第66話
影に取り込まれたレギオンを少し離れた場所から見ていたアリスは腕に痣を浮かばせていた。
『魔術刻印』――――――代々、来栖川家から受け継がれる刻印は複雑な術式となっており当代のアリスへと刻まれていた。
「(今ならやれるかな?)」
手を拳銃のように構え十夜へと指先を向ける。
刻印が淡く光り十夜へと魔術を放とうと意識した時、
ズズン! と地響きが起きた。
「何だ!?」
十夜が地震に反応し咄嗟に動いた。
その為、何か弾丸のようなモノが十夜の顔をスレスレに通過していくのを偶然に躱す事が出来た。
「――――――――――何のマネだ?」
「何のマネ? 何となく分からない?」
先ほどまでのアリスの対応ではない。
これが本当の『魔術師』来栖川アリスの姿なのだろう。
「ちょいちょい何となく気付いてたけど殺気飛ばすもんだからかなり面倒だったぞ。あの魔物との戦闘もあったし」
特に驚きもしなかった十夜の対応にアリスは首をかしげる。
「思った以上に驚かないんだね」
アリスは再び指を拳銃のように構える。
洞窟内はずっと続く地震が気になるが、それでも十夜は
「驚き、ってよりもまぁそうだな…………俺も人に狙われるのは初めてじゃねーからな」
「そう」
アリスは静かに呟く。
同時に腕に刻まれた魔術刻印が光る。
互いが対峙し合った。
そして、
地面を突き破るかのように巨大な触手が姿を現した。
完全に不意を突かれた二人は対処に、特にアリスは立っていた位置が悪かったのか足元が崩壊するのが早かった。
「しまっ――――――――」
そのまま拳ほどの大きさの瓦礫が頭を直撃し意識が遠退く。
霞む目の先には光が小さくなっていきフワフワとした浮遊感を感じた。
自然とその感覚が自分が崩れた底へと墜ちていると分かった時には身体の自由が利かなかった。
「(あぁ―――――やっちゃったな)」
『ワンダーランド』の
その際、遠くの方で「来栖川ァァァァァッッッ!」と叫び声に近い声が耳に届いた気がしたがそれを確認する事は出来なかった。
空洞で地震が起きる数十分前、万里と蓮花の二人はダナンとカナッシュを連れ避難場所へと向かった。
確かに二人が言うように、『ウルビナースの村』の住人だけが倒れて苦しんでいた。
「シオンさん! どうしました!?」
蓮花が近寄りシオンを抱き抱える。
万里も近くにいたフェリス、リューシカに声をかける。
しかし、二人とも―――――いや、この村の人達全員が人形になったかのように反応が薄い。
「ダナン殿! カナッシュ殿! 皆は
急に話を振られ戸惑っていた二人に対して、
「皆様が奥へ行かれてからほんのすぐですじゃ。まるで糸が切れたように崩れていったのです」
そう言ったのは『愚者の迷宮』で囚人として働かされていた老人、モリソンだった。
話によると十夜達が奥の洞窟へ行った時、ほんの五分ほどでこの状況になったと言う事だった。
「(そのぐらいでしたら丁度あの洞窟で魔物同士が食い合った時間帯と一致しますね。何か関係が―――――)」
ふと、蓮花の視界がぐにゃりと歪む。
壁に手を付き頭を押さえる。
「蓮花殿!! 大丈夫ですかな!?」
万里の声が遠くに聞こえる。
おかしい。
先のエレクティアとの戦いでも調子が出なかったのは気のせいかと思っていたが、どうにも体調が良くない。
蓮花が口にしたものは先日の『ディアケテル王国』での食事と、今朝方に非常食としてパンを食べただけだった。
「(毒………ではないですね。あと考えられるのは―――――まさか)」
蓮花がこの村に来て唯一口にした物は一つしかなかった。
隣を見ると同じように膝を付き、脂汗を額に浮かばせている万里の姿があった。
「なん、ですかな………これは」
確信が持てた。
恐らく、『ウルビナースの花』から抽出されたお茶が原因なのは間違い無いだろう。
だとすると、更に不味い事に気が付いた。
この村に来た全員がこのお茶を飲んでいるのだ。
歪んだ視界を周りに向けると蓮花や万里だけではない。
全員が倒れてしまっていた。
ダナンもカナッシュもモリソンも全員だ。
更に事態は悪くなっていく。
全員が動けない中、先ほどの洞窟に続く道が突然地面から触手が生えまるで有刺鉄線のように
「かな、づき―――くん、アリス―――さん」
事態は暗雲が立ち込める。
このままでは全滅もあり得る――――――そう思っていても上手く身体が動かせないでいる蓮花達だった。
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