第40話




 ③無法者かなづきとおや愚者の王エスカトーレ・マグィナツ



 エスカトーレはしなる青銅の鞭を縦横無尽に振るっていた。

 本来、鞭と言うのは扱いが難しく映画や漫画などのように自在に操れるモノではなかった。

 しかしエスカトーレの青銅の鞭ネフシュタンは特別製で彼の意思を汲み取り動くモノだった。

 第四師団団長の称号は伊達ではない。


 


 「(おのれッッッ!? 何故躱す事が出来る!?)」


 自身の技量と狙った獲物を蛇のように追いかける自動追尾の『付加術式エンチャントコード』を取り付けているのだ。

 まず初見では躱す事は出来ない。

 それは他の団長達も同じだった。


 なのにも関わらず、対峙している少年は


 「お、のれぇぇぇェェェェェッッッ!?」


 エスカトーレの咆哮が大空洞に響く。


 「(野郎、相当焦ってやがる)」


 同時に、十夜もかなり際どい戦いを強いられていた。

 何度もうねるように動く鞭に冷や汗を掻きながら十夜はエスカトーレの操る鞭を捌いていた。


 途中で不規則な動きをする鞭には何度か当たってしまっていたが、そこは身代わりのスライムがダメージを肩代わりしているので問題は無いのだが、それでも限度がある。


 「(今はまだ油断してる―――――でもいつかはバレるだろうな。スライムにも限界があるし何とかこのまま)」


 十夜の祈りが通じたのか攻撃に一瞬の隙が出来ている事に気付いた。

 そこを見逃す手はないと感じた十夜は一気にエスカトーレの懐へと飛び込む。


 腕を引き絞り腰を極限まで捻る。

 このままエスカトーレの鳩尾に『鬼槌』を決めれば、

 とそこまでは良かった。


 しかし、


 


 「ッッッ!?」


 慌てて引き下がる十夜だったが、

 エスカトーレは手を翳し指同士の摩擦で雷撃を放った。


 一直線に走る雷撃は十夜を直撃する。


 「が、っ―――――つぅッッッ」


 身体が痺れ上手く動く事が出来ない十夜に追撃を仕掛けるエスカトーレは次に手の平を地面へと付ける。

 そこから無数の石爪せきそうが十夜を貫く。


 「こ、の―――――舐めんなァッ!」


 後ろに転がるように回避し再び距離を空ける。

 不様に転がる十夜をエスカトーレは嘲笑う。


 「油断しましたねぇぇぇッ。今のは最高でしたよ」

 「そうかい。俺は面白くなかったよ」


 チッ、と舌打ちをしてもう一度構え直す。

 腐っていても第四師団団長という肩書きは伊達ではない。


 頭に血が上るのを抑え、一度冷静になる。

 そして今起きた事を考える。


 「(コイツの『恩恵』なのか? あの雷撃も厄介だが地面から生えた石の爪みたいなのも…………統一性が無い。ってか昔見た漫画みたいな事してきやがって)」


 友人に読ませてもらった漫画を思い出す。

 そして、

 


 「―――――なぁ、もしかしてアンタ…………?」


 この世界には無い技術。

 注射器という概念があるかは知らないが、十夜はある仮説を立てた。


 「はて? 何の事でしょうかァ?」


 エスカトーレは答えない。

 裏を返せば、


 


 「なるほどな―――――お前の『恩恵』って?」


 無表情になるエスカトーレを見て確信した。

 どうやら十夜の予想はある程度当たっていたようだ。



 十夜の予想通り、エスカトーレ・マグィナツの『恩恵ギフト』は〝錬成〟。

 本来は武具や日用品などを作り上げる事の出来るモノで、あの『鍛冶屋』の男の授かった〝武具生成〟の上位互換なのだ。



 ただそれだけでなく、ある程度の条件―――――指同士を擦り合わせれば静電気を何十倍にもして雷撃を、土煙を凝縮させ石の爪に変換する事も出来るというわけだ。


 問題は、


 そこは恐らく、


 「異世界から来た人間からヒントでも貰った、ってところか。あの注射器の形もゲームの知識がありゃ簡単に造る事が出来るだろ。あの雷撃の仕掛けとか石の爪も漫画からヒントがあれば想像つくだろうしな」


 実際、十夜はその手の漫画を読んだ事があったから閃いただけで、もしかしたら『恩恵』で得た物かもしれない。

 だが、

 と考えた。


 「ふ、ざっ――――――けるなァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 予想は大方当たっていたようで激昂したエスカトーレは指を擦り雷撃を放ち、同時に足の爪先で地面を蹴り上げ石爪を造り上げ十夜を襲う。

 それを十夜は器用に躱していく。


 「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」


 激情に身を任せたエスカトーレの攻撃は読みやすく、同時に飛んでくる鞭も先の攻撃の邪魔をして軌道が分かりやすかった。


 「わ、私の『恩恵れんせい』はそんな簡単な物じゃないッッッ!! 何も知らない『異世界人』が、神に呼ばれなかった『迷い人』風情が私を見下すなッ!!」


 エスカトーレの猛攻を少しづつ、確実に躱していく。

 今度こそ、懐まで入り込んだ十夜はもう一度『鬼槌』を食らわせる為に右腕を大きく捻り捩じった。

 しかし、激昂したエスカトーレだったが、何をしてくるかが


 「(馬鹿め!! 何度も何度も懐に入られれば狙いは分かる!!)」


 青銅の鎧に触れ、錬成陣が展開される。

 鎧の胴の部分に鋭い棘が錬成され触れれば大怪我では済まされない。


 だが、十夜はお構いなしに極限まで腕を捩じる。


 「な、―――――――――――」


 エスカトーレの声が漏れる。

 同時に十夜はエスカトーレの棘付きの鎧に掌底を叩き込み捩じる。



 神無流絶招、鬼神楽弐式〝改〟・『双手鬼槌そうしゅおにづち



 突き出し捩じった右腕を放った後、更にもう一歩踏み込み


 二重の衝撃がエスカトーレの体内で暴発する。


 「ぷ、ぎょぼえろヴぉあおああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!?」


 胃の中の物を全て吐き出し数秒痙攣したあと、

 びしゃっ、とエスカトーレは自身の吐瀉物の中に沈む。


 「―――――――――――――――――――――――――――――――」


 何とか勝てた。

 最後に鎧から棘が出て来た時は冷や汗モノだったが、それも身代わりスライムのおかげで無傷で済んだ。


 いや、


 正直これ以上はスライム頼りになるのも如何なものか、と十夜は考える。

 今は大人しいスライムもこれ以上生命の危機に瀕すると


 だが今は、


 「神無月くん!」

 「十夜殿! 何とか勝てましたな!!」


 遠くで戦闘をしていた二人が十夜の元へと駆け寄る。

 視線を向けると、二人の後ろでは激しい戦闘の跡が残っている。


 「よー、お前らも勝ったのか?」


 気を抜き二人に近付く十夜。

 その後ろでは、


 「ひゅーっひゅーっひゅーっひゅーっ」


 内臓を損傷し、瀕死の重傷を負っているエスカトーレが

 それは鏡のようにも見えたのだが、自身を写すための物ではなく、表面を十夜の方へと向けていた。


 気を抜いた三人に気付かれないよう、エスカトーレの口の端は吊り上がり醜く歪む。


 この道具はエスカトーレが〝錬成〟で造り上げた物の一つ。

 『真名操葬ネームドマリオネット』―――――相手の真名を裏面に書き、対象を表面に移す事で相手を自在に操る事が出来る凶悪な道具だ。


 「(これで貴様らは殺し合えばいい―――――私を馬鹿にした貴様らを、絶対に許さんッッッ!!)」


 エスカトーレは裏に名前を、

 神無月十夜と書き、

 表面を十夜へと向ける。


 これだけで『真名操葬』の儀式は完成する。

 このまま自分を馬鹿にした神無月十夜あのガキを操り残った迷い人を殺す。

 謀反を起こした罪人も極刑だ。

 そう思い、これから起こるであろう悲劇に嗤いが止まらない。


 勝負ありチェックメイト―――――。


 そう思った時、手にした『真名操葬』がバギンッ、と音を立てひび割れた。


 「えっ?」


 間抜けな声が出たと自分で思った。

 そして、

 『真名操葬』が破壊されたと同時に十夜の拳がエスカトーレの顔面に突き刺さる。


 「ッッッッッ!?」


 そのまま勢いに任せてエスカトーレは転がっていき、完全に気を失った。


 「ふぅ、油断も隙もねー奴だな」


 十夜は粉々になった『真名操葬』の破片を手に取り、指で弾き投げ捨てた。


 「よく気付きましたね。あれだけで何かしてくるって」

 「んー、まぁな」


 十夜がチラリと気絶したエスカトーレの後ろを見ていた。

 そこには

 何となく万里は気付いており、霊感などない蓮花は頭にはてなを浮かべていた。


 「ま、いつでもどこでも誰かに見られてるってこった。悪い事は出来ないねぇ、


 十夜は吐き捨てるように呟いた。

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