第69話

 『まずこの〝魔術師の宮殿〟は私がこの世界グランセフィーロにやって来た時に遡る。今はどのぐらいの年数がたっているか分からないが、私がこの〝ヴィジョンスフィア〟に映像を残しているという事はもう私の寿命は尽きたという事なのだろう』


 魔術師の独白は続く。

 ふと、周囲の散乱していた白骨の数々に視線を送る。

 もしかすると、一際古い白骨はここに住んでいた人のモノではないのだろうかと思った。


 『今から推測の話をするが、もしかしたら私達のような〝迷い人〟はこの世界の神様とやらに嫌われているのかもしれない。普通の召喚者には〝恩恵〟を、迷い人には何も与えないのだからな』


 『ヴィジョンスフィア』に映る魔術師は呆れたような声で、しかしその声音には確かな〝怒り〟にも似た感情なモノが読み取れた。


 『まぁ私は魔術を探求し続け、そしてその奇跡にも似た術式を極め〝崇高な魔術師〟とも呼ばれたぐらいだ。〝恩恵そんなモノ〟必要ないがな』


 急な自慢話に魔術師はドヤ顔をしていた。

 横目で隣にいたアリスを見ていると「なに?」と言われたが、別にと答えた。

 魔術師はいちいちドヤ顔でもしなければならないのだろうか?

 これで本当に自慢話で終わったなら絶対にこの鏡みたいなものを叩き割ってやると十夜は静かに誓った。


 『まぁ自慢話はここまでにして、に入ろう』


 魔術師の声のトーンが一段階低くなる。

 空間全体の空気が変わった。


 『私がこの村にやって来たのは偶然だった。ある日突然この世界に迷い込んだ時、


 「『ビナーの村』? 『ウルビナース』じゃなくて?」

 「もしかしたら名前が途中で変わったのかもな。俺らの世界でも地名が変わる事ってたまにあるじゃねーか」


 頻繁ではないが、それでも長い年月が経てばそう言う事もある。

 魔術師の話はまだ続く。


 『この場所は長閑で凄く良いところだ。村人達は優しく、殺伐とした〝魔術の世界〟で生きてきた自分にとっては全てにおいて新鮮だった』


 懐かしむ様子の魔術師の声はどこまでも優しく目も何処か遠くを見つめていた。


 『しばらくこの村を拠点とし、世界中を駆け巡り元の世界へ帰る手懸かりを探していたある日――――』


 歯を食い縛る。

 心なしか震えているようにも感じた。


 『私がビナーの村へ戻ると、


 今でも自分の見たモノが信じられないようだった。


 『慌てて村を探しだし、ようやく辿り着いた時。村人達は〝神の恵み〟だと言って喜んでいたが、様子がおかしかった―――――


 白い花―――――それがもしかするとこの村の名物にもなっている『ウルビナースの花』なのだろうか?

 それにこの魔術師が語る〝森〟とは周囲に生い茂っていた森林の事だろうか?


 そんな事を思っていると、余震のように小さな振動が空洞全体を震わせている。


 『この白い花は私の世界で言う。しかし何故急にそんなものが生えてきたのか? 私が村を離れていたのは一ヶ月ほどだ。その期間であれだけの森や生い茂り、花が咲き乱れるのはあり得ない』


 話を聞けば聞くほど訳が解らない。

 一体この村で何が起きたのか?


 『私は原因を探るべく村を調査し、そして〝ある存在〟に気付いた』


 魔術師は周囲を見回し忌々しい視線を向ける。


 『君達はこの世界に来て魔物と戦ったかね?』


 数多の―――――とまでは言えないが、色々な魔物達と戦闘を繰り広げてきた。

 だが、


 『?』


 回りくどい言い方に先にキレたのはアリスだった。

 刻印を輝かせ魔弾を飛ばす。


 甲高い音を響かせ『ヴィジョンスフィア』が破壊される。


 「回りくどい。さっさと用件を話して―――――ボク達も暇じゃない」

 「イヤイヤイヤ! 壊したら話が聞けねーだろッッッ!? ちょっとは落ち着けよ!」


 十夜はアリスの手を押さえる。

 しかし、声は空洞に響く。


 『なるほど――――


 この宮殿の主たる魔術師が目の前に現れた。


 「いっ!? 本人なのか!? ってか生きて―――――――ねぇよな? 幽霊か?」

 「多分これは思念体。実態じゃないし、魂みたいなものだけど、意思の疎通は出来る―――――キミも気を付けた方がいいよ、魔術師ってほとんど詐欺師みたいなものだから」


 アリスの言葉に魔術師は笑う。


 「はっはっは。確かに試そうとしたのは謝罪しよう。だがお嬢さんは気が短い様で少し落ち着かれてはどうかな?」


 先ほどまでの威厳は何処へ行ったのやら、この魔術師はかなりフランクに話しかけてきた。


 「アンタ、ホントにさっきの魔術師なのか?」


 十夜の質問にあっさりと、


 「そうじゃよ? いやぁ人と話すのは、いや―――――

 「マジかよ」


 十夜は絶句した。

 長い年月が経っていたとは思ったが、それほどとは思わなかった。

 しかし、アリスの機嫌はすこぶる悪い。


 「そんな事はどうでもいいから、いったいここは何なのか早く教えてもらっていいかな? ボクは早く元の世界に帰りたいんだ」


 「そんな慌てなさんな。君達二人に頼みたい事がある」


 まるでアリスの話をスルーしているようだった。

 その間も余震が続いている。


 「ではもう一度言うぞ。この『魔術師の宮殿ベートパレス』は


 魔術師は指を二人に―――――いや、

 十夜、アリスが振り返ると太い蔦があった。

 それは壁一面に蔓延り、根のように張り巡らせている。

 その根を辿っていくと、そこには――――――。


 「な!?」

 「嘘………………」


 絶句した。

 よく観察していると、


 「あれが、通称『始祖の霊長王アルケオプ・イグリティース』と呼ばれている魔物の始祖だ」


 魔術師は忌々しくその根を、いやこの空洞全体を見回し更に告げる。


 「この魔物は『死臭を晒す捕食森シュヴァルツヴァルト』―――――」


 「


 どうやら、今度の魔物は今までとは比べ物にならないほど巨大な存在のようだった。

 十夜は周囲を見回しただ絶句するだけだった。

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