えきれずにくの字に折れ曲がった身体をすり抜けるように膝蹴りをした足をシオンの足に絡めとる。

 身体ごとシオンの背後に回った十夜は、


 『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』の固有魔眼『生命略取の魔眼』は相手の生命力を奪いシワシワの木乃伊にしてしまう魔眼だった。

 百発百中の、一度その眼と目が合ったら絶対に逃れられない死の宣告。


 だが、


 「悪いね―――――


 背後に回った十夜は腰を極限にまで捻り、捩じり、肘をそのシオンの背中の瘤を目掛けて強烈に打ち付ける。



 神無流絶招かみなしりゅうぜっしょう―――――鬼神楽参式おにかぐらさんしき鬼穿おにうがち



 十夜の放った肘は瘤の魔眼を貫き破壊する。


 「あ、――――――あぁっ―――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!」


 絶叫しながらシオンの意識は遠退く。

 周囲に生えていた荊の蔦や薔薇騎士はみるみるうちに枯れて霧散していく。

 地面に斃れるシオンを冷静に見つめ、構えを解く事もなく残心をする。


 ポタポタと滴る血が止まらない。

 だが、十夜の思惑通りだった。

 かなりリスキーだったが、試した価値はあった。


 戦闘中、シオンは絶対に接近戦に持っていかせなかった。

 初めは接近戦闘が不得手なのだと思っていたのだが、それにしても徹底しての事だったのでまさかとは思っていたが、どうやら正解だったようだ。


 「まさか、ヤツの『魔眼』まで効かんとは―――――本当に君は何者かね?」


 気が付けば転移してきた魔術師が近付いてくる。

 特に驚く事無く十夜は何でもない様に、


 「べっつに、俺はただの呪われた学生さんだバカヤロー」


 と特に答える気が無いのかそれで終わった。

 その答えに納得をしたのかどうかは分からないが、魔術師は短く「そうか」とだけ言った。


 「ってかジーサンこんなトコいていいのか!? 来栖川はどうなったんだ!?」

 「落ち着け少年。今。まぁ先ほど『王国騎士団』とやらが邪魔をしに来たが、あの住職殿が戦っておる」


 そこまで聞いた十夜は舌打ちをする。


 「こんな時に面倒な―――――万里を助けに行くか? いやそれだと時間がかかっちまう。でもこのまま放っておくワケにもいかねぇし」


 ブツブツと呟く十夜を他所に、魔術師は倒れているシオンに近付き抱き抱える。


 「シオン―――――やはり君か」


 魔術師の様子を見るに二人は顔見知り、いやそれ以上なのかもしれないと十夜は何となく感じていた。


 「なぁ? ジーサンはシオンを知ってるのか?」

 「ん? あぁ、もう数百年以上前だが私がこの世界に迷い込んだ時にな」


 昔を懐かしむように洞窟の天井を見上げる。

 その瞳は何を思っているのか十夜には想像がつかない。

 それほど彼らの数百年という長い月日は果てしなく永かったのだろう。


 「まぁ単純に『ビナーの村』の住人達――――いや、


 ヤツ―――――『死臭を晒す補食森シュヴァルツヴァルト』は森の魔物。

 ここからは十夜の推測だが、恐らくあの白い花は人間を誘き寄せる為の〝撒き餌〟なのだろう。

 一度ヤツの領域に入った者はゆっくりと快楽に溺れながらこの森の栄養にされるのだろう。

 地下にあった白骨の年代がバラバラだったのには説明がついた。


 そして、シオンは操られるままここに迷い込んだ人達にこの魔物の一部を与える事で補食されたと推測をした。


 「まるでチョウチンアンコウだな」

 「ははっ、それは言い得て妙だな。ならばさっさとこの大きな魚を仕留めんとな」


 そう言って魔術師は虹色に輝く宝玉を懐から取り出した。


 「それは?」

 「これは私の数百年分の魔力を溜めた〝爆弾〟だ。これでこの一帯を焦土と化す」


 〝魔力〟と言うワードに些か不穏な雰囲気を感じたが、この最悪な状況を何とか出来るなら願ってもない。


 「ならそれを用意すりゃ後はここから脱出すれば何も問題は」



 「ソンナ事ヲサセルトデモ思ッテイルノカ?」



 背後から殺気が溢れ出し、咄嗟に十夜は身を翻す。


 


 洞窟の壁に何かがぶつかったような破壊音。

 十夜が目を向けると


 「ホゥ、今ノヲヨク躱シタナ―――――人間」


 声の方に視線を向ける。

 先ほど破壊したはずの瘤がふわふわと浮かぶと瘤を中心に蔦で身体が形成されていく。

 荊の身体。

 その棘の先から雫が落ち地面に到達した時にはその部分が熔ける音がした。


 「性懲りもなくまた毒かよ―――――テメェが『死臭を晒す捕食森ほんたい』か?」


 十夜の問いに〝それ〟が答えた。


 「少シ違ウゾ、人間―――――我ハ『死臭ヲ晒ス捕食森』ノ〝意識〟ヲ司ル」


 そう語る〝意識〟とやらにはもう口が存在していない。

 それだけでなく、耳も鼻も何もない。

 あるのはシオンの背中に付いていた一つ眼の瘤とそれに巻き付く棘の蔦だけだ。


 「――――――――――」


 魔術師の表情は暗い。

 目の前に仇敵がいるのだ。

 その感情はとてもではないが計り知れない。


 「なぁジーサン、来栖川の準備は後どれぐらいだ?」

 「―――――邪魔が入らなければあと数分ほどかと…………私の転移魔術もあと二回ほどが限界だ。ただし逃げ切れるとも限らんがな」


 うぞうぞと蠢く姿はまるで蛇のようにも見え、確かに逃げてもすぐに追いつかれそうな感じがする。

 十夜はしばらく考え、そして―――――。


 「ジーサン、その爆弾って誰でも発動できんの?」


 十夜の質問に魔術師は首をかしげる。


 「出来ん事はないが―――――万が一のリスクは避けたい。あの爆弾は一つしかないからな」


 十夜は短くそうか、と言うと『死臭を晒す捕食森』へと視線を送る。


 「シオンを連れて先に脱出してくれ―――――俺はアイツを何とかする」

 「な―――――無茶だ! アレはシオンを操っていた時の比ではない!! !!」


 魔術師は声を荒げる。

 一度、アレと戦った身としてはその恐ろしさを嫌と言うほど知っている。

 だが、


 「はっ、でも誰かが何とかしねぇとダメだろ? ジーサンはさっさと行ってくれ!!」


 十夜は『死臭を晒す捕食森』と対峙する。

 体力も、気力も、全てにおいて力が足りない。

 だが、

 ここで負けるわけにはいかない。

 何としてもこの場は勝つ――――それだけだった。


 「行け!!」


 ただ一言だけ叫ぶ。

 一度手を伸ばしたが、魔術師はその手を引っ込めた。

 そして、


 「すぐに、戻って来る」


 それだけ言うと魔術師はシオンを連れ何処かへ転送した。

 今、この空間には十夜と魔物の人格? だけが残っていた。


 「憐レダナ、人間。我ニ勝テルト思ッテイルトハ可愛ゲガアル」


 十夜は何も答えない。

 しかしこのタイミングで一人になったのには理由があった。


 「舐めんなよ植物野郎」


 十夜は中指を立て未知の魔物シュヴァルツヴァルトへ言い放つ。


 「今から、お前を、完璧に、完全にぶっ潰す! 覚悟しやがれ」


 十夜は凶悪な笑みを浮かべる。

 変わらず状況は最悪だ。

 そんな予感をしながら十夜は『死臭を晒す捕食森』へと立ち向かう。


 この状況を打破する為の切り札カードは一枚だけ十夜にはあった。


 使い処を間違えばもう後はない。

 それを踏まえて、神無月十夜は拳を握りしめ一歩を踏み出した。

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