第76話
幕間『追想①』
『ビナーの村』に滞在して早数ヶ月が経とうとしていた。
ドライアドの少女は旅人が帰って来るのをずっと待っていた。
「退屈だわ」
少女が独り言を盛大に吐いた。
それを横で聞いていた少年は頭を抱える。
「それは俺に言ってるのかな?」
と返した。
少年――――――『迷い人』と呼ばれている彼は異世界からこちらの世界に迷い込んだらしい。
らしいと言うのは本人曰くなのでドライアドの少女からすれば怪しさが勝っていたのだ。
「そんなに暇なら外へ出れば? 今の君は俺の世界で言う引きニート状態だよ?」
「――――――意味は分からないけど何となく馬鹿にしてるよね?」
何度目かのやり取りに少女はため息をついた。
村の外へ出る。
それは彼が言うほど簡単な事ではない。
亜人、特に『ドライアド』と言う種族は闇市場では高値で取引されるのだ。
「(私は〝外〟には出ない。あの人が居れば別だけど)」
今、その人物は村の外へ出ている。
近辺調査をするだけなので早く帰ってくると言っていたが、それにしては遅すぎた。
「お友達が心配?」
そんな『迷い人』の少年の軽口にムッとしながらも行く宛や話し相手がいない彼女はその部屋から出ない。
「心配――――しないわけないじゃん。ってかアンタは何やってんの?」
少女は少年が読み続けている本を覗き込むが文字が理解出来なかった。
ミミズのような文字の羅列に頭が混乱している。
「これは
話によれば少年の家は代々魔術師を輩出しているという事だった。
色々とこの世界の『魔法』との違いなどを教えてくれたが、全然理解が出来ない。
それでも退屈が紛れると思った少女は色々と話を聞いていく内に『魔術』だけでなく、異世界の話に興味津々だった。
鉄の塊が大地を走り空を飛ぶ話。
『ヴィジョンスフィア』や『風見の虚像』のような特殊なアーティファクトが当たり前のように使われている世界の話。
何より、彼女が一番興味があったのは―――――。
「まだ完全と言うわけじゃ無いけど、俺達の世界でも〝差別〟はある。けどこの世界ほどじゃなく歩み寄る人も確かにいるのは間違いないよ」
それは『迷い人』の世界では自分達のような亜人への冷たい視線を向ける人が少ないと言う事だった。
「でもこの世界ほどでもないんでしょ?」
「まぁ寧ろ君達みたいな亜人は俺達の世界の人には歓迎されそうだね……特にコアな一部の人達からは」
魔術師と言うのは深く他人とは付き合わない。
だが浅く
まさか実際に自分が異世界に来る事になるとは思いもしなかったのだが。
「そう、なんだ」
少女の返事はどこか上の空だった。
信じられないというのが大半を占めているのだろう。
無理もないと魔術師は思った。
話を聞く限り彼女の―――――亜人達の扱いは異常だ。
まるで意図的にそう仕向けられているとしか思えないほどだった。
「(やっぱり駄目だな。魔術的に考えてしまう)」
物事を深く考えすぎる――――よくそれで〝家族〟からは考えすぎだと注意される事も多々あった。
「(家族―――――か)」
この世界にやって来て随分と経つが元の世界に戻れる方法を見つける事が出来ていない。
心配――――されているのだろうか?
「何難しい顔してんの?」
気付けば少女の顔が目の前にあった。
驚き声を出しそうになるが、そこは失礼だと思いグッと堪える。
「…………別に」
「そう? こんな顔してたわよ?」
そう言って少女はその細い指で目を吊り上げて見せた。
元々が整った顔立ちなのでどんな仕草をしていても可愛いと素直に思った。
「変な顔」
「失礼しちゃう」
お互いに顔を合わせ微笑んだ。
少し笑っていたら久しぶりに笑ったと思い出した。
この世界に一人でやって来て不安な気持ちはあったが、話し相手が居ると言うのは救いになった。
「アナタは外に出ないの?」
少女が訊ねる。
正直に言うと出たい気持ちはある。
早くこの村を出て元の世界に戻れる方法を探したいが、出ようとすると他の村人に止められてしまう。
そんなやり取りをしていたら気付けば数ヶ月も村に滞在していたのだ。
「出たいけどね―――――どうやらこの村人達は俺達を外に出したくないみたいだ」
ここ最近この近辺の村で住人が謎の失踪事件が続いているらしい。
余所者である自分や彼女が怪しいと思われていても不思議ではない。
そんな事を思っていると、少女が目を輝かせながらこちらへ視線を送る。
「じゃあどうせ暇なんでしょ? だったらアナタの世界の話をもっと聞かせてよ」
どうにもこの少女の押しに弱い気がする。
そう思いながらも魔術師は語り始める。
自分の家系には父と母、そして〝天才〟と言われた姉が居ると言う事。
そんな姉が当主になると言うのにそれを拒否し、我が道を行くマイペースな人でそんな姉に振り回されている事。
魔術師としては尊敬できるが、人としては駄目な人だと言うこと。
魔術師の話に一喜一憂する少女の表情が可愛らしく思いついつい熱が籠ってしまう。
話をしていると時間を忘れ、気が付けばもう外が真っ暗になっていた。
「はぁ、いっぱい楽しい話が聞けたわ。ありがとう」
「どういたしまして。俺なんかの話で良ければいつでも」
そんなやり取りを行い、少女は眠いから部屋に戻ると言い自分の部屋へ戻った。
そして、
「さて、と」
魔術師の少年が呟くと瞳を閉じる。
村全体を見渡す〝遠見の魔眼〟を使用した。
能力としては自分が契約した小動物―――鳥や鼠等を
「(やっぱり、か)」
ドライアドの少女から話を聞いていて嫌な予感はしていたが、この『ビナーの村』に近付く人影が十人ほどいた。
その内の一人は少女と共に旅をしていた者だったのだ。
「(彼女には上手い事言って自分は
魔術師である彼にはこの世界の事情は知らないし興味がない。
しかし、あの少女は売人と運命を誓い合った仲だと聞いていただけに、あの少女には同情する。
「まぁ俺には関係ない、か」
だが、どうにもスッキリしない。
モヤモヤだけが彼の心に残る。
「―――――――――――――」
ウロウロと部屋を行き来する間にも事態は何も変わらない。
そして、
「ッ、あぁもう!!」
ドアのコート掛けからローブを引っ張りだし羽織る。
その行為だけで自分が魔術師だと認識し、スイッチが入った。
「本当に、下らない」
そう言い残して魔術師は部屋を出ていった。
「おい、あの亜人と『迷い人』の二人は外に出ていないんだな?」
「へい旦那、奴らすっかり気を許してるみたいでぐっすりと寝てますぜ」
三下のような会話をしているのはドライアドの少女と共に旅をしていた旅人と『ビナーの村』の村長だった。
旅人は魔術師が想像していたように亜人や奴隷を売買する売人だった。
「しっかし面倒な旅だったよ。警戒心を持たれなくする為とは言え何で俺が亜人のガキなんかと」
今思い返しても背筋がぞわぞわする。
演技とは言え亜人相手に青臭い事をさせられたのだ。
取引相手にボーナスを上乗せしてもらわなければやってられない。
「分かってるとは思うが―――――」
「あぁ、〝あの〟ドライアドなんだ。たっぷりと報酬は弾む。まぁ『迷い人』の方も高値で売れるだろう」
下品な嗤い声を上げる二人を遠くの方で魔術師が覗いている。
「やはり下衆か」
魔術師の纏っている
実力が彼以上ならばすぐにバレるが、幸いにも格下しかいないようだった。
「さて、どうするか」
どうやらターゲットは彼女と自分の二人なようだ。
その事を踏まえ、どうケジメを付けるかを考えていた時、
「――――――――――どういう事なの?」
少女がその瞳を見開いていた。
最悪のタイミングで最悪の会合だった。
「おまっ!? おい! 眠ってたんじゃないのか!?」
「そんな―――――睡眠薬を盛っていたのに!?」
そんな風に慌てる旅人、否〝売人〟と村長達が余計な事を口走った。
裏で見ていた魔術師が小さく舌打ちをする。
「あの馬鹿ッッッ!」
忌々しく呟く。
それが誰に対してだったのか?
売人? それともその仲間なのか? 村長や村人に言ったのか、ドライアドの少女に言ったのかもしれない。
いや、
一番の大馬鹿はこの状況で何も動こうとしない自分自身に言ったのかもしれなかった。
「チッ、まぁいい―――――コイツを捕まえろ!!」
売人が叫ぶ。
仲間たちが卑下た嗤いを浮かべながら少女に近付いていく。
少女は俯いたまま動こうとしない。
どうする?
ここで動けば少女を護りながら一人で戦う事になるだろう。
だが―――――――――――――――――。
「ッッッ!! ごちゃごちゃ考えるな!! 馬鹿野郎ッ!!」
そう叫ぶと魔術師は物陰から飛び出すように少女と村人達の間に割って入る。
そして手を翳し魔術刻印を発動させる。
「〝
詠唱と共に村人達の重力の方向を変える。
それだけで村人達は後ろに落ちていく。
「な!?」
驚愕する売人の首を掴み絞める。
「ガッ、ハッ―――――」
「アンタ、いい度胸してるな」
魔術師は冷たく言い放つ。
手に力が入る。
このまま首をへし折ってやろうかと思ったが、何故か自分の後ろで何も言わない少女の事が気になった。
「―――に、――――――て」
「何だ?」
思わず聞き返した。
すると魔術師は目を見開く。
先ほどまでその場所にいたのは確かに自分の知るドライアドの少女だった。
だが、彼女の華奢な身体―――――強いては彼女の肩の部分から大きな〝瘤〟が飛び出していた。
赤黒く変色している瘤は、見ようによっては熟れた果実がそのまま少女の肩から生えたような感じだ。
「人間―――――なんて―――――大嫌いだァァァァァァッッッ!!」
感情が爆発する。
同時に、
少女の瘤が縦に線が入ったと思うとバガンッッッ! と開き眼球のように鋭い眼がギョロリとこちらを向く。
魔術師の判断は早かった。
自分に防御用の術式を掛けその異形の眼の視線を防御する。
しかし、売人だった男はその眼を直視してしまいまるで干からびた植物のようにシワシワになっていった。
「―――――誰だ? お前は」
魔術師はさも当然のように言い放つ。
目の前にいるのが今まで接してきた少女ではないというのは理解が出来た。
しかし、この世界に来て初めて魔術師は〝恐怖〟を感じたのだ。
そして、少女だったモノはその口を使い言葉を並べた。
「礼ヲ言ウ、
この時、魔術師は初めて規格外の魔物と遭遇する。
この魔物〝達〟の総称は世界に災害をもたらす『
この『グランセフィーロ』でも
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