第70話

 『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』。


 この『グランセフィーロ』に存在する魔物達の始祖と云われており、遭遇する確率は低いが出会えば最後、諦めるか逃げるかのどちらかしか選択権はないと言われている。


 そんな『始祖の霊長王』だが、一貫して言われているのがそのだった。


 その一角が『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』。


 数百年に一度きり


 この魔物の特徴としては本体から胞子を飛ばし生物に寄生する。

 そして周囲のありとあらゆる生命をじっくりゆっくりと溶かすように自身の栄養としていく厄介極まりない魔物だった。


 魔術師はこの存在に気付き討伐しようとしたが、余りにも大規模討伐になる為封印を余儀なくされたとの事だった。



 「まぁ私も未熟だった上に右も左も分からなかったんでな―――――封印が精一杯だった」


 話を聞き終えた二人はふと、先ほどの事を思い出す。


 『群れを成す存在』―――――レギオンが出現する前の出来事だった。


 その際に、確かに胞子のようなモノが漂いそこから魔物達の行動がおかしくなったのは記憶に新しい。

 更に、


 「?」


 その質問に嫌な予感を覚えつつ、記憶を掘り起こす。

 名物のウルビナースの花で作られたお茶を口にしている。


 「――――――もしかして、さっきから地面が揺れてるような気がしたのって」


 意識し出すと、視界が歪んで見える。

 思わず二人とも地面に膝を付く。


 「意識をしっかり保て! 特にお嬢さんは魔術回路パスを全開にすれば魔素が抜け落ちてマシになる!!」


 そう言われアリスは意識を集中させ全身に駆け巡る魔術回路に意識を向ける。


 血管に氷水をぶち込むイメージで身体に駆け巡る毒を排出する。

 すると体内に溶け込んだ花の毒素が抜ける感覚が巡った。


 同じく十夜はアリスの様子を観察しイメージをする。

 彼には魔術回路なんてお洒落なモノはない。

 しかし、代わりに『悪食の洞』へ毒を送り込むように意識を集中させた。

 十夜の影がガタガタと震え波紋を起こす。

 しばらくしてから毒素は影へ飲み込まれ感覚が平常に戻っていく感覚になった。


 「やっ、――――――べ。危なかった」

 「ん、こっちもなんとか大丈夫」


 何とか落ち着きを取り戻した二人は改めて壁一面に蔓延る根を―――――『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』を見る。

 この巨大な魔物をどう対処するか、今二人はその事を考えていた。


 いや、


 


 「ってか森が敵って一体何がどうなればそうなるんだよ」

 「そうだね、ボクもあんまり経験ないかなぁ―――――ってか他の人達は大丈夫なの? 上に置いてきちゃったけど」


 十夜は「あ」と言葉を失った。

 あまりにも情報が多すぎて失念していた。

 万里と蓮花は恐らく大丈夫だろうと信頼はあるのだが、それでも他の人達が心配だった。

 そんな事を思っていると、まだ余震が続いている。


 「さっきから気になってたんだけどよ、この地震は一体なんだ? てっきりクスリの影響かと思ったんだが」


 先ほどから続く余震に、ふと先ほどの事を思い出す。


 レギオンとの決着、そしてアリスと対峙していた時に同じように地震が起きなかったか? と。

 そしてその後すぐに地面から蔦のようなモノが飛び出して来なかっただろうか?


 「もしかして―――――これも?」


 アリスの発言に魔術師は黙って頷く。


 「先ほども言ったようにこの『魔術師の宮殿ベートパレス』設立の理由がこの魔物を封印するのが目的だからな。ここ数百年は大人しかったんだが、先日


 十夜は冷や汗を流す。

 間違いなく先日の『愚者の迷宮』の戦いが原因だった。


 「―――――何かすまん」

 「なにが?」


 訳が分からないアリスは首をかしげるが魔術師は話を進める。


 「封印もそろそろ限界が近付いている。私の思念体もそろそろ限界だ―――――封印が解ければこの『死臭を晒す捕食森』が目を覚ます。そうなればどうなると思う? 今まで数百年以上何も飲み食いしていないヤツの事だ。待つのは地獄だぞ」


 十夜は顎に手を置き考える。

 今までと規模が違う魔物の存在にどうするか、という事を。

 だが、それでも気になる事がある。


 「なぁ、ジーサンはこの村が『ビナーの村』ってさっき言ってたけど『ウルビナースの村』って名前じゃねーのか? この村の人達はどうなっちまってるんだ? フェリスやリューシカ、それにシオンや他の人達は?」


 魔術師は少し考えるが、ここで言葉を濁しても意味が無いと感じたのかあっさりと、至極当然のように言った。



 「?」



 魔術師の言葉が酷く冷たい刃となって十夜とアリスの頭に突き刺さった。

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