第59話

 鳴上蓮花はこの世界に来てこんなに慌ただしいのは初めてかもしれないと弱音が漏れそうだった。


 「はっ!!」


 投げつけた苦無は攻め入ってきた騎士団の甲冑の隙間に入り込みその肉に突き刺さっていく。

 しかし以前と違うのは


 「相手は一人だ!! 進め!」


 厄介なものだと蓮花は手持ちの苦無の本数を数えながら考えていた。

 恐らくあの耐久力タフネスさは『恩恵』によるものだと考えていたが、その正体が分からない以上今の自分にはどうすることも出来なかった。


 「(『空匣』を使えば簡単なんでしょうが、こう木々が生い茂っていては使い辛いですね)」


 蓮花の使う『空匣』は条件さえ合えばいつでも使える。

 しかしそれは広々とした場所でこそ効果を発揮し、障害物が多い場所では出来る事が少ないのだ。


 今でも、


 「うわっ!?」

 「ぎゃっ!!」


 騎士達の短い悲鳴が聞こえる。

 このように、『

 しかし、


 「やはりどれも決め手に欠けますね。やはりあの甲冑が邪魔でしょうか」


 本当に出来るのは嫌がらせ程度。

 どうしても威力が足りないのだ。


 「ここは―――――やはり地の利を活かすしかありませんね」


 そう呟くと蓮花は低く構え木陰から飛び出す。

 障害物が多い場所では『空匣』を使用するより接近戦闘に切り替えた方がより素早く動ける。

 不意を突かれた騎士の内一人は視野の狭さに反応が遅れる。


 「ここに」

 「遅い」


 小太刀を鎧の隙間に刺し込み首筋に走らせる。

 声を出す間も無く一人を撃破。

 しかし流石は騎士団。

 一人失っても陣形は崩れない。


 「カナッシュさん―――――使わせてもらいます」


 ジャラッ、とカナッシュから譲り受けた分銅付き鎖鎌を取り出し鎌の部分を投げ付ける。

 騎士の一人に巻き付き、身動きが取れなくなった所を鎌の刃が突き刺さる。


 「ごふぅっ」

 「次」


 淡々と機械のように作業をこなしていく。

 人の命を奪うのは〝向こう〟も〝こちら〟も変わらない。

 忍びの家系として時には命を奪う事も生業にしているのだ。


 小太刀を一閃させ絶命させた。

 次。


 苦無を投げ付け急所のどに突き刺し絶命させた。

 次。


 投げた苦無を弾かれたが、死角が出来たので背後に回り苦無で喉笛を切りつけ絶命させた。

 次。


 分銅付き鎖鎌の分銅部分で相手を粉砕させ絶命させた。

 次。


 鎖鎌で相手の首を飛ばし絶命させた。

 次。


 そうしていく内に、騎士団の動きが変わっていく。

 どうやら個別に動いては勝機が見出だせないと気付いたのか残った四人が背中合わせで周囲を警戒する。


 蓮花は鎖鎌を投げ付け四人を一纏めにする。

 蛇のように巻き付いた鎖は外れず、しかし鎌は鎧によって弾かれた。


 「とッ取れない!?」

 「落ち着け! まだ勝機はある!!」


 声を掛け合う姿を見て頭が冷めていく感覚が伝わる。

 残念ながら、もう〝王手つみ〟だった。


 分銅代わりにしていた紫色の水晶が輝きを増す。

 バチバチバチッッッ! と激しい電気が流れ鎖全体に電気が帯電していく。


 『愚者の迷宮』で蓮花は『磁鉄巨兵マグネシア』という魔物と戦った。

 コアを中心に砂鉄を操りその巨大な身体を形成していた魔物は〝磁力〟を常に帯びていた。

 そんな魔物と戦った蓮花は『磁鉄巨兵』を撃破した後、魔力結晶を回収しそれを何か『武器』に使う事が出来ないかをカナッシュと相談した。

 そんな彼女が手にしたのは、


 『


 鎖は磁力を帯び土や岩に含まれている鉄を、騎士団が装備していた鎧を、そして振り回していた長剣などの武器を引き寄せようとカタカタと震える。


 鳴上流〝異界〟忍術―――――『紫電閃鎖しでんせんさ


 蓮花の無言のトドメになす術もなく、四人の騎士は自分達が用いた武器や自然の脅威に晒され絶命した。


 「―――――ふぅ」


 一息ついた蓮花は背中を木に着け少し休んだ。

 思った以上に使える事を知った分銅付き鎖鎌―――――改め紫電鎖鎌しでんくさりがまを手元に戻した蓮花は今この場にいないカナッシュに礼を言った。


 「本当に、ありがとうございます」


 さて、こちらは何とかなったが村は大丈夫なのだろうか?

 そう思い蓮花が村へ戻ろうと背を向けた時、


 ―――――ガサッ


 足音がした。


 「ッッッ!?」


 振り返り周囲を探るが誰もいない。

 ただ茂みが鳴っただけ。

 気のせいかと思い武器を下げようと腕を下ろし、


 「――――――――――――――――そこっ!!」


 苦無を投げ付ける。

 そこには誰もいない、



 「あらァ? やるじゃなーい。さすが第四師団長をやっつけちゃった『迷い人』は一味違うわねぇ」



 苦無を投げ付けた方向から誰かが歩いてくる。

 まだ騎士団の残党がいた、という驚きよりも


 「―――――誰ですか?」

 「うふふっ、可愛いお顔だけど殺気が滲み出てるわよ~。怖い怖いっ」


 初めはよく分からない格好をしていた。

 今回、襲撃してきた騎士団は全員が紅い鎧を着ていた。

 そのおかげでこの森の中、そんな目立つ色をしていれば狙うのも見つけるのも割と簡単だった。

 しかし目の前の騎士はどうだろう?


 


 鎧だけでなく髪の色もピンクだった。

 男が、しかも大の大人が、だ。

 もちろんそれだけでもかなりインパクトが強いにも関わらず、蓮花が驚いていたのはそこではなかった。


 


 「―――――初めまして、でいいですよね?」


 蓮花は小太刀を構えたまま目の前にいる〝異物〟に話しかける。


 「あらあら、そんな怖い顔しないでよ~。アタシ傷ついちゃうわぁ」


 どう見ても見た目が厳つい男なので変に感じるが、それはあくまで〝個性〟なので一個人がどうこう言えるものでもない。

 しかし、問題はそこではない。


 「………………これでも私は、周囲の気配に敏感なんですよ。なのに貴方からは何の気配もなく突然現れた。それはどういった手品ですか?」

 「手品? あらやだ違うわよ。一応言っておくけど、これも立派な『恩恵ギフト』よん♪」


 『恩恵』―――――この世界の神が与えたという力。


 だとしても、


 「そんな簡単に教えていいモノですか? 幾ら何でも私を舐めてますね?」


 小太刀を握る手に力が籠る。

 恐らくだが蓮花は予感していた。


 、と。

 忍びが簡単に手の内を見せていた事に自分を殴ってやりたい衝動に駆られたが、今はそんな事を言っている場合ではない。


 見た目で判断してしまうのが一番恐ろしいというのは蓮花は良く知っている。


 「舐めてないわよ~。だってぇ」


 桃色の鎧を着た男が先ほどまで緩んだ表情を一瞬で真剣なモノに変えた。



 「アタシ、負ける気がしないもの」



 殺気を向けられ蓮花は何の躊躇いもなく苦無を投げる。

 逃げられない様に一気に十本。

 そして念には念を入れて視界を苦無で塞ぎ一気に距離を詰める。

 小太刀を一閃させ、これで相手は真っ二つに―――――。


 「せっかちさん。そんなに慌てなくても―――――!!」


 気が付けば桃色の騎士は

 拳を握り締め蓮花の顔面に叩きつけようと思い切り振り下ろす。


 「くっ―――――」


 咄嗟に身体を捻り躱す事に成功したが、それでもこめかみを掠ったのか血が滲んだ。

 脳を揺らされたせいか視界が回る。


 「(ま、ず―――――)」

 「アラ? どうしたのかしら?」


 声はすぐ後ろから聞こえた。

 蓮花は緊急避難として『空匣』を展開し自分の場所に身代わりを立て回避した。


 木の丸太を殴りつけた騎士の拳は簡単に丸太を貫通させる。


 「あらあら、?」


 距離を取った蓮花は何とか回復させようと木の上に身を隠していた。

 大きく深呼吸をし、揺らされた脳を落ち着かせようと精神を統一させる。


 「―――――、ふぅ、――――――ふぅ―――――――よし」


 何とか脳震盪は治まってきたが、それでも問題は一切解決していない。

 速さの『恩恵』なのか、蓮花の目でも全然追いつけない。

 だが、速さにしては最初の気配も無く近付いてきた説明が出来ないのだ。


 「混乱してるみたいねぇ」


 桃色の騎士は姿が見えない蓮花てきに向かって詠うような口調で語る。

 恐らくこの騎士は蓮花のように気配を探るのは苦手らしい。

 このまま隙を見つけられるか、と考えていた。

 だが、そう上手くはいかない。


 「姿が見えないんじゃぁ仕方がないわね」


 桃色の騎士が地面に手を付けた。

 じわり、と騎士が地面に密着させている部分が変化を遂げる。

 そして、


 


 地面が、生き物が、草木が、森が、同じ騎士団の仲間が、全て、全て透明クリアになっていく。


 「な―――――」


 言葉が出ない。

 それはそうだ。

 今、蓮花は悪夢を見させられている。


 


 あるのは桃色の騎士と、そして―――――木の陰に隠れていたはずの蓮花だけがその空間に取り残されていた。


 「みぃつけぇたぁ」


 凶悪な笑みを浮かべ蓮花の視線と騎士の視線がぶつかり合う。


 「ちっ!!」


 苦無を投げる。

 しかし、騎士の姿は消えたと思えば蓮花の背後に回り重い蹴りを食らってしまった。


 「うぐっ!」


 ないはずの地面に転がり脇腹を押さえる。

 ヒビが入ったのか息を吸う度に痛みが走るが、完全に折れてはいない。


 今、彼女は混乱していた。

 確かにここは村の外れの森の中だったはずだ。

 しかし、


 


 まるで水平線をバックに線の上に立っているような、不思議な感覚。


 「これが――――――貴方の『恩恵』、というやつですか?」

 「さぁ? どうかしらね」


 今のやり取りで十中八九この現象は桃色の騎士の『恩恵』が絡んでいるのは明白だった。

 だが、それが何なのか想像が全くつかない。


 「じゃあ、改めて自己紹介しちゃおっかなっ♪」


 桃色の騎士は片手をあげ深々とお辞儀をした。



 「『王国騎士団』第三師団副団長エレクティア・ノーズ。貴女を王国転覆罪の容疑で―――――逮捕しちゃうぞっ」



 桃色の騎士、エレクティア・ノーズは口調は軽く、目は真剣で鳴上蓮花を見据えていた。




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