第39話




 ②無法者えいじょうばんりと愚者の使いⅡ



 万里は一つの戦いが終わる様子をチラリと横目で見ていた。


 「向こうは終わったようですな―――――しかし最近の忍者くのいちは凄いですな。空中に浮く術を持っているとは」


 『鋼鐵巨兵ギガントマキア』の猛攻は続いているにも関わらず万里の余裕は崩れない。

 寧ろ、


 「遅いっ」


 『鋼鐵巨兵』の攻撃を躱すまでに至っている。

 ギリギリを躱し、がら空きの身体に万里の拳がめり込む。


 もちろん、この物言わぬ魔物に〝痛覚〟などはない。

 だから万里の拳を受けていて尚、勇猛果敢に突撃してくるのだ。


 「惜しいですな」


 万里は構えること無くその場に立っている。

 その表情はあまり明るくはなかった。


 「拙僧も喧嘩師として色んな方と拳を交えて参りましたが、これほど虚しい喧嘩は今までありませんでしたぞ」


 『鋼鐵巨兵』は自分が憐れんだ目を向けられている事に気付いていない。

 だが、


 ――――――――――ッッッ!!


 意図を汲み取ったのか『鋼鐵巨兵』は雄叫びを上げた


 万里も同じく上半身だけ袈裟をはだけさせ、自分の身体を露にする。

 そして、


 「永城万里―――――参るッッッ!!」


 万里の拳と『鋼鐵巨兵』の拳が交わる。

 爆音にも似た衝撃が辺りを支配する。


 「ぬぅッ」


 弾かれたのは万里の拳。

 追撃が速かったのは『鋼鐵巨兵』の拳。

 その凶器が万里の顔にめり込む。

 ぐしゃり、と何かが潰れる音が空洞に響く。


 だが、


 何が起きたか理解が出来ない。

 だが、万里の反撃は止まらなかった。


 「ふんッッッ!!」


 ただの無動作での蹴りが『鋼鐵巨兵』の胴体を浮かせるほどに強力で鋼の身体がひしゃげるほどだった。


 永城万里という男は『気功』を無意識に使っている。

 それは鍛練というものをした事がなく、俗に言う彼は〝天才〟だった。


 『気功』を練り上げる時間からそれを全身に回し攻撃に転じるまでの時間は凡そ、力を発揮する事が出来る。


 少し前に、自分の戦闘スタイルを見た十夜が、


 「アンタの戦い方―――――ってか気の使い方って、アクセルひと踏み一秒未満でゼロから五百キロまで一瞬で加速するバケモンマシーンみたいだよな」


 と言っていたのを思い出した。

 それ故のこの脚力と膂力なのだろう。

 もちろん身体の造りもあるのだろうが、今のメンバー内では攻撃力の一点のみで言えば万里の右に出る者はいないだろう。


 『鋼鐵巨兵』の巨体がサッカーボールのように跳ねて転がり続ける。

 だが、

 それだけではこの『鋼鐵巨兵』は終わらない。

 体勢を整えたこの魔物は身体からパキパキッゴキゴキィィッッ! と音が鳴るとそのまま鋼の身体が元に戻っていく。


 その様子を少し離れていたところで見ていた蓮花が驚いていた。


 「ここ、異世界ですよね?」


 蓮花が呟くのも無理は無かった。

 今の現象は元の世界で見た事があった。


 形状記憶合金。


 どんなに破損し、形が崩れても元の状態に戻せる金属の名称。

 もちろんこの異世界にもそう言った技術はあるのかもしれないが、それにしてはあの特殊な注射器といい、この形状記憶合金といい、こちら側の物がこの異世界には多いような気がしてならなかった。


 そんな事を知ってか知らずか、万里は感心をしていた。


 「ほう、やはり先ほどと同じくあの妙な石板を破壊しなければなりませんかな?」


 間違ってはいない。

 いないのだろうが、そもそもあの『鋼鐵巨兵』も万里との相性は良くないのかもしれない。

 喧嘩殺法というべきか、喧嘩スタイルの万里と、〝核〟どころかあの無限に修復される装甲を持つ巨体の魔物―――――恐らく難しい戦いになるだろうと蓮花は睨んでいた。


 もちろん、万里がそんな細かい事を知る由もなく、


 「さぁ、喧嘩の続きですぞ」


 と拳を合わせもう一度『鋼鐵巨兵』の正面へと向かい合う。

 どうやら、とことん徹底した接近戦がご希望のようだ。

 それは万里だけでなく、同じように両手をだらりとぶら下げ『鋼鐵巨兵』を見据える。


 万里と『鋼鐵巨兵』の距離、凡そ十メートル。

 その距離を―――――、


 「ふっ!」



 



 初めて『メムの森』でオーガに見せた突進力。

 それを再び見せたのだ。


 そのままのスピードで繰り出した万里の蹴りは『鋼鐵巨兵』の身体をめり込ませ、同じように吹き飛ばす。

 しかし、いくらダメージを負わせても身体が修復されてしまう。

 そこで万里が考えたのは、


 


 だった。

 もちろん有言実行できるほど『鋼鐵巨兵』は弱くは無い。

 この場にいる者には普通に敵わないのだが、万里にとって


 『鋼鐵巨兵』の身体は修復を急ごうとバギバギゴギガガギアイギアイアギイィィッ!! と複雑な音を立て修復を急ぐが追い付いていない。


 万里の表情はいつもと違い無表情だ。

 悦楽も歓喜も憤怒も哀愁も喜怒哀楽全ての感情が無かった。

 ただ目の前にいる〝敵〟を殲滅する為に拳を、蹴りを繰り出している。


 そして、


 時間にしてみれば約三分ほどしか時間は経っていないのだが、気が付けば万里の足元には『鋼鐵巨兵』残骸モノが散らばっていた。


 「永城さん」

 「ん? おお、蓮花殿―――――いやお恥ずかしいモノを見せてしまいましたな」


 拳には血が滲んでいた。

 それは攻撃を受けた傷ではなく、殆どが『鋼鐵巨兵』を殴り過ぎてその破片で切った傷だったりした。


 「カカッ、少しやり過ぎてしまいましたな」


 今の万里の表情は、後悔をしているのかあまりいい表情はしていない。


 「昔のクセですな…………もちろん悪い意味でのですが」


 万里は拳を握る。

 少し痛みはあるのだが、そこまで酷くはない。

 代わりに別の所に痛みがあるように思うが、蓮花はそれ以上何も言えなかった。


 「少しでも自分より強者と出会うと、頭が熱くなり今のようになってしまう。全く、何のために出家したのやら分かりませんな」


 そんな彼の独り言を聞いていた蓮花は、ふと何かに気付き万里の肩を叩く。


 「まぁ見る人が見れば少し引いてしまうかもしれませんね。ですが、


 万里が驚いた顔で蓮花を見る。

 彼女の視線は違う方を向いていたのでその先を追うと、捕まっていた人達が歓喜の声を上げていた。

 中には泣いている『鍛冶屋』の姿もあった。


 「前の貴方がどう言った人かは知りません。ですが―――――今は助かる人もいる。そうでしょう?」


 蓮花の言葉に、


 「そう、ですなぁ」


 万里は短く答える。

 そして、どこか吹っ切れたように錫杖を拾い上げ最後の敵であろう男を見据える。


 「では、もう一仕事参りますかな」

 「ええ」


 この戦いを終わらせるため、

 十夜と青銅の騎士の戦いに目を向けた。



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