第52話

 「本当に大丈夫なんですか? 二人で」


 開口一番蓮花の一言は十夜と万里の二人へと向けられた。


 「何か信用ねーな。息子が遠出する時の親か」

 「カカッ! 心配なされるな! 拙僧も十夜殿も大丈夫ですぞ!!」


 そう言いきる生臭坊主に蓮花は不安を隠さずにため息をついた。

 話し合った結果、『魔術師の宮殿ベートパレス』へは十夜と万里の二人が行くことになった。

 理由は連戦続きや先の襲撃により蓮花の不調を考えての提案だった。

 もちろん蓮花も反論をしたが、自分の体調を一番分かっている蓮花だったので足手まといにはなりたくなかったのだろう。

 そこはすんなりと受け入れてくれた。


 「不覚です。正直不安ですが、ここは二人に頑張ってもらうしかありません―――――お願いですから無茶はしないでくださいね」


 本当に心配してくれているようだ。

 そう思うと少し照れくさい十夜だったが、


 「いや本当に。私がいなくて大切な遺跡を壊したらすぐにこの村を追い出され兼ねないので本っっっっっ気で無茶はしないでください」


 どうやら本当に信用がないだけのようだった。


 「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」

 「では無茶をしないと自信があるんですか? 数時間前の出来事は?」


 そこまで言われて黙っていられるほど神無月十夜という少年は人間が出来ていない。

 だから言い返そうと、


 「――――――――――――――――――はぃ」

 「よろしい」


 全く言い返せなく終わった。


 いや、まぁ暴れましたよ?

 暴れましたけど………ねぇ?


 そこまで十夜が口を出すことは無かった。

 何を言っても上手い言い訳が見つからないのだから仕方がなかった。





 『ウルビナースの村』からその遺跡の入り口までは時間的には小一時間ほど歩いた場所にあった。

 道中、魔物の襲撃を予想していたが一切そんな事はなくピクニック気分で来れたのだ。


 「ふむ、ここまで何もないと些か拍子抜けですな」


 確かに王都から村の道中は敵との遭遇率エンカウントがかなり高かったが、ここまで何も起きないのはさすがに気持ち悪過ぎるのだ。


 「だからって油断すんなよ。前に油断して死にかけたぞ」


 スライムによって水場に引きずり込まれた時はどうなるかと思ったが、やはりあの件も下手を打てば死んでいたかも知れなかった。


 「ですが十夜殿―――――? 実際、


 万里の言う通り、森の中は悲惨な光景が広がっていた。

 この辺りは人型の魔物の発生地なのだろう。

 数時間前に蓮花、万里の二人が戦っていた『ゴブリン』の死体がその辺りに転がっており、森の木々が焼け焦げる臭いとは別に肉の焦げる臭いが辺りに充満していた。


 中には魔物が霧散し『魔力結晶』―――〝魔石〟になり、その辺りに無造作に転がっていたりもしている。


 「間違いなく俺らと同じ異世界人―――――『迷い人』なんだろうな。魔石を拾わずそのまま一直線の方向に向かってやがる」


 初めてこの魔石を見た時、何かも分からずに拾った。

 その魔石の用途は色々使えるので持っておく事に越したことはない。

 なので有効活用しようと十夜は落ちていた魔石を拾い始めた。


 しかし、


 万里の視線は魔石ではなく、森の奥へと向けられている。


 「十夜殿―――――気付きませんか?」

 「あぁ? 何が―――――」


 ごり、ごりっ、ごりぃっ


 何か重いものを引き摺るような音が森の奥から聞こえてくる。

 しかも強烈な殺気立つ〝何か〟がこちらへ向かってくる。


 「何か来るな」

 「ええ」


 二人が身構え、森の奥を凝視する。

 ごりごりごりと何かを引き摺る音が近付き、〝それ〟は目の前に現れた。


 初めは『メムの森』で出会ったオーガを思い浮かべた。

 しかし〝それ〟は鋭利な双角が付いた牛の頭部に筋骨粒々の人体。

 その腕には自身の身長と同じぐらいの大戦斧を携えた牛頭人身の怪物、『ミノタウロス』がそこにいた。


 「あれってミノタウロス―――――でっけぇ」

 「ほう、この世界にも牛頭ごずがおったんですなぁ」


 片やファンタジー、もう片方は仏教の出の住職なので例えがそちらになった。


 二人が呆けていると、ミノタウロスは目の前にいた人間を目視し雄叫びを上げる。

 そして、


 その大戦斧を振りかぶり突進してきた。


 直線に疾走するミノタウロスの攻撃に二人が躱すとそのまま木々を薙ぎ倒していく。


 「すんげぇ突進―――――でも」


 十夜はさほど脅威を感じない事に驚いた。

 初めて遭った魔物や『王国騎士団』の方がまだ脅威だった。


 つまり、


 ミノタウロスが持つ戦斧が十夜を真っ二つにしようと横薙ぎに振るったのだ。


 「!?」

 「十夜殿!?」


 まさかの攻撃に十夜は驚いていたが、『悪食の洞』の中にいたスライムがダメージを肩代わりし数体ほどが真っ二つになった。


 斬られたスライムはその軟体の身体を震わせ原型を保とうと一つになる。


 影の外では十夜が再び構えを取る。

 一体何が起きたのか?


 

 気が付けば


 「な、―――――んだよ、これ」


 自分の身体と思考のチグハグさに戸惑いを隠せない。

 しかしそんな十夜の思いとは裏腹にミノタウロスはもう一度突進攻撃を仕掛けてくる。


 「させん!!」


 オーガの時のように十夜の前に立ち塞がる万里。

 しかし、


 「ぬおっ!?」


 


 続けざまミノタウロスは大きく振りかぶり戦斧を振り上げる。

 危険を察知した二人はその場を慌てて転がるように躱す。

 ズドォンッッッ!!

 と地響きを鳴らしながらミノタウロスの戦斧は地面を抉るだけに留まったが、ニヤニヤとその口の端を吊り上げて嗤った。


 「(どうなってやがる!?)」


 十夜は内心舌打ちをした。

 確かに目の前の魔物は弱くない。

 なのにも関わらず、

 


 その気持ち悪い感覚は万里も感じているようで戸惑っているのが分かった。



 この時、まだ二人はこの世界の〝魔物〟を知らなさ過ぎた。

 一般的に知られている『魔物』と、環境やその土地ので生き残る為にした『魔物』がいる事を。


 『愚者の迷宮アレフメイズ』でエスカトーレが『錬成』の恩恵で改造を施した『鋼鐵巨兵ギガントマキア』と『磁鉄巨兵マグネシア』と言う二体のゴーレムがいた。


 元はこのゴーレムの変異種であった二体も同じで、


 故に、この森で生き抜く為に特殊個体に進化したミノタウロスは個体能力『魅了』を身に付け獲物を狩る厄介な存在となった。



 そんな事は十夜達が知るはずもなく、ただ苦戦を強いられる結果に繋がった。


 ただそれだけだった。

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