第54話
一方、蓮花はシオンと共に椅子に座ってお茶を啜っていた。
この『ウルビナースの村』で取れる花で淹れたお茶は甘みが強く、蓮花の世界で言う紅茶に近い味だった。
「トーヤさんとバンさん―――――大丈夫ですかね?」
こちらの世界の名前は少し発音が難しいらしく、万里に至っては村の人々が全員「バンさん」で統一されていた。
「レンさんもお茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとうございます。シオンさんが淹れてくれたお茶は美味しいですね」
『魔薬』に使われている材料の一つなだけあって最初は警戒していたが、どうやら本当にお茶としてもかなり高級な味わいがあった。
二人がゆっくりとお茶を楽しんでいると、
ズズゥゥゥンンン!
と森の方角から地鳴りのような音と、同時に周囲が軽く揺れた。
「あら? 地震かしら?」
「そ、そうかもですねー」
何となくだが、この断続的に鳴っている音と揺れの原因に心当たりがありまくる蓮花は冷や汗をかいていた。
「(やはり心配です。何がどうなったらあんな戦闘音が聞こえてくるんですかッッッ!?)」
やはり無理にでも付いていった方が良かったか? と思ったがもしこれが戦闘時の衝撃だとするならば、やはり自分が行っても足手まといにしかならないのではないか? と思ったりもしたが、それでも蓮花は二人を一応信じる事にした。
「やはりいけませんね。今の私に出来る事はゆっくりと養生する事―――――」
ドゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ!!
断続的ではなく、本格的な揺れを感知した村人たちは軽くパニックになっている。
「ヤバいって! 神聖な宮殿に余所者を行かせたから神様がお怒りになられてるんじゃ!?」
「こ、この世の終わりですじゃ」
「ママーッ! 怖いよぉっ!!」
などと割と村は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「――――――――――――――――」
やはり無理にでも行けばよかった、そう思っていたが揺れは治まり村には静けさが戻って来た。
「一体何だったんでしょう?」
「はははっ、何だったんでしょうね」
表情は笑っていたが、彼女の目は全くと言っていいほど笑っていなかった。
蓮花は決着でも付いたのだろうと思っていたのでそれ以上心配する事はなかった。
十夜も中々だが、万里は化け物に近い身体能力がある。
なんだかんだで蓮花も二人を信頼しているのだろう。
「少し外を歩いてきます。ここでゆっくりするのもいいのですがやっぱり少し動かしておかないと」
「そうですか? では私も―――――」
立ち上がろうとしていたシオンを片手で蓮花は制した。
「大丈夫ですよ。それにまだ危険は去っていません。今は何かあってはいけませんので子供達といてあげてください」
そう言ってシオンはしぶしぶだが納得はしてくれたようで家でフェリスとリューシカといてくれるようだった。
村を出て、蓮花は周囲を探索する事にした。
もちろん異常が無いかを調べるのもあったのだが、少し気になる事があったので村を見て回っていた。
そして、
「(やっぱり)」
予感、というよりも予想は確信に変わった。
「男の人が―――――一人もいない?」
今にして思い返せば、確かにこの村に到着した時からシオンを含め女性や子供、老人しか見なかった。
最初は警戒されていただけなのかと思ったが、それならば女性ではなく、男性が前に出て自分達と対峙するはずだった。
しかし、そんな気配はないし隠れているという事もないだろう。
今この村に男性は自分達が一緒に連れて来たダナンやカナッシュ、それに王国に捕まっていた人達しかいない。
「一体、この村の男性達はどこへ」
出稼ぎに出ているのならば分かる。
だが、そんな様子も見受けられない。
「レンの姉御!」
周囲を見回っていると後ろからカナッシュが声を掛けてきた。
「カナッシュさん――――姉御呼びは止めてください」
「あぁすまねぇ。それより『言われてたモン』が出来たぞ!」
その思わぬ報告に蓮花は驚く。
「もう出来たのですか!? まだ頼んで時間は経ってませんよ?」
「早く見せたくてよ―――――っつってもやっぱり工房がなきゃ良い
そう言って渡されたのは稲刈りなどに使われる無機質な鎌に取っ手にじゃらりと鉄の鎖が付いている。
そしてその先端には、紫色の水晶に
「分銅付き鎖鎌―――――よく特徴を伝えただけで造れたものです」
試しに振り回すと、元の世界で使用していたモノより若干扱い辛いがそれでもしっくり来る。
「カナッシュさん。ありがとうございます」
これで苦無、小太刀、分銅付き鎖鎌と三つの武器が手に入った。
『空匣』は秘術なだけあってあまり使いたくない、と言うより使い勝手が悪い。
場所の空間や座標を把握しなければ使えないのだ。
「…………そう言えばカナッシュさんはご存知ですか? この村に男性が全く居ない事に」
蓮花の質問にカナッシュが声を潜める。
「いや実はさっきダナンとも話してたんだけどよ、ここにはダナンの竜車仲間もいたらしいんだが、誰も見てねぇし知らねぇってんだ。でもダナンは絶対いたはずだって言ってたんだけどよ、さっき村の人達に不思議な顔されてたぜ?」
そこまで話をすると蓮花は口元に手を置く。
「(見ていないし、知らない? そんな事があるんですか?)」
だが、ここは異世界だ。
『恩恵』や『固有能力』なんてふざけたモノがあるのだ。
それに特化した能力なのかもしれない。
「一度調べてみても良いかもしれませんね」
ではこれからどうするかを考えていると、
「――――――――――」
何か金属が擦れるような音が蓮花の耳に届いた。
その音はまるで鎧を着た誰かがこちらへ近付くようなモノだった。
「迂闊でした」
この『ウルビナースの村』と『ディアケテル王国』の距離は竜車で数時間ほどしか離れていない。
では、
相手も馬なり竜車なり乗れば追い付かれるのも時間の問題ではないのだろうか?
「カナッシュさん――――皆さんに逃げるよう伝えてください」
「逃げる? どういうこった!?」
音の方角と大きさから距離はまだ少しある。
人数は恐らく十五人前後だろう。
「『王国騎士団』ですよ。人数も多い―――――私一人で捌けるか怪しいので逃げましょう。足止めはしておきますので」
蓮花が鎖鎌を腰に巻き付け、その場を離れた。
同時にカナッシュが村へ危険を知らせに戻る。
「さて、と」
少し休めたお陰か頭はクリアに、そして神経は研ぎ澄まされていた。
あとは副団長、もしくは団長クラスが総出でない事を祈りつつ蓮花は準備に取りかかる。
「(不安はまだあります、が)」
今はその事は頭の隅へ置いておこうと蓮花は苦無と小太刀を握り締めそう思った。
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