第55話
一方、十夜と万里はミノタウロスとの
「ここが―――――『
十夜が呟いた。
その場所は森の木々が拓けた場所にあり、遺跡と言えば遺跡なのだろうがそこはただ平地に折れた石柱や神殿の跡地のようなモノがあるだけだった。
「〝宮殿〟と言うからにはもっとこう…………壮大なモノを想像しておったんですが」
万里の言いたい事は何となく分かる。
最初にしていたイメージと掛け離れた『魔術師の宮殿』は普通の観光地のようにも見え、こんな平穏な場所から魔物が大量発生したと言うのが信じられないほど静寂だった。
敢えて言うなら目立つものはピラミッドを縮小させたような三角錐ぐらいだ。
「魔物の気配もありませんし――――場所でも違いましたかな?」
周囲を見回り、特に何も無かったのを確認すると正面に聳え立っていた『門』まで戻ってきた。
「でも破壊痕はこの辺りまで続いてるしな…………何か他にも仕掛けが―――――」
ふと、門から見た正面に三角錐のようなものが歪んで見えた。
ピラミッドをそのまま縮小させ置いたような遺跡は相変わらずそのままある。
もう一度その回りを調べてみても何も見えない。
それでも門から三角錐を見ると空間が歪んで見えるのだ。
「万里―――――――これって」
「ふむ、もしやと思いますが…………十夜殿、拙僧と同じ仕草をしてくだされ」
万里はそう呟くと門の前に立ち合掌をし一礼をする。
そして左足から門をくぐり抜けた。
そこには、先ほどまで無かったはずの入り口らしき穴がぽっかりと空いていたのだ。
「な、んだよ」
「ふむ―――これは寺の参拝手順と一緒ですな」
万里は門を見上げる。
「この門を〝山門〟とし入る前に合掌一礼をする。男の場合は左足から。女性なら右足から入るのが慣わしですな」
自称、破戒僧とは言え元住職の言葉には妙な説得力がある。
「懐かしい感じがしたのでもしやとは思いましたが、いやぁ良かった良かった! カカッ!」
万里はそのまま先へ進むため錫杖とミノタウロス戦の戦利品でもある戦斧を片手に遺跡の中へと入っていく。
「十夜殿! どうしましたかな!?」
「あ、イヤなんでもない―――――すぐに行く」
十夜の中では何か〝しこり〟のようなモノを感じた。
何故、異世界で寺の参拝手順が遺跡へ入る準備なのか? と。
恐らく十夜達と同じ『迷い人』がここへ来て作法を伝えたのか?
もしくは『異世界からの召喚者』が結界のようなものをこの場所に施したのか?
どちらにせよ元の世界に戻る手懸かりと何か関係がある、そう思えてならない十夜は『魔術師の宮殿』の中へと入っていく。
中は薄暗いが、それでも『愚者の迷宮』とは違い平坦な道が続いていた。
心配していた魔物の軍勢もここには居ないようだった。
「しかし、ここまで何もないのは逆に怪しすぎますぞ?」
「何事にも緩急って大事だぞーっ。あと変なフラグは立てないでね。今のは回収イベント必須の台詞だから」
かれこれもう一時間ほどさ迷っていただろうか?
特に罠らしき物も無ければ魔物が出てくる気配は無い。
あるのはただひたすら真っ直ぐな整備された通路と、途中で力尽きたのか人骨が散らばっているだけだった。
「ホント何もないな。もうどんだけ歩いてんだ?」
「一時間以上はずっと歩いてますぞ。ひたすら真っ直ぐですが」
初めこそ喋っていた二人も会話が無くなってくる。
と言うより、
「なぁ、おかしくねーか?」
「やはり十夜殿も?」
初めは不思議な方法で隠されていたこの宮殿の入り口だったので、構造上の外観からでは分からなかった、
しかし幾ら何でも広すぎる。
一時間以上歩いて上下に繋がる階段や曲がり道一本もないのだ。
まるで―――――。
「狐にでも化かされた気分ですな」
「狐なのか? どっちかっつーと仏じゃね?」
十夜の言葉には少しトゲがある言い方だった。
だが万里も元は神仏は信じていない者だったので大して深くは考えなかった。
「ってか、んな事はどうでもいいんだよ。外も気になるし、鳴上も大丈夫なのか気になるし頭がこんがらがってきた!」
十夜は半ばヤケクソ気味に頭を掻きむしる。
こうも永遠と続く通路を見ていると同じ場所をぐるぐる回っているだけだと妙にイライラしてしまう。
「ふむ―――――十夜殿」
「あ?」
何だよ? そう聞こうと振り向くと、
「喝ッッッッッ!!」
通路に反響し鼓膜が揺れる。
耳を押さえ踞りながらプルプル震えた。
「な、何しやが―――――」
「落ち着きなされ、十夜殿」
今度は静かに真剣な表情で万里が真っ直ぐに十夜の目を見る。
そこでハッとした十夜は自分が如何に冷静さを失っていたかを思い知った。
「心配なのは分かる。蓮花殿も村の人達もみんな心配なのは重々承知。この先に何があるのか? 拙僧らが追いかけているのは果たして『
万里の大きい手が十夜の肩を力強く叩く。
それだけで何をそんなに焦っていたのか、と冷静さを取り戻した。
そして、自分の頬を思い切り叩いた。
「―――――すまん。落ち着いた」
先ほどの混乱が嘘かのように思考がクリアになった十夜は改めて自分の状況を確認する。
どうやらこの宮殿には対侵入者用の
最初の入り口での事を思い出す。
―――――寺の参拝手順と一緒ですな。
もし、この仕掛けが異世界から来た人物の仕業だとすれば?
「万里――――この廊下の端を歩いてみるか?」
「成る程!? やってみますか!!」
通路の中央を避けるように端に寄り、ゆっくりと足を前へ踏み出す。
すると二、三歩ほど進んだだけで広い空間に出た。
「やっぱり―――――今度は神社の参拝手順だったのか」
本来、鳥居を境に境内は神域とされている。くぐる前には必ず一礼して入るのが神社の参拝手順だが、宮殿の入り口では寺の参拝手順が使われていた。
だから十夜はこの通路が神社の参道と仮定して、中央は神様の通り道と考えられている。
進むときは端を歩けばもしかすると、と考えたのだがどうやら正解を当てたようだった。
「やっぱりか―――――こんなわざわざ回りくどい事をするからもしかするとって思ってたんだが」
「カカッ! やはり落ち着けば見えぬモノも見えてくるのですな!」
万里が高らかに笑う。
十夜は万里に向き直り頭を下げた。
「すまねぇ。助かった」
「若人を導くのも住職の務め。気になさるな」
そう言葉を交わすと二人は改めて周囲を見回す。
空間には荒れ果てた家屋が並び昔に人が住んでいた形跡もあった。
何より一番目立っていたのは、中央に大きな宮殿が建っていたのが目に入る。
「ここが―――――『魔術師の宮殿』か」
「でしょうな。それに、見てくだされ」
万里の視線の先には魔物だったであろう死骸がその辺に転がっていた。
中には自分達が戦った事のあるオーガやミノタウロスらしきモノもあった。
「ふむ、これだけの魔物を一人で対処されたんですかな?」
「さぁ? 一人かも知れねーし多数かも」
二人が転がっていた魔物の死骸に目を向けていた。
だから気付かない。
宮殿の上に誰かが立っていた。
フードを深く被っていた為、その人物の表情は読めなかったが二人を―――――特に十夜を見下ろしていた。
「まだ―――――生きてたんだ」
そう呟くと、手を翳す。
ぼんやりとその腕には光る〝紋章〟が浮かび上がった。
そして、
「〝砕け逝く足元に〟」
そう〝謳い〟始めた。
『魔術師の宮殿』で戦闘が今始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます