第37話
しばらく時間が経ち、蓮花の苦無と小太刀は元の輝きを取り戻していた。
「すごいですね、切れ味も元に戻ってる」
「あぁ、本当はちゃんとした工房なら『
『鍛冶屋』の男が頭を下げる。
大した工房も無くてここまで出来るのは素直に凄い事だと蓮花はフォローしていた。
「いや、大した腕前ですな。拙僧の錫杖も直していただき感謝しておりますぞ」
ついで、と言っては何だが万里の折れた錫杖も修復してもらったようで気分は良くなっている。
ここまで色々とあったが、そろそろ本題に戻ろうという事でもう一度作戦会議が行われた。
「じゃあもう一回確認するぞ。まず俺と鳴上、それに万里の三人はこの先の部屋へ向かう。多分邪魔が入るのは確実だからそうなれば戦闘開始って感じだな」
「ええ。あとはここで働かされていた人達ですが―――――先ほど永城さんが使っていた〝土属性〟の『付加術式』で上まで脱走してもらう、ですね」
「そしてあわよくばこの『であけてる王国』から逃げる、と。問題は外では拙僧らが助けに行けん事ですな」
そう。
話し合った結果、とにかく捕まっていた人達が逃げれるようにしなければならない。
ただ『王国騎士団』の動きが読めない以上、その判断が正しいのか分からない。
そう思っていると、
「大丈夫だ! 外に出れれば俺達の潰された工房がある。最悪そこでアンタ達を待つさ」
『鍛冶屋』の男はニカッと笑った。
要するに「何としてでも生き残って俺達を助けてくれ」と言っているようなものだった。
しかしそれも仕方がないのかもしれない。
今まで奴隷のように働かされた挙句、突如として現れ助けてくれた〝救世主〟の様なモノなのだ。
そう思えば彼らの反応は当然なのだろう。
「まぁそこまで期待されちゃ仕方がねーか。んじゃさっさと行動に―――――」
「おや、そんな心配は無用ですよ―――――何せアナタ達はここで死ぬのですからね」
声がした。
しまったと思い十夜、蓮花、万里の三人は声の方へと振り返り構える。
通路の奥、そこから嫌な気配がした。
殺気、嫉妬、羨望、怨恨、そんな様々な感情が入り乱れた〝負〟の感情が向こうからやって来る。
「驚きましたねぇ。まさか私がいない間に我が第四師団が全滅とは―――――流石は異世界からの『迷い人』。想定外ですよ」
がしゃがしゃと金属が擦れる音が近付く。
その足音はゆっくりとこちらへ近付き、闇の中からその姿を現した。
長髪の髪はぼさぼさで顔色は蒼白。
痩せ細ったその身体には雰囲気には似つかわしくない青銅の鎧が纏われていた。
後ろでは捕まっていた人々がガタガタと震えている。
老人も、元『鍛冶屋』の男も、フェリスもリューシカも、みんな震えていた。
顔が見えた。
ねっとりとした陰気な表情は見ている者を不安にさせる効果があった。
たった一人、たった一人しかいないのに三人は下手に動けない。
「さて、何やら愉快な話が聞こえましたが―――――私も混ぜてもらえますか?」
『王国騎士団』第四師団団長、エスカトーレ・マグィナツ。
元凶ともいえる男がニヤァと口を両端まで裂けた笑みを浮かべ立っていた。
「アンタがエスカトーレって奴か? 随分と愉快な事してるみたいだな」
先に口を開いたのは十夜だった。
構えは崩さず、視線も決して離さないようにしていた。
痩せ細ったその身体は脅威ではないのかもしれないが、油断は禁物だった。
「ほう、私の事を知っているのですかな? それは大変光栄ですねぇ」
ねっとりとした口調は人を苛立たせる効果でもあるのか、いつも冷静な蓮花も珍しく嫌悪感を隠さずに冷たく言い放った。
「別に光栄に思わなくてもいいですよ。私は初対面ですが貴方の事すぐに嫌いになりましたから」
「いやはや、手厳しいですねぇ。どうですか? 今なら我が『王国騎士団』はアナタ達を歓迎します。あの使えない雑兵共に比べればアナタ達の方が強いですからねぇ」
その言葉に反応したのは万里だった。
万里もいつものような豪快さは見えず、ただ静かに言った。
「雑兵とは手厳しいですな。そちらの部下なのでは?」
万里はエスカトーレが言った〝雑兵〟という言葉に反応した。
決して褒められたような兵士達ではなかったが、それでも最後まで懸命に自分達と戦って命を落としているのだ。
労いの言葉も何もないのが気に入らないようだった。
「部下? 何か勘違いをしているようで―――――アレらはただの駒ですよ。私の出世の為の踏み台と言えばいいでしょうか?」
エスカトーレは両手を広げ演説を始める。
「そもそも、私の力と権力で今まで甘い汁を吸っていたのにも関わらず大した仕事もしていない。しかも、副団長という立場をやったにも関わらず成果を上げない
思いがけない人物の名前が出て十夜は顔をしかめる。
一生を掛けて罪悪感を背負いながら生かせた男の名が何故、目の前にいる男の口から出たのだろうか?
「お前―――――まさか」
エスカトーレは十夜の表情を見て更に陰険に嗤う。
「ええ、脱走を企てた負け犬にはもう用はないでしょう?」
そう言ってエスカトーレは腰の辺りに手を伸ばし、〝何か〟を十夜達の足元へと放り投げた。
サッカーボールぐらいの大きさの〝それ〟はゴロゴロと転がりやがて止まる。
「――――――――――――――――――――」
後ろでは何人かが悲鳴を上げ、老人がフェリスとリューシカに見せまいと目を隠した。
虚ろな目を見開き、口からは乾き始めた血がこびり付いている。
整った顔立ちをしていた元の姿からは想像が出来ないほどに変わり果てた〝それ〟は首だけになったデュナミスだった。
「見つけるのに苦労しましたよ。敗走だけならまだしも、アナタ達に恐れ逃げたのですよ? そんな事、我が第四師団には相応しくありませんからねぇ」
負けた者には〝死〟を。
どうやら思っていた以上にこの
エスカトーレは悪びれも無くニタニタとしている。
他の人はどうかは知らないが、この男だけは正真正銘、人の命を何とも思っていないようだ。
「よぉ、もう一ついいか?」
十夜が口を開く。
この先はあまり言いたくなかった。
だが、
どうしても見えてしまう。
「お前、――――――――――そこにいる『鍛冶屋』のおっちゃんは知ってるよな?」
十夜の言葉にエスカトーレは視線を動かし、後ろで青ざめた顔をした男を見た。
「あぁ、憶えてますよ。生意気にも私の、いや王の勅命に反発した愚か者ですよねぇ?」
その言葉に『鍛冶屋』は、
「そうだ! お前ッ、お前のせいで―――――!?」
男が憤る。
無理もない。
突然職を失い、家族とも離れ離れになったのだ。
怒り狂うのも無理はない。
しかし、エスカトーレはそんな男には興味があまり無かったのか、ただつまらなさそうに肩を竦める。
「何ですかァ? お前のせいで職を失ったとでも言いたいのですかぁ? それは違いますよ、アナタの力不足が原因だと思うんですがねぇ」
あえて挑発しているように見えるのは、それがワザとではなく天然でやっているのだろう。
だが、
十夜が聞きたかった事はそれではない。
「お前、一体この人の息子と奥さんに何をした?」
万里は黙っている。
蓮花は何を言っているのか分からなかったが、その十夜の質問に既視感を覚えた。
万里は住職だ。
もしかしたら〝そう言ったモノ〟が視えているのかもしれない。
そして十夜も今は〝呪い〟にかかっている。
という事は十夜も呪いの影響で視える人になっているかもしれない。
思い返せば不思議な事だった。
『鍛冶屋』の男が喋っている時、十夜の視線はどこを向いていたのか?
彼の後ろを見ていなかったか?
「な、―――――どういう事、だ?」
男が絶句している。
意味を考えたくは無かった。
そう言えば、
『鍛冶屋』の男は、いつ自分の子供を息子だと言ったのだろうか?
しかし、いやでも想像してしまう。
それも最悪な想像を、だ。
エスカトーレは「くっくく」と笑いをかみ殺している。
どうやらその想像は、
「いい声で叫んでいましたよ? 助けて父さんっ、助けてあなたっ、ってねぇ」
『鍛冶屋』は膝をついた。
最愛の家族は、もういない。
今までの全てを否定されたように男の目から涙が零れる。
「悪い、アンタには言えなかった―――――後ろでずっと、アンタを心配したような表情をしてたから」
十夜は正面にいる敵を見据えながら口を開いた。
『鍛冶屋』はふと十夜の後ろ姿を見つめる。
「今でもアンタを心配してる…………だから今は立てよ、立ってここから生き延びろ――――――息子と奥さんもそれを望んでる、俺に伝えてくれって、そう言ってるッッッ!!」
十夜は構えたままエスカトーレを睨み付ける。
聞きたい事は色々ある。
だが、
その前に十夜はする事が出来たようだ。
十夜の覚悟を悟ったのか、それとも同じ気持ちだったのかは分からないが蓮花と万里も同じように戦闘態勢に入る。
「エスカトーレ・マグィナツ―――――まずはテメェをブッ飛ばすッッッッッ!!」
『愚者の迷宮』での最後の戦闘が始まる。
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