第33話

 制止する間もなく飛び出した十夜を蓮花は腹立たしく思った。

 こんな時ほど冷静でいなければ相手の思うつぼだというのにも関わらず何故そこまで激情に身を任せる事が出来るのか? と。


 「さて、拙僧らもそろそろ準備をしなければなりませんな」

 「準備?」


 万里は重い腰を持ち上げ立ち上がる。通路は舗装されていないせいか彼の体格からではこの通路のかなり狭く感じた。


 「準備って、何をするんですか?」

 「いや何。一日一緒にいて何となく分かりましたが、十夜殿は慎重そうに見えて実は感情的になりやすそうだったんでな。まぁ何となくこうなるとは予想しておりましたぞ」


 そう言って兵士達から奪った武器の槍を取り出す。


 「まぁ拙僧はこれを上手く使えるか分かりませんが、それでも使えれば面白そうではありますな。というか拙僧の錫杖は先ほどのごーれむという魔物に折られてしまいましたんでその代わりですぞ」


 心なしか少し楽しそうな万里は来た道を戻り始めた。

 何となく分かっていた。

 確かに少し考えてみればそうだった。

 神無月十夜という少年は普段は人でなし、というか無責任な発言は多かった。

 しかし、自分以外の無力な人達が危険に晒されると身を挺して守ろうとするのだ。


 「で? 蓮花殿はどうされるので?」


 万里の声に蓮花はその華奢な手を握り締める。

 あの兄妹が心配じゃないのかと言われれば心配だ。

 なんせこの世界に来て初めて遭遇したまともな人だったのだ。

 心配じゃない訳が無い。


 自分はどうするべきか、冷静な判断が出来なかった。

 空洞を見下ろす。

 そこでは二十人ほどいる兵士達に囲まれ十夜の姿があった。

 直観だが、恐らく神無月十夜と言う少年は一対一ならば強いのだろう。

 相性の問題もあるが、心配はない。

 だが、それが一対多ならばどうだろうか?

 実力差はあれど恐らく苦戦するのは目に見えていた。

 そんな彼だが物怖じする事なく、悠然と立っている姿は恐れているようには見えなかった。


 「(怖くないんですか?)」


 心の内に秘めたその言葉を表に出す事はない。

 出す事は無いのだが、それでも蓮花の内には何か〝しこり〟のような物を感じた。


 「私、は」


 蓮花はただその一言を漏らすだけだった。

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