第72話
この『グランセフィーロ』には〝亜人〟という種族が多数存在している。
その中でも自然を愛する種族として挙げられるのが『エルフ族』そして自然界に存命する〝妖精族〟の中でも森に住むと言われている『ドライアド』の種族だった。
この種族は森の木々と繋がっており、森から森へと移動する手段を持ち合わせている珍しい種族でもあった。
しかし、こと戦闘に関しては力が弱く淘汰される日々が続いていた。
ドライアド達は名を持っておらず、個別名が無くても自然と各々が誰の事を言っているのか理解をしていた。
そんな中、一人のドライアドの少女は住んでいた森を他の魔物に追い出され荒野に倒れていた。
途中、旅人に救われた少女は恩を感じその者と共に旅をする事になった。
他の魔物との戦闘や数多くの出会い、そして別れを繰り返しそれでも少女は旅人と共にいた。
いつしか二人の間には恋心が芽生え、その生涯を添い遂げる約束までするようになるにはそう時間は掛からなかった。
二人が立ち寄った『ビナーの村』は自然豊かな村で、近くに
それが、二人を引き裂く事になるとは夢にも思わなかったに違いない。
「お、あ―――――ああああああああああッッッ!!」
十夜が吼える。
真っ直ぐシオンに向かって一気に詰め寄る。
しかし、
「『
ただその一言だけで地面から、壁から、四方から太い棘の蔦が伸び十夜を襲う。
「チッ! 引き千切れッ! 『黒縄操腕』!!」
十夜の掛け声に一対の巨腕が唸りを上げる。
その巨大な掌が蔦を掴み引き千切った。
その隙を突いて十夜は自分の射程圏内へと入り込む。
「(操られてるって事は正気にも戻るって事だ! なら〝
終わらせる、そう思っていた。
だがそんなに甘くはないと痛感する。
「『
蔦がぐるぐると巻き付き、鮮血が如くの薔薇騎士と闇夜の如くの薔薇騎士二体が荊の剣を振るい十夜を十字に切り裂く。
「ぐっ、がっ―――――」
ゴリゴリゴリィィィッッッ!! と嫌な音が耳につく。
痛みは
「か――――――はっ」
息が上手く出来ない。
心臓が激しく鼓動する。
しかしそれらを忘れ十夜は立ち上がる。
「クソッ、強ぇ………………」
油断をしていなかったとは言えシオンの攻撃は優雅で無駄がない。
一朝一夕で身に付くような戦い方ではないのが十夜にも分かった。
「どうしましたトーヤさん。もう終わりですか?」
荊がシオンに巻き付く。
再び姿を見せたシオンは半裸の状態で荊のドレスを身に纏っていた。
「まだまだ―――――って言いたいが正直キツイ」
本音を漏らす。
この世界に来てからと言うものの十夜も、蓮花も、万里も、そしてアリスも戦い通しだ。
疲れが取れない訳がない。
「ではそろそろお休みになられては? 気分の休まるハーブティーなど如何ですか?」
余裕すら窺える態度に十夜は自分の拳を膝に叩きつける。
ゆっくりと立ち上がった十夜は再び構える。
正面には
対して十夜は自分の拳と双肩に浮かぶ一対の『黒縄操腕』のみ。
無理難題なゲームをさせられている気分だった。
「クソゲーって言うのかね、こう言うの――――お前はどう思う?」
それは『黒縄操腕』に語りかけていた。
呼応するようにその巨大な拳を握り締め心が折れていない事を示していた。
「だよなぁ…………さて、どうすっかな」
十夜は呟く。
決して手がない訳ではない。
だが今の状態ではこの場にいる皆にまで被害が出てしまう。
そうならない為には―――――。
「もう少し気張ってみるか」
十夜は構える。
シオンは相変わらず妖艶に微笑んでいる。
今はとにかくこちらに意識を向けさせる―――――それが今の十夜に出来る事だった。
勝てる見込みが低い確率だが、ここで諦めてしまうという選択肢は十夜の中にはなかった。
一方で蓮花、アリス、万里の三人は『魔術師の宮殿』の外にいた。
外に出てみると最初に驚愕したのは、森が生きていた。
比喩ではなく本当に生きているのだ。
「この森全体が『
魔術師の言葉に万里は気を乗せた拳を人の顔が浮かび上がった大木、『人面樹』をへし折るように殴りつける。元は樹木なので万里の拳は軽々と倒していく。
「そんなに難しい相手ではありませんがッ!」
「数が多すぎます!!」
蓮花は持っていた小太刀を走らせる。
彼女が相手にしているのは植物型の魔物『マンイーター』。
蠢く触手を躱しながら蓮花はマンイーターを切り刻む。
こちらも大した脅威ではないのだが、森という場所の為なのか魔物の量が異常に多いのだ。
アリスを護りながら二人は戦う。
こちらも十夜同様、連日の戦闘に疲労が溜まっている。
その上、蓮花は怪我も癒えていないのだ。
状況は限りなく最悪に近かった。
それでも、
「〝森を抜けて丘の向こうっ〟〝広がるお空をのぼってさ!〟〝広がれ大きな世界地図!!〟」
アリスの謳が響くと地面に魔法陣が打ち込まれる。
同じような謳を今ので十五ヶ所に森全体を囲むように魔法陣を設置していく。
「つ、次ッ!」
アリスの声は少し掠れている。
無理もない、彼女もずっと戦い通しなのだ。
いつ
「(今で半分―――――ボクの魔力保ってよッ)」
現状、作戦開始から八分ほどが経過。
順調とは言い難いが、眷属の魔物の強さは思ったほどではなかった。
森に囲まれてさえいなければこのまま―――――、
「あ、―――――」
思わず倒れそうになる。
しかし、両サイドからそっと支えてくれた二つの手があった。
蓮花と万里の二人がアリスを心配そうに顔を覗かせる。
「大丈夫ですか?」
「無理はなさるな―――――今アリス殿が倒れてしまっては元も子もありませんぞ」
二人の言葉に甘えたくなってしまう。
アリスは向こうの世界でもあまり努力はせず〝何か〟を極めた事はなかった。
何もかもが中途半端で甘えていた。
しかし、
「ボクは、大丈夫――――それに」
ちらりと森の中央にそびえる『魔術師の宮殿』に目を向ける。
そこでは破壊音や爆音、時折人ではない何かの咆哮が聞こえる。
恐らく十夜が操られているシオンと戦っているのだろう。
「彼はまだ戦ってる―――――アイツを引き留めてくれてるから魔物もこの程度で済んでる。だったらボクが弱音を吐く理由にはならない」
実際、この森全体が『
それは十夜がしつこく食い下がっているからこそ、こちらを気にしている余裕が無いのだろう。
「だからこのまま続ける―――――おじいさん、転送を早く!!」
四人の足元に魔法陣が浮かび上がり次のチェックポイントへと転移される。
残りチェックポイント、十五ヶ所。
彼らが戦う相手は魔物だけではない。
時間もまた、彼らにとって脅威の対象でしかないのだから。
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