第65話

 バギバギバギィィィィィッッッッッ!! とけたたましい音が鳴り洞窟の奥まで十夜はレギオンを押し込めた。

 やはり何処の洞窟も空洞が広がっているものだとそんなつまらない事を考えながら『黒縄操腕』の手を破壊したレギオンと対峙した。


 「さ、て」


 ここまでは何とか引きずり込めた。

 問題は―――――――。


 レギオンの双腕が刃に、鋭い棘の鞭へと変化する。


 「コイツをどうするか、だな」


 考えが無いわけではない。

 しかしこの『群れを成す存在レギオン』をどう斃すかを考えていた。


 「よくこんな奥深くまで来れたね、キミ」

 「来栖川ッ、来たのかよ」


 思わず声が出た。

 いつの間にか十夜の背後にはアリスが立っていた。


 「まぁキミだけじゃ心許ないからね。それよりも大丈夫なの? 〝アレ〟結構厄介だよ?」


 アリスの視線もレギオンへと向けられる。

 紅玉の身体をうねうねと呻らせながらゆっくりと二人に近付いてくる。

 先ほどの俊敏性はどこへやら、今度はじっくりと追い詰めるようにゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるのだ。


 「まぁ厄介なのは認める。でも何の考えもなしにこんなとこまで来ねーよ」

 「へぇ、何も考えてないかと思った。ちなみに作戦プランは何かある? もし難しいならボクが手伝ってあげてもいいよ?」


 心なしかアリスの表情はドヤァと得意げだったのが気にはなったがあまり余裕が無い十夜は今は無視スルーする事に決めた。


 「で? 『魔術師』であるアリスさんは何が出来ませう?」


 十夜の質問にアリスは顎に手を当て考える。


 「そうだね………まぁそもそも

 「―――――――――――――――――――はい?」


 助けに来た言っていたのにとんでもないカミングアウトを受けた。


 「どういう事デスカ?」

 「ん~、まぁ簡単に言うと?」


 まぁ確かに、と十夜は思う事があった。


 十夜が蹴りを食らわせた時、ゼリーのような感触が足に伝わり手応えよりも気持ち悪さを覚えた。

 更にアリスが放った〝魔術〟も特に効果が無かったようで〝魔力〟を伴った攻撃は無意味だと判断したらしい。


 総合するとこのレギオンはこちらで言う『チート』なのだ。


 「いや最悪じゃねぇか? そんなのどう戦えと?」

 「さぁ? ボクに言われても―――――あ、ほら来るよ」


 アリスの言葉と同時にレギオンの左腕の鞭がしなり二人に襲い掛かる。


 辛うじて躱すも現状では八方塞がりだ。


 「(。でもここでやるには狭すぎる)」


 最悪近くにいるアリスにも被害が及んでしまう。

 そう考えると躊躇ってしまうのだ。


 そこで悪い癖なのか考えると周りが見えなくなってしまう十夜はレギオンの右腕の刃が迫っている事に気付くのが遅れてしまった。


 不味い、そう思いレギオンが振るう刃を受け流せるかと構えた時、


 「〝歩くカボチャをごぞんじ?〟」


 アリスが謳う。

 すると十夜とレギオンの間にはひょこっとカボチャが一つ飛び出してきた。


 「〝片手にランタン片手に包丁〟〝ふわふわ浮いてあら可愛い〟」


 何処の国のお化けか詳しく知らない十夜でも見た事のあるシルエット。

 それは『スコットランドに伝わる鬼火ジャック・オ・ランタン』と呼ばれる怪異。


 「〝それでもこの子は〟〝触れるな御注意よっと〟」


 手にしていたランタンから炎が吹き出しレギオンを包み込む。

 あくまでも『魔術』による攻撃はレギオンに通じない。

 しかし炎などの熱量には多少効果があったようでもがいているようにも見える。


 「むっ、炎熱は効果あり――――っと。どうかな? 何か燃えるもの持ってる?」

 「いくら不良学生でもライターのような便利グッズは持ってません事よ! って炎が効果的っつーかよ、〝アレ〟やばくねぇか?」


 十夜が顔を引きつらせていた。

 レギオンの身体は確かにドロドロに熔けてはいるが、それはダメージを受けているようには見えなかった。


 


 紅玉の身体から滴る肉体の一部が地面に落ちるとジュッとその部分が溶けていく。


 「状況悪化してません?」

 「わぉ」


 レギオンが腕を振るい灼熱と化した紅玉の雫が二人を襲う。


 「こンの、大馬鹿ァァァァァッッッ!!」


 十夜の叫びと呼応するように『黒縄操腕』の一本の腕が二人を守るように展開する。


 ジュッ! と焼ける腕に力を込めながら撒き散らされる死の雫を防いでいた。


 「あらら、大変な事になっちゃったね」

 「ほぼアナタのせいだけどね!! まぁそれは置いといてどうすっか」


 自分の新たな可能性に歓喜しているのか、それともこちらを舐めているのか、先ほどから紅玉の雫しか飛ばしてこなかった。


 「(油断してる? まだ何か隠し玉でもあるってのか?)」


 動く気配の無いレギオンは遠距離攻撃を変わらずにしている。

 だが、


 「―――――――」


 アリスだけが『黒縄操腕』の防御の隙間から様子を窺うと、何やらおかしな事に気付いた。


 「ねぇ、気のせいかもしれないんだけど…………〝アレ〟小さくなってない?」


 ほんの僅かだが、先ほどよりもレギオンの体格が小さくなっている。

 それは微細な変化。

 そして―――――――


 「ッッッ!? 〝ハンプティ・ダンプティ!!〟」


 アリスが突然謳いだす。

 そこで十夜もすぐ傍にいた気配に気付く。


 


 「〝転がり続けて〟―――――〝真っ逆さま!!〟」


 アリスが謳うのは〝重力反転〟の魔術。

 レギオンの攻撃を躱すには自分自身と十夜の重力の向きを変える必要があった。


 自分の体幹が傾くのを感じた十夜はそのまま


 ドロドロになったレギオンが攻撃を振るう頃には二人の姿はそこにはない。

 十夜とアリスは


 レギオンは口無き口を開け嗤っているようにも見えた。

 そろそろいい加減に腹が立ってきた。


 「おい『魔術師』」

 「なに?」


 壁に足を着けるという不自然な体形に平衡感覚を失いそうになりつつ、十夜は口を開く。


 「一分、いや三十秒でいい。あのクソッたれの動きを止めれるか?」


 その真意は分からないが、何かを決めたようでアリスもレギオンを見据える。


 「特に問題ないよ。というか動き止めるだけでも?」

 「あぁ、その後は。あとは俺が何とかする」


 アリスが頷く。

 何が起きるか分からないが、来栖川アリスは神無月十夜という少年に少なからず興味があった。


 先ほど彼と戦った時に感じた

 そして


 『魔術師』来栖川アリスはその〝呪いちから〟の正体を見極めようと思ったのだ。


 「じゃあ、いくよ」


 重力反転の魔術を解き十夜とアリスは動き出す。

 限界時間タイムリミットは三十秒。


 何かを感じたのかレギオンが先手を打つ。

 右の刃と左の鞭。

 触れたものを全て溶解させるドロドロの肉体。

 最早、全身凶器となったレギオンが恐れるものは何もなかった。


 「〝月火水木金土日〟〝七燿しちよう合わせてドッタバタ〟」


 アリスの謳に合わせて七本の魔力で作られた剣が宙に浮く。

 水晶のように煌めく剣はゆっくりと回る。


 「〝働き詰めは身体に毒!〟〝そんな時には〟」


 回る、廻る、まわる。


 くるくるとゆっくりだった動きはやがて回転速度を上げていく。

 ギャリギャリギャリッッッ!! と不協和音を奏でる剣はやがて七つの環に変わる。


 「〝身体を冷やして一休みしなしゃんせ〟―――――『永久凍土の彼方へエターナル・コフィン』」


 水晶の環がレギオンへと向かいまるで踊るように周囲を廻っている。

 レギオンの身体を徐々に削るように回転する刃はレギオンの身体を凍てつかせていく。


 「(さて、そろそろ三十秒か――――)」


 アリスが顛末を見届ける前に、


 


 慌ててその場から下がり十夜を見る。

 そこには舞いを終えた十夜がいた。

 蠢く十夜の〝影〟が十夜の首に巻き付き、同時にその黒かった髪はうっすらと白髪に染まっている。



 神無流鬼神楽『鬼衣おにがさねの陣』・『涸渇魂奪こかつこんだつ』。



 首に巻き付いた影は外套マントのように際限なく伸びていったものになり、所々にひび割れのような裂け目が見えた。


 「さぁ、お前の渇きあの野郎レギオンの全てを奪って潤せ」


 十夜は距離を詰める為に一気にレギオンに近付いた。

 パキパキパキッと凍り付いたレギオンは俊敏性こそ失ったが、まだ攻撃をする意思は残っていた。


 しかし最早その動きは最初よりも見る影もない。


 十夜の影の外套は

 身体が凍てついているとはいえ縛られても効果はない。

 そう思っていた。


 実際、レギオンにダメージは無かった。


 しかしそれ以上に

 それは自身に纏った『魔力』『体力』『知力』そして『生命力』がレギオンから外套へと流れて―――いや、


 レギオンはもがき苦しむが、もうどうにも出来ない。

 抵抗する『気力』すらも奪われていく。


 「凄いね」


 少し離れた場所からアリスが呟く。

 先の戦いで感じた謎の虚無感の正体は恐らくあの影の外套だったのだろう。

 他にも気になる部分はあるが、何となく影の外套が何なのかの検討は付いていた。


 さて、


 アリスはそんな事を考えていた。


 一方、十夜もレギオンとの戦闘を終えようとしていた。


 全ての力を奪われ続けたレギオンは動く事すら儘ならない。

 そのゼリー状の身体を痙攣させながらその腕を伸ばす。


 ―――――タスケテ。


 そう懇願しているようにも見える動作に白髪になった十夜は見下ろす。

 そして軽くステップを踏み『悪食の洞』を呼び起こす。


 「わりぃな―――――お前みたいなのを外に出すわけにはいかねぇ」


 影がレギオンへと巻き付き中へと沈めていく。


 「


 全身が沈みきる直前、そんな声がが聞こえたのを最後にレギオンは暗闇へと取り込まれていった。





 十夜の影、『悪食の洞』の中は暗闇に包まれていた。

 レギオンは全ての力を奪われた為に動きが鈍っていたが、それでもまだ諦めていなかった。


 ここを出て全てを殺す。


 その執念だけを頼りに果てなく動き続けていた。

 不意に、正面に〝何か〟がいた。

 左腕を鞭に変え横薙ぎに振るう。

 確かな手応えはあるがそれでも目の前の〝何か〟は動く気配がない。

 それどころかとてつもなく


 なんだ?


 そう思っていると、その正体が姿を現した。

 液状の身体を持ち、それはうぞうぞと蠢いている。

 見た事があった。

 最弱と名高い『食らうモノスライム』だった。


 だが、


 それは知ってるスライムではなかった。

 所々に傷を負ったスライムはとにかく大きかった。

 下手をすればレギオンと同じ、いやそれ以上だった。


 スライムは十夜の影によって、捕らえられていた。

 その数は凡そ五十体を超えていた。

 そのスライムは十夜の中で身代わりとして攻撃を受け続けた。

 時には真っ二つにされたり切られたり殴られたりと決して無事とは言えないほど傷を負った。

 その度にスライム同士で食い合い、傷を癒してきた。

 だが、傷ついては食らい、傷ついては食らいを繰り返していく内にスライムは


 スライム達の怨みは募り復讐の機会を窺っていた。

 怒りを何処へぶつければ良いのか分からなかった。

 だが、

 今ここに怨みをぶつける相手がやって来た。

 声無き声でお互いが牽制し合う。


 食うか食われるか、同じ形状の魔物同士の戦いが『悪食の洞こどく』の中で今始まる。

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