第42話

 「いやぁ、スッキリしたァ!!」


 他の人達がいる場所、大空洞に戻る道中の十夜の声は清々しかった。

 久しぶりに? 思い切り暴れられたので気分は高揚していた。


 「ふむ、拙僧は修行中の身。故にそんなもので快楽を貪るにはいきますまい。精進せねば」


 そう言う万里も表情が少しニヤけていた。

 気のせいか、あの『鋼鐵巨兵』と戦っていた時よりもテンションが高い。


 「全く、貴方達は暴れすぎなんです。こんなに目立つなんていけませんよ」


 蓮花はポーカーフェイスを貫いていたが時折鼻歌が聞こえてくるので、彼女なりにストレスが発散されたのだろう。


 「そう言えば、あの第四師団の団長殿は?」

 「ん? あぁ、なんか自分の研究室ラボがあぁなって廃人みたいになってたから、とりあえず逃げられないように〝影〟の一部だけアイツに憑けといた。まぁなんか逃げそうなら〝影〟を通して俺に知らせてくれるし。まぁ


 十夜の声は何ともないように言っていたが、要するに「絶対に逃がさない」と言っているようなモノだった。


 「ま、確かにあの男はそれだけの事をしたんです。当然ですよ」


 蓮花も先ほどとは打って変わって冷たい声になっていた。

 気持ちは分からなくはないが、少し過剰のような感じは気のせいだろうか?

 そう思っていた時、


 「――――――――――――――――――――なぁ」


 十夜が立ち止まり二人を制した。

 その意味と、そして大空洞には捕まっていた人達と、


 「はぁ」

 「またですな」


 二人も何が言いたいのか理解した。

 恐らく、なのだが―――――。


 「動くな!! 『迷い人』共よ!!」


 大空洞に出ると、そこには武装した兵士が十数名がフェリスやリューシカ、それに『鍛冶屋』の男や老人達を人質に取っていた。

 そして、その中央にはこれぞ、と言った風貌の男が立っていた。

 赤いマントには豪華な装飾が、

 頭の上には王冠が乗っておりふくよかな体型をしていた。


 「控えろ『迷い人』共!! このお方はこの『ディアケテル王国』国王、ルイマルス・ディア・ケテル国王様であるぞ!!」


 国王と呼ばれた男は片手で兵士を制し一歩前に出る。


 「初めましてかな、反逆者―――――いや、異世界人とも言えばいいかな? 私はこの国のこk」

 「さっき聞いたから自己紹介はいらねーよ。それにオッサンの名前を覚えるのは趣味じゃねーし」


 国王の言葉を遮り、十夜が一歩前に出る。

 残った万里と蓮花は十夜よりも一歩後ろに下がっている。


 「なッ―――――貴様!! 無礼だぞ!!」


 兵士の一人がリューシカの首に剣を当てる。

 リューシカは今にも泣きそうだったが、十夜の目を見て何かを悟ったようだった。

 小さく頷くとその小さな口をギュッと閉じる。


 「はっはっは、よいよい。異世界の者は〝王〟という存在はあまり見た事がないと聞いておる。そこの『迷い人』よ、そちの名は?」


 国王の質問に耳の穴をほじりながら興味なさそうに適当に十夜は答える。


 「あ、そういうのいいから。さっきも同じ事をしてきた馬鹿がいたけどアンタら学習しないねぇ。まぁ俺の名前が知りたきゃブヒブヒいって地面這いつくばれよ。なら


 十夜は親指を下へと突き立てる。

 明らかな挑発。

 先ほどまでなら疲れがあったのかもしれないが、今の十夜はストレス発散により絶好調だ。

 そんな彼の態度に国王は額に青筋を立てる。


 「よく、聞こえなかったが―――――まぁいい。単刀直入に言おう。お前達私に仕えんか? 今なら私の近衛兵に迎えてやる」

 「あ?」


 十夜は訝しげに顔を歪める。

 明らかな拒否反応。

 しかしそれに気付いていない国王がペラペラと語りだす。


 「悪い話ではないはずだ。お前達の知りたい事を教えてやってもいい。例えば、

 「へぇ――――――――――――気になるね」


 十夜の反応に気分を良くしたのか、国王は喋りだす。


 「そうであろう? 私ならお前たちの知りたい事は答えてやる。だから私に仕えろッ。今なら


 脂汗を浮かばせ国王は必死に説得する。

 目は泳いでおり挙動不審だ。


 「お前たちの知識と強さ。そして我が国に伝わる!!」


 言い切ると国王は肩で息をしている。

 ぜぇっぜぇっと息を切らしながら意気揚々と語っている姿は、何と言うか少し可哀そうに思えてきた。


 何故なら、


 十夜の背後ではズズン! と


 「あ~、いやブタ―――――じゃなかった王様? その召喚用の魔法陣とあのエスカトーレの研究室なんだけどぉ……」


 十夜が喋り終わる前に彼の背後では

 研究所があった場所は崩れ去り、地割れを起こして全て亀裂の中へと消えていく。

 その中には召喚用魔法陣も当然あったのだが、それらも全部壊したのでもうない。


 呆然と口を開けている国王に対し、


 「――――ゴメンねッ♪」


 特に反省の色ナシの十夜の軽い謝罪だけが飛んできた。


 ブチン、と血管の切れる音が少し離れた十夜の場所まで聞こえて来た。


 「こっ―――――ころ」

 「はい、私達を殺す前に兵士さん達はどうやらお眠のようですよ?」


 いつの間にか背後を取っていた蓮花の苦無が国王の首筋に当てられていた。

 十夜の後ろでは蓮花だけでなく万里の姿もなかった。


 十夜が国王を引き付けている間に、二人して人質を取っていた兵士を素早く気絶させていたようだ。

 国王の口が金魚の口のようにパクパクと動いている。


 「さぁて、王様。気になる事いってたけどぉ、元の世界がどうとか言ってたけど…………知ってる事を全部話しな」

 「な、な―――――」


 国王は絶句していた。

 これでまた元の世界に戻れる手掛かりが手に入る。


 そう思っていた――――――その時、


 「く、くくくくく」


 十夜の背後で地の底から響くような嗤い声が聞こえて来た。

 慌てて振り返ると、そこには両腕から血を流したエスカトーレが立っていた。

 片腕は完全に失っており、残った腕もボロボロでとてもではないが使い物にならないほどだった。


 「おぉ! エスカトーレ団長!! よく生きていた!! 早くこの『迷い人』共を殺せ!!」


 今まで委縮していた態度が大きくなっていた。

 現金な国王だ、と思っていた十夜は呆れたように声を掛ける。


 「そんなボロボロの姿でどうしようってんだ? お前にはもう―――――」

 「…………もう、いい」


 エスカトーレの声は空洞が崩壊している音で聞こえ辛かった。

 もう一度よく耳を澄ませていると、


 「もう、どうでもいい」


 と返って来た。

 よく見ると彼の手には〝あの注射器〟が握られていた。

 シリンダーの中には赤味がかった液体が入っている。


 「そりゃ―――」

 「そう、お前達の言っていた『魔薬ベルセルク』だ」


 虚ろな目をしているエスカトーレはゆらゆらとまるで幽鬼のような足取りで一歩、また一歩と近付いてくる。


 「教えてやる『異世界人』。この『魔薬』の効能は中毒性や廃人化、凶暴化じゃぁない。あくまで


 エスカトーレは自分の首に注射器を当てるとそのまま液体を自分の身体に注入した。


 「ぐっ、―――――ふぅッ」


 エスカトーレの全身から血管が浮き出てくる。

 目の色が変わり、言葉も口調も変わってくる。


 「こ、レハっ―――――『恩恵ギフト』ノッ、ちかラヲ、暴走サセる為の劇薬、ダッ」


 ボコボコと身体が変形していく。


 不味い、そう判断した三人は各々が行動を起こす。


 十夜は一気に後ろへ下がり。

 蓮花は捕らえられていた人達を護るように引き下がらせる。

 万里は持っていた錫杖を槍のように投擲しエスカトーレを貫いた。


 反動でエスカトーレは一歩、また一歩と下がり、大空洞に出来た亀裂へと落ちていった。

 様子を伺う三人。

 だが、


 「べる、セルクの―――――効果ハ、『固有能力オリジン』ノ暴、走ダ」


 地の底から響くような声が空洞に轟く。

 身構える三人は気を抜かず周囲を見回す。

 国王と気を失っていた兵士達は突然の出来事慌てるだけだった。


 「モゥイイ―――――王国モ、住人モ、全テワタシガ滅ボシテヤル!!」


 大空洞に殺気が充満する。


 「来ます!」


 何かに気付いた蓮花が叫ぶ。

 それと同時に、

 エスカトーレが落ちた亀裂から


 「おいおいおいッ」

 「これは何ともまぁ」


 十夜と万里が思わず呻いた。

 岩石の魔物ゴーレムがいた。

 体長は多く見積もっても三メートルあるほどの大きさで、直接対峙した万里と蓮花もその大きさは知っていた。

 知っていたのだが、


 


 肌は赤黒く変色し、元々のエスカトーレの身体は筋肉質と言うよりも言い方は悪いが貧相な身体だった。

 だが、そんな体型を覆すほどの蠢く筋肉がより不気味さを増している。

 体長は優に二十メートルほどだろうか。

 いや、

 それでも

 これがもし地上に出たら――――――――――。


 「ワタシノ、『固有能力』ハ〝人知を超える合成獣キマイラキメラ〟。!!」


 腕が肥大化した身体から伸びていく。

 一対が二対に、三対四対と増えていき、五対十本の腕が生え揃った。


 「うっ―――――――――――――――」


 十夜が口を押さえる。

 見えてしまったのだ。

 あの巨体を造り上げるためにどれほどの人が犠牲になったのか。

 十や二十では済まない。

 それ以上の犠牲者があの身体を造り上げているのだ。


 「エスカトーレ――――――」


 もう人間彼には言葉は届かない。

 ただ自分が喋る時に喋っている状態で、もうほとんど自我は無い。


 「グ、ルゥゥゥオアァァァァァァアアアアアアアアッッッ!!」


 百手百腕の巨人―――――『ヘカトンケイル』が咆哮する。


 「エスカトーレェェェェッッッ!!」


 十夜が叫ぶ。

 力を求めていた愚者の王エスカトーレ・マグィナツは今では醜い巨人となって十夜達を襲おうと猛威を振るう。



 『愚者の迷宮アレフメイズ』では最後の戦闘が始まろうとしていた。

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