第75話

 エレクティア・ノーズ―――――彼は中流階級出身で王国内でも変わり者だった。

 誰もが目指す『ディアケテル王国騎士団』の団長の座には興味がないのだ。

 その事を同期でもあるデュナミスが聞いたのだが本人曰く、


 「アタシは身体を動かす方が好きなの」


 だと言う。

 実際彼は〝透過〟の『恩恵』でトリッキーな動きを見せ相手を翻弄し、それを攻略した所でまだ『固有能力』の〝全てアタシ中心で世界は回るメリー・メリー・ゴーラウンド〟がある。


 彼はこれらを使い、瞬く間に〝最強の騎士〟と呼ばれた。


 しかし彼が名声を手にしても心にはぽっかりと〝穴〟が空いていた。


 「ホント、退屈よねぇ」


 それは心からの本音だった。

 『最強』の名を与えられた彼の〝穴〟が満たされる事は無く、ただ作業をこなすように任務にあたっていた。


 しかし―――――


 「ハァッッッ!!」

 「砕ッッッ!!」


 拳と突撃槍が激突する。

 生身の拳とは思えないほどの強度に身を震わせながらもエレクティアは不可視にさせた突撃槍を振るう。

 しかし万里は拳を突撃槍に合わせて振るうので致命傷を負わす事が出来ないのだ。


 「(嘘でしょ…………この人〝勘〟が鋭すぎるわ!?)」


 実際、永城万里の戦闘感覚バトルセンスは群を抜いていた。

 とは言え、この異世界グランセフィーロで通用するかは疑問が生じていた。


 「(事前に蓮花殿から話は聞いていたとは言え不可視の術と言うのは些か厄介ですな!!)」


 蓮花からエレクティアの『恩恵』を聞いていなければ一瞬で串刺しになっていたかもしれなかったが、それより厄介なのがもう一つ。


 「チッ! エレク!! 退いてろ!!」


 背後から殺気を感じ万里が前のめりに躱す。

 万里の立っていた場所が爆発したかのようにギャリギャリギャリッッッッッ!! と地面が削られていく。


 「クソが、躱しやがって」


 そう言ったユリウスの手にはこれまた不思議な形の武器が握られていた。


 見た目は突撃槍のような形だが、先端が尖っていなかった。

 全体的に丸みを帯びたその武器に殺傷能力があるかは分からないが、それでもその威力は抉れた地面が物語っている。


 「まァいい。今度は絶対抉り殺す」


 ユリウスの殺気に反応してか手に持っていた武器が回転をし始める。


 「成程―――――先程の威力はその回転が?」


 よく観察するとユリウスの武器は刀身部分が三つに分かれていた。

 その三ヶ所が左右バラバラに回転をし始めている。


 「細長い扇風機みたいですな」

 「チッ! あの第二師団長クソやろうみたいな事言いやがってェ」


 回転率が上がっていく。

 それに合わせて風圧も発生していく。


 「死ねや」


 ユリウスが冷たく言い放つとそのまま武器を振り下ろす。

 たったそれだけ。


 


 「―――――ハッ」


 ユリウスの口から吐き出すような笑みが溢れる。

 自分の『恩恵』による力で生意気な『迷い人』は完全に消し飛んだ。

 影も形も、肉片における全てがもうこの世界に存在しない。

 自然と笑みが溢れる。


 「アッハハハハハハハハァッッッ!! ザマァねぇなァッッッ!? 『迷い人』でもオレ様の『恩恵ちから』に掛かりゃこんな―――――」


 「全く、死合いの最中に何を油断しておるか」


 ゴッキィィィィィッッッ!! と紅玉の鎧がひび割れるほど万里の蹴りが炸裂する。

 完全に油断していたユリウスも不意を突かれ息が出来なくなる。


 「ユリウス様ッ!?」


 エレクティアが叫ぶ。

 本来、自分の上官ユリウスが殴られようが蹴られようが然して問題はない。

 だが、


 


 「何て瞬発力――――〝全てアタシ中心で世界は回るメリー・メリー・ゴーラウンド〟ッッッ!!」


 エレクティアは『固有能力オリジン』を展開させる。

 因果を無視し遠くに離れていた万里を自分の射程圏内に引き寄せる。


 「これで終わりよッ!!」


 突撃槍を万里の顔面へと突き立てる―――――

 しかしその先端が万里を貫く事はなかった。


 「えっ」


 間抜けな声が出たものだとエレクティアは他人事のように思えた。

 捉えたと思えた万里は腰を落とし、そして低く構えた拳がギチギチッと力が込められているのが至近距離にいたエレクティアには伝わる。

 そして、


 「フンッッッ!!」


 短い気合いと共に拳を振り抜き、


 ゴッ、バァァァッッッ!! とノーガードのエレクティアの顔面に拳が突き刺さる。

 カウンターで喰らった拳は首から上が吹き飛んだと思うほどの衝撃を受けたエレクティアは何も言えずそのまま身体を地面に思い切り打ち付け転がっていく。


 「が、ぁ?」


 何が起きたか理解が追い付かない。

 ただの拳にしては威力が段違いだった。


 「(痛い? このアタシが? この人―――――下手をすればあのコより強いッ)」

 「どうしましたかな? お得意の〝透過〟の能力は使わなかったのですかな?」


 万里はその場で立っている。

 ただその場所で倒れているエレクティアを見下ろすような冷たい視線に、今まで感じた事が無い感情が込み上げてくる。


 それは〝恐怖心〟。

 今まで蹂躙する側だった筈のエレクティアが抱く事は無いと思っていた感情。


 そして、


 「…………変わった御仁ですな。


 指摘されそっと自分の頬に触れる。

 触れた箇所は熱を帯びており痛みを感じる。

 しかし口の端は吊り上がり


 「―――――――はっ」


 短く息を洩らす。

 それはため息なのか?

 それとも―――――――――。


 「―――――ホント、いいッッッ!」


 エレクティアの表情は今までにないほど恍惚としていた。

 無理もない、今まで彼と対等に戦えた者などほとんどいなかったのだから。

 しかし、愉悦に浸った表情をすぐに曇らせる。


 「あぁ、でもざーんねん。アナタ、?」


 違和感を感じる。

 一体いつからだろう?

 アドレナリンが出て気付くのに遅れてしまった。


 「……………………」


 

 何をしたのか冷静に考えてみる。

 足を使った覚えは――――――――――――。


 「まさか」

 「そのまさかだァ、『迷い人』」


 吹っ飛ばしたはずのユリウスが首を押さえながら平然と歩いて戻って来た。

 大したダメージを受けていないのか、足取りはしっかりとしている。


 「ほう、拙僧の蹴りを喰らって平然としているとは―――――もっとしっかりと蹴り飛ばせばよかったですかな?」

 「強がるなよ『迷い人』ォ。?」


 万里はユリウスの質問に答えない。

 それは肯定している事になる。


 「(右足が―――――?)」


 万里の右足は何故か蹴りの一発で完全に折れていた。

 そんな柔な鍛え方はしていないし、そもそも『気功』を練っているので簡単に骨折をするはずがなかった。

 となると原因は、


 「気付いたかァ? 


 ユリウスは凶悪な笑みを浮かべる。

 近くに落ちていた木の枝を拾い上げ万里に見せるように手の上に乗せる。

 すると、


 ベギッ、ゴギギギギッッッと


 「これがオレ様の『恩恵ギフト』、〝歪曲〟だァ。オレ様が触れた物は万物の全てが折れ曲がり歪んでいく! さっきお前はオレ様を蹴った―――――!!」


 ユリウスのテンションに合わせて周囲の風が歪み折れ曲がるように暴風を巻き起こしている。

 成程、と万里は納得が出来た。

 先のミノタウロスの戦斧を投げた時にグシャグシャに捩れ曲がったのはユリウスの『恩恵わいきょく』によるモノなのだろう。


 「アタシももっとアナタと本気で戦いたかったんだけど、残念ね」


 エレクティアの周囲が透明クリアになっていく。

 万里の額には一筋の汗が流れた。

 少しは苦戦するものだと覚悟はしていたが、これは想定外だった。

 どちらも触れたモノに干渉する能力者。

 一方で万里の今の武器は己の肉体のみ。

 その肉体も右足が負傷してしまっている。


 「(さて、これはどうしたものでしょうか)」


 口には出さないが、割りと危機ピンチの真っ只中な万里だった。

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