第38話
四章『大空洞の戦い~
十夜は素早くエスカトーレの懐に入ろうと大地を蹴りあげる。
まだ油断している今だからこそ先手をかけようと判断した。
が、その刹那頭上から何かが降ってきたのだ。
「ッッッ!?」
間一髪のところで躱す事が出来たのは本当に偶然だった。
ただ偶然にもエスカトーレの視線が一瞬だけ上を向いていたから避ける事が出来たのだ。
「ほう、今のを躱しますか?」
卑しい笑みを浮かべたエスカトーレから十夜は再び距離を取り今しがた空から落ちてきたモノを見る。
巨大な岩の塊はパキパキと音を立て蠢いている。
それはつい先ほど対峙した魔物で―――――。
「ゴーレムッ!?」
「ほう、よく知っていますね―――――ですが、迷宮で遭遇したモノと一緒にしない方がいいですよ」
一方は先ほどのゴーレムのように黄土色ではなく、銀色に近い―――――どちらかと言えば鋼色のようなゴーレムが。
そして、もう一方は一言で表すのならば〝漆黒〟だった。
うねうねと蠢くその漆黒のゴーレムは今までのどの魔物よりも生物に近い魔物だった。
「これこそ私の最高傑作―――――『
二体のゴーレムの変異種が雄叫びを上げる。
物言わぬ巨兵だったはずの魔物は確かな意思を持ち、明確な殺意を以て十夜達に襲い掛かる。
「いかん!! 皆はあちらへ!! ここは拙僧らが食い止める!!」
万里は『鋼鐵巨兵』の進撃を止めるために立ち憚るが、まずスピードが魔物のゴーレムと全然違った。
鋼で覆われたその拳を振り上げ万里を殴りつける。
「ぐ、おっ―――――――」
中身が無いと思わせるようなスピードに加えてその鉄拳は重い。
気功を練り続けている万里の身体の芯に響いてくる。
「くっ、森で出会ったあの
万里は錫杖を構え、『鋼鐵巨兵』に向き合う。
余裕を持った笑みは硬いものに変わっている。
少し、真剣にならなければならない―――――万里は内心そう思っていた。
万里が『鋼鐵巨兵』と対峙している時、蓮花は『磁鉄巨兵』と対峙していた。
『磁鉄巨兵』は全身が砂鉄で纏っており蓮花にとって相性は最悪に近いモノがあった。
「(最悪ですねッ)」
苦無や小太刀は鉄製だ。
そして相手は砂鉄を纏っている。
ここは異世界なのでもしかしたら『魔法』で砂鉄を操っている可能性があったのだが、蓮花の持つ武器が不可思議な動き方をしている。
まるで磁器を帯びたような震え方をしているのだ。
「(恐らくあの『磁鉄巨兵』という魔物―――――あの身体に磁気を帯びているんでしょうね)」
つまりこの時点で蓮花には『磁鉄巨兵』を倒す術は無いのだ。
小太刀の攻撃も砂鉄に覆われた身体では効果は薄く、刀身に砂鉄が付けば斬擊ではなく打撃になってしまう。
「八方塞がり―――――ですか」
さてどうしたものか?
蓮花が考える間もなく『磁鉄巨兵』の猛攻は続く。
ふと、視界の端には青銅の鞭を振るうエスカトーレに勇敢なのか蛮勇なのか、愚直に進む十夜の姿が入った。
「(やっぱりあの人も苦戦していますね………………まぁ現代で〝鞭〟なんてモノ使う人なんていませんしね)」
だが、十夜の目は決して諦めていない。
そんな彼を見ていると、一瞬でも諦めかけた自分が嫌になる。
「―――――――――――――――――――――ふぅ」
蓮花は一度『磁鉄巨兵』と距離を取る。
大きく深呼吸をし相手を見据える。
「(駄目ですね。何か自分が不利になると逃げる癖を何とかしなければならないとあれほど兄さんに言われていたのに)」
蓮花は手にしていた苦無を放り投げる。
無造作にバラ撒かれた苦無は無造作に地面へと落ちて来なかった。
苦無は切っ先を下に向けたまま宙に浮きそのまま浮遊している。
そして蓮花は腰を低く落とし、小太刀を地面へとつける。
その姿は獲物を狙い定めた肉食獣のように、
鋭い目付きへと変わる。
「さて、では始めますか」
蓮花が呟き、そして――――――――――――。
蓮花の姿が消えた。
―――――!?
『磁鉄巨兵』の反応が遅れる。
本来ならばそこまで重要性はないのだが、鳴上蓮花という少女を前にした時、その判断は間違っている。
ガリガリガリィィィッッッ!!
地面に円を描くように『磁鉄巨兵』の周りを何周も何周もグルグルグルと駆け抜ける。
元々作業中だった事もあり、この大空洞の地面は荒れていたのだが蓮花の小太刀や駆け抜ける踏み込みなどでまるで田んぼのように耕され始める。
我慢の限界が来始めたのか『磁鉄巨兵』は腕を大きく振り上げ自身が纏っていた砂鉄を全て使い蓮花を捉えようと生き物のように動き始める。
もちろん、かなりのスピードで動いている蓮花を捕らえる事が出来ない。
出来ないが、
『磁鉄巨兵』の纏っていた砂鉄が自身の周囲を全て飲み込むかのように広がり最終的には圧し潰し始める。
ぐしゃり、と〝何か〟を潰した感覚を『磁鉄巨兵』は感じる。
簡単だった。
見えないほどの速度で動いているなら、周りを全て攻撃すればいい。
それならば見えていても見えなくても攻撃は当たる、そう思った行動だった。
実際、『磁鉄巨兵』は砂鉄に質量を加え周囲を圧し潰した。
自身が纏う〝磁力〟を自分が纏った砂鉄と、地面に含まれている微量の鉄分を磁石のように引き合わせたように。
簡易のプレス機となった『磁鉄巨兵』は勝利を確信した。
意思の無い魔物を改良された存在のこのゴーレムの亜種は主であるエスカトーレの『
改造されたこの虚しい巨兵には自我が無いのだ。
だから、
だから実際にこの巨兵が潰したものが蓮花が入れ代わった身代わりだとは知る由もなければ主に言えるはずもない。
ならば蓮花は何処にいるのか?
『磁鉄巨兵』は一人を始末したものと思っている。
そんな魔物の上空には、
宙に浮いている蓮花が『磁鉄巨兵』を見下ろしていた。
場所としては空中に設置されている苦無の更に上空。
まるでそこに床があるかのように平然と、だ。
「さて、そろそろですか」
空中に設置された苦無が震える。
『磁鉄巨兵』は自分のした事に気付いていない。
このゴーレムは身体の中心部分―――――『磁力』の付加術式が刻まれた〝
この『磁鉄巨兵』の本体を形成しているのはほとんどが砂鉄だ。
元々長剣や槍などの武器を無力化させる役割があるこのゴーレムは周囲の磁場を狂わせる能力を持っていた。
それに気付いた蓮花は空中に苦無を固定し、同時に脚力と小太刀で地面を耕し鉄分を含む岩石を剥き出しにさせた。
それにより苦無と同じように周囲の岩石もカタカタと震えている。
「さぁ――――――――――潰れなさいな」
蓮花が手を合わせる。
『磁鉄巨兵』の身体を形成しようと核に砂鉄と、
地面からは細かく砕けた鋭利な岩石と空中に固定されていた苦無が一斉に弱点である核に集まっていく。
再生が間に合わず、『磁鉄巨兵』が霧散していく。
砂鉄が黒い塵となって消えていく。
蓮花はそれを確認すると地面に降り立った。
かなり際どい戦いだったが、何とか勝利する事が出来た。
「さて」
残った二人の様子と、もし苦戦しているようだったら少し手伝おうとため息をついた。
その時には、
たった今ほど使用した自分の能力を披露する事になるだろうと思いながらその場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます