第74話

 一方、二十八ヶ所目に魔術を打ち込んだアリスが肩で息をしていた。

 さすがにここまで一気に魔術を使った経験は無かったのか疲労感が凄まじいものかあった。


 しかしそれは蓮花や万里も同じだった。

 特に蓮花は怪我も相まってか相当キツそうだった。


 「(蓮花殿の疲弊が相当ですな。アリス殿も魔術の連続使用で満身創痍――――――ここは拙僧が何とかせねば)」


 万里もかなりの戦闘をこなしてきているが、体力的にはまだ問題が無かった。

 いざとなれば自分の身を楯にしてでも、そう思っていた。


 「まだ―――――やれる、よね?」


 それは誰に向けた言葉でもなかった。

 自分を鼓舞する為に言っただけなのかもしれない。

 だが、


 「あた―――――りまえですっ」


 蓮花もそれに倣い立ち上がった。

 二人の少女の姿を見て万里と魔術師は開いた口が塞がらなかった。


 「強いな、彼女達は」

 「そうですな」


 二人の視線は何処か遠くの―――――まるでもう会えない家族を見守るような目をしていた。


 「何ですか? その生暖かい目が無性に不快になるんですが」


 酷い言いようである。

 万里はカカッ! と力一杯笑い「何でもない」と答えようと一歩踏み出し―――――、


 


 「!?」


 思わぬ行動に蓮花が躱そうとし、アリスが手を翳し魔術を発動させようとした刹那。


 


 その〝何か〟に弾かれた錫杖はあらぬ方向に飛んでいったが、万里はそれを取ることなくある一点を睨み付けている。


 「奇っ怪な業を―――――しかも、疲弊している女性に向かってと言うのは些か無礼が過ぎませんかな?」


 虚空に向かって喋っているのはかなり奇妙な姿だが、蓮花は一切笑っていない。

 この感覚を



 「アラぁ? 随分と勘のいいお仲間がいたのね、お嬢さん」



 何もない空間に突如として現れたのは、桃色の鎧に身を包んだ大柄な男―――――その名を、


 「エレクティア、ノーズッ」

 「ウフフっ、覚えていてくれて光栄だわ『迷い人』のお嬢さん―――――そちらの人達は初めまして、よねぇ? 同じ『迷い人』さん?」


 エレクティアが万里に視線を向け、そしてアリス、魔術師へと順に視線を合わせる。


 「ふむ、拙僧は―――まぁ今は『虚無僧』と名乗っておきましょうか」


 先のエスカトーレの事があったので名前を知られないように伏せる。

 それに気付いたエレクティアは低い笑いを上げる。


 「気になさらなくてもいいわよ、コムソーさん? アナタが警戒しているのは『真名操葬ネームドマリオネット』でしょう? あれの複製はもう無いのっ。


 嘘、を言っているようには見えないと判断した万里は構えることなくエレクティアを睨み付ける。

 構えない事ノーガードは万里の戦闘スタイルだ。


 「で? 改めて聞きたいんだけど、アナタ達は何をしているのかしら? こんな廃村になった場所に逃げ込むなんて」

 「ほう、拙僧らが何をしているのか気になると? 素直に教えるとでも?」


 二人の間に火花が散る。

 無言で睨み合う二人が激突しようとしていた時、



 「おいエレク―――――トロトロしてんじゃねぇぞ」



 第三者の声が聞こえた。

 咄嗟に万里が背負っていたミノタウロスの戦斧を取り出し声がする方へと投げつける。

 だが、


 


 「あァ? テメェみたいなヤツがオレ様に刃歯向かうたァいい度胸じゃェか?」


 声は森の奥から聞こえ、徐々にその姿を現せる。

 燃えるような逆立った赤い髪に整った顔立ちには狂気と狂喜が貼り付けたような紅玉の鎧を見に纏った男―――ユリウス・マーベッケンが立っていた。


 「あら、ユリウス様早いのね。さっき人面樹やマンイーターに囲まれてなかったかしら?」


 エレクティアの楽しげな声にユリウスが舌打ちをする。


 「あァ、ついでに『マンドレイク』の群れにもな。ッたく、どこに団長を放り出して先行く副団長ぶかがいやがる!!」

 「だぁって、ユリウス様の『恩恵』って下手をすれば私も巻き込まれるじゃない。それに信頼してるから先に行ったんですぅ」


 二人のやり取りを聞いていたアリスは小声で誰? と蓮花に聞いた。


 「あの桃色騎士は『ディアケテル王国』第三師団副団長エレクティア・ノーズ………私がこの世界に来て一度だけ敗北をした人です。もう一人は聞いてる限りでは恐らく彼よりも上の人、でしょうね」


 最悪のタイミングだった。

 最戦の可能性はあったが幾らなんでも早すぎる。


 ここは逃げるべきか、そう思っていた時―――。


 「話が見えませんが、ここは拙僧に任せては如何かな?」


 そう言って筋骨隆々の虚無僧が間に立った。


 「まぁここで素直に見逃してくれるような方々ではないでしょうし、何より拙僧らには時間がありませんぞ」


 つまり、

 この虚無僧の男はと言っているのだ。


 「永城さん!?」


 蓮花が叫ぶ。

 それもそのはず、蓮花は一度エレクティアと戦っている。

 その強さもさる事ながら厄介なのは彼の〝透過〟の『恩恵』だ。

 それは蓮花の今だに痛む傷が物語っている。


 「何、心配いりませんぞ。今は各々がすべき事を」


 万里は拳をパキパキと鳴らす。

 その流れを見ていた第三師団の二人はほくそ笑む。


 「あァ? 何だコイツ―――――オレ様達に勝てるってかァ?」

 「しかもアタシ達二人を相手にって舐めてるのかしら?」


 エレクティアが構える。

 しかしその構えは不思議なもので、まるで


 「ふんッッッ!!」


 気合いを入れその〝何か〟を投げる。

 それに気付いた万里はその直線上にいる蓮花とアリスに〝それ〟が届く前に掴んだ。


 「ッ!?」

 「同じ事を何度も言わせんでもらいたい―――――拙僧は言いましたぞ? 、と」


 勢いが殺された〝ある物〟を投げ棄てる。

 カラン、と地面に棄てられたモノが姿を現した。

 それは三角錐型の丸みを帯びた武器で、取っ手が長く作られたその武器は突撃槍ランスであり人を突き殺す為の武器だった。


 「不可視の武器――――――いや、物質を〝透過〟させたと言う事ですな? なんとまあ奇っ怪な」


 万里は不敵に笑うと簡単に、まるで何も問題がないように。


 「これが『恩恵』とは―――――程度が知れますな」


 彼らの全てを否定した。


 「ほォ」

 「へぇ」


 殺意が漏れ出す。

 二人の刺客の矛先が四人から一人の虚無僧へ向けられる。


 「―――――行こう」


 アリスが呟くように言った。

 それは端から聞けば無慈悲な一言だったかもしれない。

 しかし今、すべき事を理解している蓮花は唇を嚙みしめると万里に背中を向ける。

 そしてただ一言、


 「必ず、戻ってきます」


 そこの言葉を聞いた万里は先ほどの強者の笑みからいつもと変わらない笑みを浮かべた。


 「期待しておりますぞ―――――ではそちらも頼みました」


 それだけを言うと蓮花、アリス、魔術師の三人は瞬間転移で次のポイントへと向かった。

 残された万里は「さてと」と呟くとユリウス、エレクティアへと視線を向ける。


 「転移魔法とは中々やるじゃねかァ。お前ら一体何モンだァ?」


 ユリウスの質問に万里は簡潔に答える。


 「なぁに、ただの『迷い人』というヤツですな」

 「強情な人―――――キライじゃないわ」


 最早隠す気が無いのかエレクティアの手には剥き出しの突撃槍ランスが握られている。


 形勢は不利。

 自身の力でどこまで出来るのかは分からない。

 だが、


 「まぁ二対一となると丁度いいハンデですなぁ」


 拳を強く握りしめる。


 「では改めて拙僧も名乗ろう―――――永城万里えいじょうばんり。御二方を壊す者」


 万里の名乗りに二人の男の目付きが真剣なモノになる。


 「『ディアケテル王国騎士団』、第三師団団長ユリウス・マーベッケン」

 「同じく第三師団副団長、エレクティア・ノーズ」


 お互いが名乗り合い、同時に三人の男の殺し合いが始まった。




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