第60話
「ふっ!!」
短い気合いと共に蓮花は紫電鎖鎌を投げ付け捕らえようと試みるも、
「むーだっ」
エレクティアはその場を動かず蛇のように巻き付いた鎖はいとも簡単に空を切った。
それどころか再び蓮花の背後に現れては一撃を貰い続けている。
「ぐっ、がはっ―――――」
蓮花は混乱している。
目の前にいたはずのエレクティアが気付けば背後に回り込んで攻撃を仕掛けてくる。
今はまだ致命傷を与えられていないが、それも時間の問題だ。
「(これはかなり厄介ですね)」
蓮花は落ち着いて相手と距離を取る。
幸いにも、エレクティアはこちらから手を出さない限り攻撃はしてこない。
「(―――――――どうして?)」
幾らこの男が高速で動いていると言っても蓮花と似たような戦い方ならば攻撃に転じるはずだ。
なのにそれをしない。
色々と考えを纏めたいが、どうも視界が広がるとやり辛い。
ここまで広ければ『空匣』を展開して一気に勝負を仕掛けるかと考えていた。
腕を上げ印を結ぼうとした時、
カサッ、と手に何かが当たる感触がした。
視線を移すが何もない。
しかしそこには確かに何かが触れる感触があった。
「もしかして―――――」
蓮花は構えを解き小太刀を横に振った。
その瞬間、エレクティアが背後に現れる。
「無駄だって言ってるじゃなぁい」
エレクティアの拳は、蓮花に当たる手前で止まった。
「!?」
エレクティアは一気に後ろへ下がる。
止まった、と言うよりも何か固い壁のような物を殴り付けた感覚に近かった。
「やはり、ですか」
蓮花はゆっくりと振り向く。
その大きな瞳はしっかりと光を宿していた。
「エレクティアさん。貴方の『
蓮花の指摘にエレクティアは一瞬だけだが表情を強張らせた。
が、すぐに元のふざけた表情を受けべ、
「へぇ、根拠は何かしら?」
とだけ言った。
恐らく遠からずとも近からず、といった意味に捉え蓮花は話を続ける。
「まず〝透過〟を疑ったのは最初に貴方が出て来た時、幾ら森の中とはいえそんな派手な甲冑に身を包んだ貴方に気付かないワケが無い。一般人ならまだしも私は〝一応〟プロなので」
「それにこの景色―――――私達以外には何も無い空間のように思えますが、実際はこの周囲だけ無色透明にしてしまえば隠れていた私を見つけ出すのは容易だったでしょうね」
先ほど蓮花の手に感じた微かな感触。
それはこの辺りに生えていた草木だったのだろう。
それが無ければこの考えに至らず、混乱して相手の術中に嵌っていたところだった。
「なるほどねぇ―――――――で? もう一つの『空間移動』とやらの解説はあるかしらん?」
余裕を崩すわけもなく、エレクティアは優雅に腕を組みその場に立っているだけだった。
その余裕の表情に引っかかるものを感じながら蓮花は続ける。
「私が攻撃に転じた時だけ貴方と私の位置を交代しているのでしょう? でなければ常に私の死角を先回りする事なんて出来ませんしね」
おかしい場面はいくつもあった。
自分から攻撃する時は常に背後から襲い掛かる時だけだった。
しかもエレクティアは蓮花からの攻撃を待っているだけで場所を入れ替えれば簡単に不意を突けるのだ。
普通なら自分の位置が入れ代われば簡単に気付くモノだが、今は『透過』の能力で周囲が無色透明の空白空間になっているのだ。
入れ替わっていてもすぐには気付けないだろう。
蓮花の一通りの推理を聞いていたエレクティアはしばらく黙っていた。
そして、
「あっははははははははははははははははははは!!!!」
今までのおっとりとした話し方を捨て見た目通りの男らしい笑い声を上げた。
そしてエレクティアはニッと笑うとその目に涙を浮かべ蓮花を見た。
「いやぁ、まさかこの短時間でアタシの『恩恵』に『固有能力』の両方を言い当てられるとはね…………恐れ入ったわ」
エレクティアは腕を上げ指を鳴らす。
すると一瞬で元の景色に戻った。
「お嬢さん、貴女の言う通り。アタシの『恩恵』は〝
そう言ってエレクティアの足元から地面が透明になり、景色がガラリと変わっていく。
「でもね」
先ほどまでの彼の高揚感が嘘のように冷えていく。
殺気、と言うよりもねっとりとしたエスカトーレはまた違った空気。
「一つ、訂正させてもらうわ。例の空間移動の解説には少し語弊があったわね」
そう言うとエレクティアは足元の小石を拾い上げ蓮花の後ろへ放り投げる。
だが、その時に奇妙な現象が起きた。
蓮花の後ろに投げられた小石があり得ないスピードで蓮花の横を通り過ぎたのだ。
「ッッッ!?」
慌てて後ろを振り返るが、もちろん誰もいない。
「分かったかしら?」
エレクティアいつもの雰囲気で小石を手で遊びながら言った。
「私の『
ぐるり、と視界が反転したかと思うと目の前にいたはずのエレクティアが消えた。
否、
強制的に蓮花がエレクティアに進んで行ったのだ。
「『空匣』ッッッ!」
自身を護る無色透明の匣を展開する。
直後、
ゴバァッッッッッ!! と物凄い衝撃が蓮花を襲う。
寸前で止められた拳は蓮花の顔をギリギリで塞き止めていた。
「やるじゃない」
余裕の笑みを浮かべるエレクティアはその一撃では止まらない。
蓮花を覆うように展開する『空匣』を何度も何度も殴り付ける。
「アッハハハハハハッハハハハハハハッハハハハハッハハハハハハハッハハハハハッハハハハハハハァァァァァッッッッッ!!」
確実に、息の根を、止めるかの如くの攻撃に蓮花も反撃に応じる為に苦無を投擲する、が。
「むぅぅぅだっ♪」
身体を〝透過〟させ苦無がエレクティアの身体をすり抜ける。
「くっ―――――」
「言ってなかったかしら? 姿を消すだけが〝透過〟じゃないわよ!!」
エレクティアが拳を大きく振り上げる。
対して蓮花は印を結び『空匣』を展開させる。
だが、
エレクティアの拳は蓮花の華奢な身体に突き刺さった。
「あっ、―――――――か、はっ」
蓮花は吹き飛び体勢を立て直そうと身体を捻り着地を試みるが、
気が付けば目の前にエレクティアの蹴りが迫っていた。
咄嗟にガードをするが腕越しにも衝撃が伝わる。
骨は無事だが、しばらくは使い物にならないだろう。
「痛ッ」
ゆっくりと蓮花が立ち上がるが、状況は極めて最悪だった。
戦い辛さもあるが、なによりエレクティアの『恩恵』と自分の戦闘スタイルでは相性が悪すぎた。
「(失念しました―――――まさか『空匣』も透過してくるとは)」
恐らく拳、もしくは『空匣』のどちらかを透過させ攻撃を当ててきたのだろうと推測した。
そしてその推測は正しく、エレクティアの拳が蓮花が展開した『空匣』を透過させ蓮花に攻撃を当てたのだ。
しかも防御しきったと思い込んでいただけにダメージは大きい。
更に、
「どれだけ距離を取っても無駄よ♪」
エレクティアの『固有能力』、〝
どれだけ距離を取ろうとも、蓮花の位置がエレクティアを中心に回ってしまうので回避が難しい。
しかもそれが背後と決まっていれば何とかなるのだが、前後左右とどこに来るか分からない。
「(本気で不味い―――――ですね)」
異世界に来ただけでここまで相性が悪い相手と戦うとは思わなかった。
元の世界に戻る為に頑張ってきたが、最早これまでか―――――そう思った。
しかし、
「(何で、でしょうね)」
自然と、十夜と万里の笑い声が聞こえた気がした。
そんなものなのか? と言われてる気がして思わず微笑んだ。
「あら? 絶望でおかしくなったのかしら?」
「絶望?」
それこそおかしな話だ。
今までこんなピンチは元の世界でも何度もあった。
自分はこんなところで死ぬわけにはいかない。
もう一度だけ蓮花は小太刀を握る手に力を籠める。
「あと―――――――もう少し」
だが、状況が悪い時ほど色々と重なるようで―――――。
バキバキバキィィィッッッ!!
少し離れたところから一対の巨大な腕が森の中から出て来た。
蓮花やエレクティアが思わずそちらを見てしまう。
「チッ! 新手の魔物!? 何て大きさなの!!」
「あ、――――――れは?」
蓮花も魔物自体そんなに見ていない。
初めて見るのに、何故か恐怖は感じなかった。
その巨人の腕は周囲にあった木々や岩を掴むとだだっ広い空間が出来ている場所、つまり蓮花とエレクティアがいる場所に向かって全力で投げつける。
「もう何なの!! 派手に暴れすぎたかしら!?」
エレクティアは一度周囲の〝透過〟を解き、自身の姿を徐々に消していく。
「今はさようならお嬢さん。もし無事なら、今度こそ決着をつけてあげるわねっ♪」
そう告げると完全にエレクティアの姿は消え、その直後に巨人の投げた木々やそれに混じって岩などが降り注ぐ。
「―――――撤退、しましたか」
正直、敗北を認めたくはなかったが助かった。
あのまま何の対策も立てていなければなす術も無かったのかもしれない。
「ほんと、うに―――――腹が立ちます………ね」
そう言って蓮花はその場で倒れ気を失っていく。
ガサガサと草木を分けて誰かが近付いて来るがそれを迎え撃つ気力がない。
と言うよりも、漠然と何となく気付いていた。
自分が寝ている間に変な事をしたら苦無で串刺しの刑にしてやると、そう思い彼女の意識は落ちていく。
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