第41話
④
十夜達の戦闘が終わり大空洞には静けさが戻った。
全てが
彼らは
全部が全部救えないのだ。
その旨を『鍛冶屋』に伝えると、
「それでもアンタ達は俺らの恩人だ。妻と子供も喜んでると思う」
彼の側ではその二人の霊魂が寄り添うようについていた。
その光景を見るとまだするべき事がある。
「さて、問題は―――――」
両腕を縛られているエスカトーレを見下ろす。
最早彼は抵抗する気力も無いのかぐったりとしている。
しかしエスカトーレの目だけはまだギラギラと鋭いモノだった。
「団長さんよ、アンタにはまだ聞きたい事が山ほどあるんだが答える気は?」
しかしエスカトーレは無言を貫く。
分かりきっていたが、正直十夜の後ろで拳を鳴らしている蓮花が恐いので素直に喋って欲しいのが本音だった。
「十夜殿、拙僧はいいのだが『鍛冶屋』の御仁が少し荒れておっての―――――このまま彼らに引き渡すのも有りかもしれませんぞ?」
万里の言うことも一理ある。
彼らは―――特に『鍛冶屋』の男は家族を手に掛けられている。
腹の虫が治まらないのも無理はない
だが、
「いや、そりゃまだ危険だ。俺らが側にいねぇと何かあった時対処が出来ない」
実際このエスカトーレは強かった。
武人としてでなく、この男は何がなんでも生き残ると言う強い意思がある。
そう言った者は何を仕出かすか分からない。
「成程、それも一理ありますな―――御仁はそれで納得して頂けますかな?」
万里の言葉に『鍛冶屋』は納得をし兼ねていたが、それでも十夜達がいなければ自分達でどうにか出来る相手ではないのは重々承知していた。
だから、『鍛冶屋』は拳を握り締めそれでも十夜達に頭を下げた。
「すまない―――――アンタ達に頼めるか?」
「あぁ、悪いようにはしねぇよ。コイツにはきっちりと落とし前つけさせてやる」
十夜は『鍛冶屋』の肩に手を置くとそのままその場を後にさせた。
「さて、もう一回聞くけど―――――アンタには色々と吐いてもらう。迷い人の事や『
首根っこを掴み、エスカトーレを先へと案内させる。
向かうのは、エスカトーレが出て来た扉の奥だ。
「だんまりしててもいいけど、後で後悔すんなよ?」
ニッコリと笑う十夜の背後では更に怖い笑顔の蓮花が毒付きの苦無を持ち構えていた。
これ以上無言を貫いていても仕方がないと判断したエスカトーレはしぶしぶと歩き出す。
「みんな少し待っててくれ」
十夜が言うと、フェリスとリューシカが近寄ってくる。
「お兄ちゃん」
「だいじょうぶ?」
心配そうな表情をしている二人の頭を優しく撫でる。
「あぁ、すぐに戻って来るから大人しく待ってな」
そう言って三人はエスカトーレの案内の元、奥の扉へと向かった。
扉の奥はねっとりとした空気が漂っていた。
部屋の中は暗く、文字通りの一寸先は闇という状況だった。
「むぅ、暗くてよく見えませんな」
「右に同じ。ってか鳴上いるの?」
十夜の呼びかけに蓮花が答えた。
「えぇ、一応これでも私はくノ一ですよ? 夜目は利く方です。ちなみにこの男もいますよ」
どうやら蓮花が見張っているようでエスカトーレは下手な動きを見せていない。
大人しすぎて逆に不気味だったが、今は少しでも元の世界に戻れるよう情報が欲しかった。
「―――――ここだ」
エスカトーレが立ち止まるが、暗すぎて全く何も見えなかった。
そんな彼らの心情を悟ったのかエスカトーレは「
すると部屋全体が明るくなった。
特に松明や電気の類は無い。
なのにその部屋だけ明るくなったのだ。
「異世界すげぇ」
「便利ですな」
と男共は感心していたが、一人蓮花だけはスンとしていた。
特に興味が引かれるわけではないようだった。
その場所はフラスコやらビーカーなど、見ようによっては研究室のようにも見える。
そして机の上には見覚えのある〝白い花〟と〝注射器〟―――――そしてあまり見覚えのない鉱石が置いてあった。
色は乳白色で少し透明がかっているその石が、〝例の鉱石〟なのだろう。
「何かここだけ現実的だな。それに―――――」
十夜がチラリと横目で〝ある物〟を見る。
そこは白いベッドのような台が置かれており、白のベッドにしては所々に赤黒いシミが付着していた。
それはどう見ても〝血〟だった。
何が行われていたのか?
何故そんなものがあるのか、と疑問は浮かぶがエスカトーレという男はどういった人間かを知れば答えは自ずと知れてくる。
「胸糞悪い場所だな…………」
十夜が呟く。
色々と察したのは十夜だけでなく、万里と蓮花も何となく気付いた。
万里は手を合わせ「南無阿弥陀仏」と呟いていた。
「で? 肝心の〝魔法陣〟とやらはどこに?」
蓮花の声が無機質な物に変わる。
どうやらかなりご立腹のようだ。
「―――――この先だ」
顎で指示したのは隣にももう一つ部屋があった。
その部屋は今までの場所とは違い、豪華な装飾が施されており異空間になっていた。
そして淡い光に包まれた部屋の光源は足元に描かれている『魔法陣』からだった。
「ほう、これが」
「そうだ。貴様らの言う〝召喚魔法陣〟―――――これで異世界から貴様らのような奴らを召喚している」
ようやく見つけた手掛かりの一つに飛びつきたくなるような気持ちを抑え、十夜はその魔法陣をまじまじと見る事にする。
大きな魔法陣は家が一軒丸ごと入るほどあり、その用途は十夜達のような現代にいる者達をここへ召喚する為だというのが分かった。
だが、
「よぉ、肝心のこの魔法陣なんだが……動いてないぞ?」
何故かそんな事が分かった。
これも『悪食の洞』の影響なのか? それとも怨霊などと言ったモノと関わって来ていたからなのかは分からないが、この魔法陣は今は機能していないという事だけは理解できた。
「当たり前だ―――――それは一方通行だぞ。向こうから呼び寄せる事は可能だが、こちらから向こうへ帰す事は出来ない。残念だったな」
勝ち誇ったような嗤いをその歪んだ表情に浮かべるエスカトーレだったが、近くにいた蓮花が軽く殴る。
急所に入ったのか、それとも十夜から受けたダメージがまだ残っているのかは分からないが、エスカトーレは悶絶し蹲る。
「余計な事は言わなくていいです。それよりも一方通行とは?」
蓮花が聞くと、痛みを堪えているエスカトーレが語る。
「言っただろう―――――こっ、これは召喚魔法陣だと。召喚する為〝だけ〟の魔法陣なんだ。これで元の世界には戻れない」
どうやらふりだしに戻ったようだ。
「参ったな、元の世界に戻れないのか……これからどうするか」
「そうですなぁ、しかもこの『まほーじん』とやらがここにある限り異世界からどんどん人を呼び寄せる、と」
「本当に、はた迷惑なモノですよね。この部屋を含めて全部」
三人は特に目を合わせるわけでもなく、無言で各自武器を構える。
十夜は武器を持っていないので先ほどの胸糞悪い部屋へと向かう。
「な、何を―――――」
エスカトーレが言い終わる前に、
「「「まずは、ここをぶっ潰すッッッ!!!」」」
三人の声がハモり大暴れしだした。
万里は召喚魔法陣のある部屋を、十夜と蓮花は恐らくエスカトーレの研究室らしき部屋を片っ端から破壊しつくした。
もちろんこれ以上、異世界からの犠牲者やエスカトーレが行っていた〝であろう〟研究も全てだ。
しかし正直に言ってしまうと半分以上はただの八つ当たりだった。
折角ここまで来て、という気持ちと。
帰れると思った分の落胆もだが、今までの苦労が見事に水の泡になったのだ。
これが八つ当たりせずにいられるか、というのが彼らの〝本音〟だった。
「やっ、やめ―――――」
エスカトーレの消え入りそうな声は三人には届かない。
それどころではないのだ。
三人共暴れすぎてその破壊音やらストレス発散による雄叫びやらでエスカトーレの声が一切耳に入らない状況だった。
そして、
三人がふりだしに戻る、という選択を強制的に執行させられたストレスはこの研究室及び召喚魔法陣の間の破壊という行動で少しだけ治まる事が出来た。
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