第53話

 ミノタウロスの猛攻は厄介極まりないものだった。

 大型の戦斧もさることながら、その剛腕も凶器になっている。

 戦斧を躱してもすぐに次の攻撃動作モーションに入るので近付けないのだ。


 「クソが!!」


 悪態をつく十夜もだが、万里も余裕が見えない。

 いつもは豪快な笑い声を上げる彼もいつもの調子ではないのが気に入らないようだ。


 「十夜殿!! 拙僧は何かこう――――モヤモヤしますぞ!!」

 「やっぱり気のせいじゃなかったか……って事はこの妙な感じは〝アイツ〟が原因か」


 ミノタウロスは嗤い声をあげる。

 この森で割りと上位に君臨するミノタウロスは自分を襲ってくる魔物や人間はそうはいない。

 いてもそれは格上であり、そうなれば自分が狩られる側になってしまう。


 それは嫌だ。


 誰も彼もがこの魔物を忌避し、見下す者がいる度にこの魔物は空腹が満たせないのだ。

 ならば、


 


 そうすれば自ずと餌は自分から狩られにやって来る。

 このミノタウロスの持つ『魅了』はそう言った効果があった。


 だから十夜も万里も油断してしまう。

 そしてその術は見事二人に嵌まってしまったのだ。


 攻撃に転じようにも『魅了』によって


 「色々とめんどくせぇ」


 十夜は独り言を呟く。

 しかしどんなに悪態をついても状況は一転しない。

 そんな事を考えていると、ミノタウロスが動き出す。


 「ブロロロロロロロォォォォォォォォォォッッッ!!」


 その咆哮は二人を威嚇し手に持つ戦斧を大きく構える。


 どうやら一撃で仕留めに来るつもりなのだろう。


 「十夜殿」

 「あ?」


 万里が小声で呟く。

 持っていた錫杖を構え杖頭部分を地面に着ける。


 「恐らくですが、あの牛頭の眼が問題ではないですかな? あの眼を見た瞬間から上手く力が入りませんぞ」

 「眼?」


 試しに、十夜はミノタウロスの眼を見つめる。

 そのがらんどうの眼を見ていると不意に勝つ、という意識が勝てるか? に変わりやがて全てが愛くるしいと思うようになる。


 「――――――――――――――――――はっ」


 頭を振り思考をクリアにする。

 あの見た目を愛くるしいと思ってしまうのはかなり思考がイカれたとしか思えない。


 「クソッたれ。そう言う事かよ」


 十夜は忌々しく

 しかしそれだと違う問題が発生する。

 この命がけの戦闘において、相手の目を見れないのはかなり良くなかった。


 どの達人でも、相手の目を見て判断し行動に移すのがほとんどなのだ。

 その視覚を妨害されるとなると非常に厄介だった。

 さて、どうするか。

 そう考えていた時、


 「ここはひとつ拙僧に任せては貰えませんかな? あの牛頭の眼を潰すぐらいなら


 万里はそう言うと笑った。

 錫杖を持つ手に力を籠める。

 やり方は


 「―――――任せていいか? 眼を潰してくれりゃあとは俺が


 十夜が力強く答え舞う準備を始める。


 「では―――――」


 万里は地面に付けていた杖頭を振り上げ砂埃を巻き上げる。

 風に舞う土煙は


 「拙僧の錫杖にカナッシュ殿が〝土属性〟の『付加術式』とやらを装着して下さった。法力がからっきしだった拙僧が法力の真似事が出来るとは―――――中々に面白いモノですな!!」


 万里の錫杖から力が流れ、土属性に恥じぬ動きを見せてくる。

 砂が礫に、礫が岩石に、徐々に大きくなっていく。

 それは岩石、というよりも隕石に近い大きさになり―――――。

 ミノタウロス目掛けて落下する。


 「巨大な岩、いや隕石が落下する―――――?」


 重力に従い落下する隕石はそのままミノタウロスへと向かう。

 しかし速度スピードが無い分、攻撃は躱し易くミノタウロスはバックステップで隕石を避けようとした―――――が、それは叶わなかった。


 ミノタウロスの足元は流砂のように地面にズブズブと沈んでいく。


「足元がお留守ですぞ?」


 そのまま隕石はミノタウロスの頭に直撃する、そのはずだった。

 とっさの判断なのだろう。

 手にしていた戦斧を思い切り振り上げその落下してくる隕石を打ち砕く。


 粉々になった隕石だったモノはそのまま地面へと


 礫は速度を上げていき、やがて天然のミキサーのようにミノタウロスの顔面をズタズタに引き裂く。


 「ブロロロロロロッッッッ!!?」


 『魅了』という厄介な眼を封じた万里は満足そうに笑うと膝をつく。


 「カカッ、中々に上手くいきましたな―――――今のは『砂刃螺旋さじんらせん』とでも名付けましょうか」


 しかし、能力ちからの行使を慣れていない万里が使うと体力がかなり減ってしまう。

 これでは目の前にいる敵ミノタウロスを斃す事が出来ない。

 そう、


 万里の背後では十夜が足で円を描くように舞い『悪食の洞』を叩き起こす。

 今回使うのは、徒手空拳の『鬼神楽』でも、『災禍の陣』でもない。


 十夜が舞い終わると影が伸び



 神無流鬼神楽『鬼衣おにがさねの陣』・『黒縄操腕こくじょうそうわん』。



 十夜の足元にあった影が伸び黒い魔法陣のような模様が浮かび上がり、


 「さぁ―――――


 凶悪な雰囲気を出す腕が声にならない声をあげその巨拳を握り締める。


 「お、あ―――――っらァァァァァァッッッ!!」


 十夜と連動するように拳を振り抜きながらミノタウロスを打ち抜き巨人の拳はミノタウロスを捕らえ激しく殴打していく。


 「ブッッッ、ロロロロロロロォォォォォォォォォォッッッ!?」


 なす術がないミノタウロスは激しいラッシュに身悶えするが攻撃は終わらない。

 かつて、百手百腕の巨人ヘカトンケイルだった少年は現実の世界からこの世界に勝手に呼ばれ勝手に人体実験として生涯を終えた。


 その怨恨は消して晴れることは無く、この世界グランセフィーロを壊し尽くし現実の世界へ戻るまで神無月十夜に協力する事を条件に力を貸している。


 その為、相手がこの世界の有機物無機物問わずに破壊する〝呪いちから〟に成ったのだ。


 この狭い森の中でも『黒縄操腕』の威力は落ちること無くミノタウロスを蹂躙し、やがてピクリとも動かなくなった魔物は霧散しミノタウロスの魔力結晶と戦斧だけを残して消え去った。


 「―――――ふぅ、もういいぞ戻れ」


 その一言で巨腕は影の中へ戻っていく。

 万里は動けるようになりミノタウロスが遺した戦斧を拾い上げる。


 「十夜殿、先の腕は―――――」

 「あぁ、まぁ


 それだけ聞くと、納得をしたのか万里が「そうですか」とだけ呟いた。

 万里は何となくだが、十夜の背負った呪いがどう言うものかを理解し始めた。

 十夜の影が食らい続ける限りこの呪いは強くなる一方なのだろう。


 使


 「なぁ、十夜殿――――――」

 「何だ?」


 万里は言葉を止めた。

 自分が何をか言う資格はない。

 全てどうするかを決めるのは彼自身だ。


 「いえ、何もありませんよ」

 「??」


 自分達は元の世界へ戻る。

 その目的の為に手を貸し合っているに過ぎないのだ。

 ならば今自分に出来る事は―――――。


 「(いざとなれば拙僧が止めに入ればいいだけの事ですな)」


 そう思いながら万里は先へと進んでいく。

 その歩みには一切の迷いは無い。


 「万里――――――――――――方向逆だぞ」

 「…………………………」


 早速迷っていた万里は慌てて元の道へと戻る。

 今すぐ元の世界へ戻りたいと、不純な動機で頭がいっぱいになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る