第73話

 旅人とドライアドの少女が『ビナーの村』で過ごし始めて数年の月日が経ったある日、

 最近、この周辺の村では住人が謎の失踪事件が多発している。

 一宿一飯の恩を感じた旅人は保護をした〝もう一人の旅人〟に注意を払いつつ原因を探りに村を出る事にする。

 それとなくドライアドの少女にその事を伝えると自分も一緒に行く、と駄々をこね聞かなかった。

 だが、万が一を考えると簡単に首を縦に振る事が出来ない。

 だから旅人は少女に優しく語りかけた。


 すぐに戻ってくる、と。


 その言葉を信じ、ドライアドの少女は旅人を待つ事になった。




 まず、この場で厄介だったのは『薔薇騎士』と呼ばれた二体の眷属だった。

 植物の蔦で形成されている身体は不死身に近く痛覚や急所は存在しない。


 なので、身体の内部を破壊する目的で神無流との相性は最悪に近かった。


 「シッ!!」


 十夜の蹴りが闇夜の薔薇騎士の胴体を蹴り上げる。

 だが、

 中身の無い薔薇騎士が怯むはずもなく棘の剣を容赦無く振るう。


 「鬱陶しいッッッ!!」


 十夜が半ば強引に近付き指を揃え力を込める。

 狙うは闇夜の薔薇騎士が持つ剣、


 「はッ!」


 そのまま弓のようにしならせ薔薇騎士の手首を貫手で穿つ。

 闇夜の薔薇騎士は叫ばない。

 しかし自分が何をされたのか理解は出来た。


 十夜の貫手が薔薇騎士の手首から上を吹き飛ばす。

 武器を持ち手ごと弾かれた闇夜の薔薇騎士はなす術も無く十夜が用意していた反対の貫手を顔面へ突き刺しそのまま動きを止めた。


 「アラ? 凄いですね、トーヤさんは」


 ぱちぱちと手を叩く音が遺跡内に響く。

 その余裕とも取れる態度に違和感を覚えつつ残った鮮血の薔薇騎士とシオンを睨み付ける。


 「余裕かましてくれんじゃねーか。手駒一つ無くしてるってのに」


 そんな十夜の強がりとも言える態度に「手駒?」と呟くと指を鳴らす。

 すると地面から蔦が生えぐるぐる巻きにされた場所から闇夜の薔薇騎士が姿を現せた。


 「この子達はこんな姿をしていても〝植物〟ですよ? 何度でも再生します」


 シオンの愉しげな声は絶望に浸るには十分過ぎた。

 十夜は短く「そうかい」と答えるともう一度構え直す。

 終わりの見えないフルマラソンをしているような疲労感が十夜を襲う。


 「(これが―――――『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』)」


 さすが魔物達の始祖と言われているだけはある。

 しかし十夜にはどうにも拭え切れない〝違和感〟が付きまとう。


 「(さっきから気になってたが、?)」


 そう、十夜が感じている〝違和感モノ〟の正体とはチグハグさだった。


 恐らくこの『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』の殺意しょくよくは本物だろう。


 しかし目の前にいるシオンからは


 遊ばれているのか?

 それとも―――――――――。


 「なぁシオン、一つ聞いてもいいか?」


 十夜の問いかけにシオンは無言で微笑む。

 それを肯定と捉え十夜は話を続ける。


 「この村はシュヴァルツヴァルトってヤツが作り上げた空想の村なんだよな? 姿?」


 ずっと疑問だった事。

 この空想の村には女性しかいなかった。

 もし、十夜は考えたのだ。


 果たして、


 「――――――――――――」


 シオンは何も語らない。

 先ほどと同じく微笑むだけだった。

 いや、


 


 「ッッッ!?」


 急激に膨らむ殺気に十夜は構え『黒縄操腕』が吼える。

 しかしそれよりも早く、


 


 「がっ―――――ああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!?」


 蔦がドリルのように回転し十夜の脇腹を抉る。

 とうとう身代わりスライムのダメージ容量キャパが限界を迎えたのだ。


 「男の人―――――えぇ、?」


 シオンの声はどこまでも冷たい。

 先ほどまでの余裕のある表情も何もないのだ。


 「知っていますか? 私達のような〝亜人〟は神からの『恩恵』は与えられないんですよ。そのせいで私達のような亜人は何て言われているか知っています? 〝神の失敗作〟や〝穢れた血〟〝穢れた種族〟だなんて差別を受けてるんです。酷い種族は人間に捕まって犯され汚され弄ばれた挙句にどうなると思います? 売られるんですよ? いわゆる〝奴隷〟ってやつですよ、奴隷。分かりますか? 私達が一体何をしたというのです? この世界グランセフィーロは私達にとって優しくないんです。だから私は私に優しいこの世界ウルビナースを作ったんです。人間も男もいない。この村に来た人達は例外なく『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』に捧げました。捧げて力を蓄えてもらってこんな理不尽な世界から私を救ってもらうんですよォ!! その為にはこの魔物には早く封印を自力で解いてもらわないといけないんです。だからもっともっともっと餌を用意しなければならないんですよォォォォッッッ!!」


 饒舌になったシオンが捲し立てている間にも攻撃は止まらない。

 四方からの棘の蔦以外にも鮮血と闇夜の薔薇騎士からの怒涛の攻撃を十夜と『黒縄操腕』が捌くがそれでも躱しきれない。


 「ごふっ」


 血を吐き出す。

 ここに来てまさかの攻撃の嵐に十夜は膝をつく。

 どうやらここに来てシオンの地雷を踏み抜いてしまったようですでに満身創痍になっていた。


 「きっつ」


 十夜は呟く。

 しかしそれでも分かった事があった。


 「何だよ、シオン―――――こんなバケモンに救ってもらうからやってるって言っても?」


 十夜の言葉にシオンはそっと自分の頬に触れる。

 指先には微かにだが涙が付いていた。


 「え―――――なん、で?」


 理解が追い付いていない。

 違和感の正体、それはこの馬鹿でかいだけの魔物がシオンを操っているのならば十夜達はとっくに全滅しているはずだった。


 胞子を飛ばし、自分の支配下に置いた魔物達を食い合わせ造られた『レギオン』が良い例だ。

 自分達を養分にするなら最初から回りくどい事をせずに他の魔物を使ってこちらを始末しにくればよかったのだ。

 わざわざお茶に薬を盛って動きを鈍らせてからじわじわと殺す必要性はない。


 つまりこの『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』とシオンの行動は一致していないという事だ。


 


 「本気で俺達を殺すつもりなら初めっから全力でくればいい。でもそれをしなかったのはシオン―――――?」


 シオンは固まる。

 何も言わない。


 ふと、脳裏に昔の記憶がフラッシュバックする。

 この村―――――まだ名前が『ビナーの村』だった時、自分を護ってくれた旅人がいた。

 その旅人はこの世界の事を良く知らないと言っていて村人に迫害されていた自分を何の躊躇もなく助けてくれた唯一の人間。

 不思議な力を―――――この世界でいう『魔法』とは違った力を持っていた旅人はただ静かに自分を護り、村人を説得した。

 顔も、名前も、仕草も、声も、何も思い出せない。


 


 なのに、なのに―――――――――――――――――。


 「う、あ、―――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!?」


 シオンが叫ぶと空気が、森が、全体が揺れ始めた。


 ピシリ、と何かが壊れる音がした。

 もう嫌だ。

 何も思い出したくない。

 どうしてこんなに辛いの?

 誰が? 何の為に?


 どす黒い感情が支配していく。

 これを止めるには―――――。


 シオンは目の前にいる少年を睨みつける。

 


 頭の奥から誰かのそんな声が聞こえる。

 分かった、とシオンが手をかざす。

 ここからは遊びは無しだ。

 早くこの少年を始末して次の獲物を探しに行こう。

 そうすればこのどす黒い感情は消えるはずだ。


 そして、その後は―――――


 分からない、分からないがとにかく今は全力を以てこの少年の全てを否定してやる。


 空気が震える。

 十夜は肌でそれを感じ、力を振り絞り立ち上がる。

 時間はどれほど経っているかは分からない。

 だが、


 「シオン――――――――――お前のその植え付けられた〝願望のろい〟は俺が食い殺してやる。だから、お前も負けんじゃねーぞ!」


 ダメージを受け過ぎた『黒縄操腕』を影に戻し、再び舞う十夜の影が波打ち触手のようにうぞうぞと蠢きながら『悪食の洞』が姿を現す。


 後どれぐらいもつか?

 そんな事を思いながら十夜とシオンが再びぶつかり合う。

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