第68話




 三章『真実』



 「ん、―――――――――」


 来栖川アリスは痛みによって目を覚ました。


 周囲は暗くほとんど何も見えないが、とりあえずまだ自分が生きていると言う事は分かった程度だった。


 「こ、こは?」

 「よぉ、目が覚めたか?」


 声を掛けられ咄嗟に動こうとしたが身体に激痛が走り思うように動けなかった。


 ようやく暗闇でも夜目が効いたのか少しだが辺りがボンヤリと見え始めた。

 視界の先には瓦礫の上に腰を掛けている神無月十夜の姿があった。


 「なん、で?」


 絞り出した第一声がそれだった。

 十夜は言われた意味が分からなかったが、すぐに理解した。


 「あぁ、何でって―――――。それだけだ」


 十夜は当たり前のようにアリスに告げる。

 単純かつ明確な理由にアリスは言葉が出なかった。


 「ボクはキミを殺そうとしたんだよ?」

 「でも生きてるだろ?」


 「ボクは『魔術師』だよ?」

 「『魔術師』ってのがどう言うもんか分かんねーけど俺が知ってるのは『ワンダーランド』のAliceアリスだぞ?」


 「何も知らないクセに」

 「知らん。俺は自分のやりたい事をしただけだ」


 何を言っても返されるのが分かったのか、アリスは反論を止める。


 「はぁ、キミって頑固ちゃん?」

 「さぁな。ってかちゃん付け止めてくれる? なんか可愛くてイヤだ」


 まるで子供のような返しにアリスは微笑む。

 少し気が楽になったのか、大きく深呼吸をするとアリスが立ち上がる。


 「もういいのか?」

 「うん、だいじょぶ。それより上に戻らないと」


 そう言って二人は上を見上げる。

 天井は遥かに高くちょっとやそっとでは簡単に登ることが出来そうになかった。


 「こりゃ別ルート探すしかねぇか―――――って、どっちだ?」


 地下空洞は複雑に入り組んでおり、抜け穴が多数あった。

 その中で出口せいかいに続く道が何処なのか十夜には分かっていない。


 「ちょっと待ってて」


 そう言ってアリスは手を翳し右腕に意識を集中させる。

 すると、腕に刻まれた『魔術刻印』が光り輝いていく。


 「〝迷子になった子猫ちゃん〟〝おうちに帰りたいと泣いちゃったっ〟」


 野球ボール大の光の玉が浮かび上がるとふわふわと漂い幾つもある抜け穴の一つへと向かっていった。


 「こっちだって」

 「魔術ってスゲ~」


 何が起きたか分からないままアリスの後を十夜は追いかけていった。


 曲がりくねった抜け穴を二人は先へと進む。

 しばらくは無言で進む十夜達だったが、気になる事があったので道中は十夜がアリスへと質問を幾つかしていた。


 「そもそも魔術って何? 魔法とどう違うの?」


 「この世界での『魔法』ってボク達の世界でイメージされてるモノと似てるだろうね。ホントに〝奇跡〟とか〝神秘〟とかが急にやって来るってそんなイメージかな? 『魔術』はその〝奇跡〟とか〝神秘〟を研究し解明する、そしてその成果を後世に残して『刻印』を刻み続ける―――――簡単に言えばそんなんかな?」


 よく分かってないのか、十夜は「へぇ」と短くまとめた。

 更に、気分を良くしたのかアリスはこの『魔術師の宮殿』に入る仕掛けも簡単に分かったとの事だった。

 魔術師は基本的に学力が高く、いざという時の為に知識などもかなり豊富らしい。


 「謎解きみたいなのは好きだし、何となく魔術的構造が見られたからもしかしてーっておもったんだ。他には?」

 「じゃあさっきから気になってた来栖川が魔術を使う時に歌ってたのは異世界のあるあるで詠唱みたいなものなのか?」


 十夜のイメージとしては完全にRPGかファンタジー小説を頭に浮かべていた。

 しかしアリスは軽く首を振った。


 「詠唱っていうよりも魔術発動の条件キーワードみたいなものだね。ボクは歌うのが好きだから適当に即興で作って魔術を発動させてるんだ。だから適当に作ってるからなのか


 似たようなモノなら発動は出来るけど、と話を続けた。

 なるほど~、と適当に聞いていたがよく考えてみればそれは凄い事ではないのだろうか?


 「………………何気に天才?」

 「そうでもある」


 アリスのドヤ顔に少しイラっとしたが、確かにここ戦闘ではアリスの戦術は読み辛い。

 実際に戦った十夜だからこそその厄介さが身に染みている。


 「来栖川って結構すごいのな」

 「へへん」


 やっぱり一発殴ってやろうかと思う十夜だった。

 そんなやり取りをしながらしばらく進んでいると地下空洞を抜け少し広がった空間へと出て来た。


 「何かイベントが起きそうな空間だね」

 「やめて、それフラグ立っちゃう」


 とは言っても『愚者の迷宮』では同じように広い空間に出た時に戦闘が始まったのは記憶に新しい。

 嫌な予感がしつつも周囲を見回す。


 だだっ広い空間。

 しかし何もない訳ではなかった。

 その地面には〝ある物〟が転がっていた。

 その近くへと足を運びしゃがみ込む。


 「こりゃ―――――――――――白骨、か?」


 朽ち果てた白骨は風化しボロボロになっていた。

 しかもそれは十や二十では済まない。

 軽く見ても百近くはここで人が亡くなっている事になる。


 「スゴイ物騒な場所だね、それに―――――


 アリスの言う通り、その辺に落ちている白骨はどれも新しい。

 流石に数日以上は経っているが一年未満と言ったところなのだろう。

 色々と調べていると、空洞の中心部に鏡のようなモノが置かれていた。


 「なんじゃこりゃ?」

 「さぁ? 鏡――――――みたいだけど、違うっぽい」

 

 アリスが鏡に触れようと手を伸ばした時、鏡が突然光りだす。


 思わず一歩下がり構える二人に対して、鏡から声が聞こえてきた。


 『き―――――こえ、かね?』


 雑音混じりの音声は所々途切れており聞き取り辛かったが、それでもそれを数度繰り返すようになってからは映像が鮮明クリアに映りだした。


 『この〝ヴィジョンスフィア〟を見ている〝迷い人〟諸君、私の声が聞こえているかね?』


 明らかにそれは自分達に言っているように聞こえた。

 二人は黙ってその映像を見ている。


 『これが正しき者に渡るようにここに映像として残す。なおこれは


 魔術師―――――つまりアリスが触れようとした時に、光ったのはそれが原因だったのだ。

 映像に映ったフードを被った男がこちらの出方を窺ったかのようなタイミングでとんでもない事を言い出した。



 『今から言う事は事実で信じられないかもしれないが、今のうちに私と同じ〝迷い人〟の諸君に話しておきたいことがある―――――この〝殿〟について』



 そして魔術師を名乗る男はフードを取り、その顔を現す。

 初老の男が話し始めたのは、この『魔術師の宮殿ベートパレス』まつわる話だった。

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